EP 2
ルチアナ圏外。通信制限(ギガ不足)と「地下鉄工事」の開幕
「……暗ぇな。それに、なんか空気が淀んでやがる」
ルナミス帝国と魔族領の国境付近に口を開けた、超巨大ダンジョン『天魔窟』。
急な岩肌を下り、太陽の光が届かない地下深くへと足を踏み入れた優也たちは、肌を刺すような冷気と、かすかに漂う錆びた鉄の匂いに顔をしかめた。
「気を付けて、優也君。ここは死蟲王サルバロスの強大な魔力が渦巻いてる。普通の魔獣すら寄り付かない、文字通りの『死地』よ」
キャルルが両手のナックルダスターを打ち合わせ、ウサギ耳の警戒モードを最大にする。
「ひぃぃ……。なんか奥の方から、機械の擦れるような嫌な音が聞こえますぅ……」
リーザが優也のジャージの裾をギュッと握りしめて震えている。
「あらあら、壁がほのかに光って綺麗ねぇ♡ なんだかドキドキしてきちゃったわ」
ルナだけはピクニック気分で、壁に生えた不気味な蛍光色の苔をツンツンと突いている。
「油断するなよ。……とりあえず、明かりと索敵用のドローンでも出すか」
優也はジャージのポケットから、女神ルチアナから授かった『スキルボード(異世界スマホ)』を取り出した。
2万ポイントを超える残高。これさえあれば、戦車でもミサイルでも出し放題の無双状態――のはずだった。
「……ん?」
優也が画面をタップし、検索窓に『産業用ドローン』と入力して召喚ボタンを押す。
しかし、画面の中央で砂時計のアイコンがクルクルと回り続け、一向にドローンが召喚される気配がない。
『ピーッ! 通信エラー:ルチアナ・ネットワークへの接続が不安定です。データ容量の大きいアイテムのダウンロードに失敗しました』
「は?」
優也がスマホの画面右上を凝視する。
そこには、見慣れた『(アンテナ4本)』のマークではなく、無情にも『圏外(×)』、あるいは良くて『1G』という、現代人にとって絶望的なアイコンが点滅していた。
「おいおいおい……嘘だろ。ルチアナ・モバイル、こんな大事なところで電波入らねぇのかよ!」
「ど、どうしたの優也君!?」
キャルルが焦って覗き込む。
「電波障害だ。サルバロスの魔力が強すぎるのか、地下深すぎるからか知らねぇが……。要するに、女神のクラウドから『重機』みたいなデータ容量のデカいアイテムがダウンロード(召喚)できなくなってる」
「えええええっ!?」
キャルルが耳を垂直に立てて絶叫する。
「そ、それって……あの黄色いゴーレム(ホイールローダー)も、大砲も出せないってことですかぁっ!?」
「あぁ。通信速度制限(128kbps)を食らった月末のスマホと同じだ。テキスト(小物)ならギリギリいけるかもしれないが、画像や動画(重機やハイテク機器)は絶望的だな」
「そんなぁぁぁぁっ! 私の! 私のロールケーキはどうなるんですかぁぁっ! 画像データ重そうじゃないですかぁぁっ!」
命の危機よりも、糖分が封じられたことにリーザが泣き崩れる。
頼みの綱であった「重機チート」の完全封印。
なろう系主人公であれば、ここでパニックに陥り、絶望に打ちひしがれる場面である。
しかし、優也は違った。
「……まぁ、そう騒ぐな。山奥のトンネル現場や、地下の大深度工事で『圏外』になるなんて、日常茶飯事だろうが」
優也はスマホをポケットにしまい、新品の安全靴で硬い岩盤をトンッと叩いた。
その顔には焦りなど微塵もなく、むしろ「限られた環境でどう段取りを組むか」という、現場監督特有の不敵な笑みが浮かんでいた。
「電波が細ぇなら、容量の軽い『アナログ工具』を小分けにしてダウンロードすりゃいいだけの話だ」
優也は再びスマホを取り出し、極めてシンプルで、データ容量の軽いアイテムを次々と検索して召喚ボタンを押した。
『工事用LEDヘッドライト(電池式)×4:消費ポイント 20p(通信成功)』
『単管パイプ(2m)×10本:消費ポイント 50p(通信成功)』
『両口ツルハシ(柄付き):消費ポイント 15p(通信成功)』
ポンッ、ポンッ、と軽い音を立てて、優也の足元に泥臭いアナログ工具が次々と実体化していく。
「ほら、お前ら。ヘルメットとヘッドライトを被れ。地下の基本は『視界の確保』だ」
優也から渡されたライトを装着し、キャルルたちが戸惑いながらスイッチを入れる。
パァァッ! と強烈な白い光が、天魔窟の暗闇を一直線に切り裂いた。
「わっ、すごい明るい! さすが優也君の道具ね!」
「でしょう? これでロールケーキも探しやすくなりますぅ!」
「よし、明かりは確保した。だが……」
優也がツルハシを肩に担ぎ、さらに暗闇の奥へと視線を向ける。
ジジジ……。カチ、カチカチカチッ……!
ヘッドライトの光の先、岩陰から現れたのは、巨大な鋼鉄の顎を持つ『死百足型』だった。
強固な金属の装甲に覆われた多関節の身体が、不気味な音を立てて優也たちに襲いかかる。
「優也君! 敵よ!!」
キャルルが構えようとした、その瞬間。
「地下の硬い岩盤を砕くなら、こいつが一番だッ!」
優也が凄まじい踏み込みで前傾姿勢になり、肩に担いだツルハシをフルスイングした。
MMAで鍛え抜かれた全身のバネと、テコの原理を極限まで活かした、一切の無駄がない完璧な『重労働のフォーム』。
ガキィィィィィンッ!!!
「ギィェェェッ!?」
ツルハシの鋭く重い先端が、死百足型の分厚い鋼鉄の装甲を一点突破で撃ち抜き、その奥にある駆動部(神経)を完全に粉砕した。
断末魔の機械音を上げ、巨大な百足が痙攣して沈黙する。
「……ふぅ。重機がねぇなら、己の肉体と工具で道を切り開く。それが『土方』の基本だろ」
優也はツルハシの先端に付いた黒い体液を払い落とし、ニヤリと笑った。
「す、すごい……! 重機なしでも、あんな化け物を一撃で……!」
キャルルが目を輝かせる。
「いいか、お前ら。こっからは『ダンジョン攻略』とかいう遊びじゃねぇ」
優也はヘッドライトの光で、果てしなく続く天魔窟の地下道を照らし出した。
「これより、天魔窟『地下鉄掘削工事』を開始する! 安全第一で、死蟲どもの生産ライン(最深部)まで穴をブチ開けるぞ!」
「「「イエッサー!! 現場監督ゥゥッ!!」」」
通信制限という異世界最大のデバフ(罠)すらも、現場の常識でねじ伏せる男。
チート重機を失った高木優也の、純度100%のアナログ地下サバイバルが、今ここに幕を開けた!




