EP 10
天魔窟の存在と、現場監督の次なる現場。
廃採石場に朝日が完全に昇りきった頃。
優也の怒りの鉄拳を浴び続け、顔面をポンポンに腫らした魔人ワイズは、ピクピクと痙攣しながら泥の中に倒れ伏していた。
「あ、あばば……。わ、私の美しい顔面が……」
「まだ喋る元気があるのか。しぶとい野郎だな」
優也が再び拳を握りしめると、ワイズは「ひぃっ!」と情けない悲鳴を上げて後ずさった。
「お、覚えていなさいヨ……! 今日は私の負けですが、最後に勝つのは我ら死蟲軍ですヨォォッ!!」
ワイズは懐から、禍々しい紫色の煙を放つ『煙玉』を地面に叩きつけた。
「ゴホッ、ゲホッ! なんだこれ、くっせぇ!」
「逃がすかッ! 月影流――」
キャルルが煙の中に飛び込もうとしたが、ワイズの姿はすでに空間ごと掻き消えようとしていた。
「我らが王、死蟲王サルバロス様は……偉大なる『天魔窟』の最深部にて、完全復活の時をお待ちになっている! 貴方たちのような下等生物の魂など、いずれ全て王の養分となる運命――あべばぁッ!?」
ワイズが捨てゼリフを言い切る直前、優也が煙の中へ適当に投げつけた『新品の安全靴(鉄板入り)』が、見事にワイズの後頭部にクリーンヒットした。
「痛イッ! 痛いですヨォォォッ!!」というマヌケな絶叫だけを残し、道化師は完全に空間の彼方へと逃げ去っていった。
「……逃げられたか。まぁいい、これで当分はちょっかい出してこれねぇだろ」
ワイズが撤退し、彼が使役していた死蟲機たちが完全に機能停止したことで、隣村で倒れていた村人たちの元へ、抜かれていた『魂』が光の粒子となって戻っていった。
「あ、あれ……? 俺たちは一体……」
「おーい! みんな無事かーッ!」
ポポロ村の防壁から様子を見ていた難民たちが、魂を取り戻した家族の元へ駆け寄り、涙を流して抱き合っている。
その感動的な光景の傍らで。
「優也様ぁぁぁっ! 約束! お約束の品ですぅぅぅっ!!」
リーザが、血走った目で優也のジャージの裾を力強く引っ張っていた。囮任務を完遂した彼女の執念である。
「分かってるよ。ほら」
優也はスキルボードを呼び出し、ワイズたちを撃退して手に入れた莫大なポイント(討伐ボーナスにより一気に2万pに到達していた)の中から、数百ポイントを消費した。
ポンッ! と現れたのは、地球の業務用冷蔵庫と、その中にギッシリと詰まった『タローソンのプレミアムロールケーキ(数百個)』だった。
「ひゃぁぁぁぁぁっ!! しあわせですぅ! 泥水と蟲の酸の中を走り抜けた甲斐がありましたぁぁっ!!」
リーザは冷蔵庫にダイブし、両手にロールケーキを持って貪り食い始めた。彼女の1年分の食費(と体重)が確定した瞬間である。
「やれやれ……。優也君、お疲れ様。本当に、あの巨大な鉄のゴーレム……取り戻せてよかったわね」
キャルルが、奈落の底で泥まみれになりながらも、静かにエンジンを停止させているホイールローダーを見下ろした。
死寄生蟲型はワイズの魔力供給が途絶えたことで溶けて消滅しており、ホイールローダーは再びただの『地球の粗大ゴミ』へと戻っていた。
「ああ。俺の『現場の相棒』だからな。……ちょっと高圧洗浄機で念入りに洗わねぇと気が済まねぇが」
優也は、泥まみれになった黄色い機体を撫でながら、ふと視線を鋭くした。
彼が見据えているのは、ワイズが逃げ去った方角――死蟲王サルバロスが眠るという『天魔窟』の方向だ。
「……なぁ、キャルル。あのピエロが言ってた『天魔窟』ってのは、ここから遠いのか?」
「え? うーん、ルナミス帝国と魔族領の国境付近にある、超巨大な古代ダンジョンらしいけど……。まさか、優也君」
キャルルがウサギ耳をピクッと反応させる。
「ああ。あいつら……サルバロスって言ったか。あいつらが『機械を乗っ取る蟲』の生産ラインを持ってる限り、俺のDIYライフ(現場仕事)は常に脅かされることになる」
優也は肩に担いだタクティカル鉄パイプを、ドンッ! と地面に突き立てた。
「現場の安全は、先回りして危険の芽を摘むのが鉄則だ。俺の重機をあんな気味の悪い兵器に改造しやがった落とし前……、向こうの『工場(天魔窟)』に直接乗り込んで、生産ラインごと徹底的にぶっ壊してやる」
「……あーあ。またとんでもないことに巻き込まれそうね。私、一応ポポロ村の村長なんですけどぉ……」
キャルルが深いため息をつきながらも、その口元には、頼もしい現場監督への信頼の笑みが浮かんでいた。
「天魔窟……きっと、見たこともないような珍しい魔物(お肉)や、古代のお宝が眠っているはずですぅ! 行きます! 私、どこまでも優也様(の財布)について行きますぅ!」
口の周りを生クリームだらけにしたリーザが、力強くガッツポーズをする。
「ダンジョン探検ね♡ もしかしたら、地下に巨大なキノコの森が作れるかもしれないわ♡」
ルナが、またしても生態系を破壊しそうな恐ろしいアイデアを嬉しそうに語っている。
「キノコは却下だ。……よし、野郎ども! 撤収作業(片付け)が終わったら、新しい現場への出張準備だ!」
「「「イエッサー!! 監督ゥゥゥッ!!」」」
朝日を浴びるアナログからくり要塞の中、優也の力強い号令が響き渡る。
地球の粗大ゴミと現場の知識で、異世界の理不尽を叩き潰す男。高木優也の次なる現場は、最悪の死蟲軍が巣食う古代ダンジョン『天魔窟』。
果たして、ブルーカラーの意地は、古代の魔王すらも「解体」してしまうのか!?
第3章・天魔窟の死蟲軍編 完!




