EP 8
囮アイドル・リーザの決死の疾走と、暴かれた道化師の糸
「あははッ! 無駄ですよォ! 私の糸は、空気すら切り裂く魔力の極細糸……見ることすら叶わず、貴方たちは私の操り人形になるのですヨ!」
空中を浮遊する魔人ワイズが、十本の指を狂ったように動かす。
目には見えないが、指先からは数千本の『死糸』が触手のように伸び、崖の上の優也たちへと迫る。
「……野郎ども! 最終工程、第1段階だ! ぶち撒けろッ!!」
優也の合図で、崖の各所に配置された狂信者たちが、一斉に『巨大なドラム缶』をひっくり返した。
中に入っているのは、廃採石場の粘土質の土を、ルナの魔法で汲み上げた水で練り上げた、**『超特濃のドロドロの泥水』**だ。
バシャァァァァァァァァァッ!!!
数万リットルの泥水が、滝のようにワイズの周囲へと降り注ぐ。
「……なっ!? 泥水だと!? こんなもので私を汚そうと――おや?」
ワイズが驚愕の声をもらす。
泥水を浴びたのは彼だけではなかった。空中に張り巡らされていた『見えない糸』に、ベッタリと茶褐色の泥が付着し、まるで蜘蛛の巣のようにその醜い全貌が露わになったのだ。
「ヨォ、手品師。タネが見えてりゃ、ただの汚ねぇ紐だな」
優也が不敵に笑う。
「おのれぇ……ッ! 糸が見えたところで、私の『死王蟻型』が産み出す無限の蟲を、どう捌くつもりですカッ!!」
ワイズの傍らに控えていた、巨大な人型の女王蟻が、その腹部の生体プラントを激しく脈動させた。
中から、次々と新たな『死蟻型』の卵が産み落とされ、瞬時に孵化して優也たちへの総攻撃を開始しようとする。
「チッ、あの産卵機を止めねぇとキリがねぇな……。おいリーザ! 出番だッ!!」
「ひ、ひぃぃぃぃっ!? 無理ですぅ! あんな化け物の群れの中に飛び込むなんて、アイドル廃業ですぅぅっ!!」
木の陰で札束を抱えて震えていたリーザが絶叫する。
「リーザ、聞け! あのクイーンを一番デカい『第13番トラップ』までおびき寄せろ! 成功したら……タローソンのプレミアムロールケーキ『1年分』の無料パスを、俺が責任を持って召喚してやるッ!!」
その言葉を聞いた瞬間。
リーザの瞳が、これまでの恐怖を完全に塗り潰すほどの『金色(ルチアナ円)』の輝きを放った。
「…………1年分? ……毎日食べ放題……食べ放題ですってぇぇぇぇっ!?」
「ああ! 365日、朝昼晩ロールケーキだッ!!」
「「「やるんですぅぅぅぅぅぅッ!! 私、やりますぅぅぅぅぅぅッ!!!」」」
リーザが札束を地面に叩きつけ(※数秒後に後悔してすぐ拾った)、凄まじい気迫で崖を駆け下りた。
それは、月の加護を受けたキャルルすら一瞬見紛うほどの、純粋な『強欲』による爆走だった。
「おーい! このデカ蟻の産卵おばさーん! こっちですぅ! 私の方がずっとピチピチで美味しそうですぅぅっ!!」
リーザは手に持ったお賽銭用のヘルメットをガンガンと叩き鳴らし、死王蟻型の目の前で尻を振って挑発した。
「ギギギギィィッ!?」
知能のある死王蟻型が、その無礼な挑発に激昂する。
「あははッ! 死にに来ましたか、人魚の小娘ッ! 追いなさい! 噛み砕きなさい!!」
ワイズの命令を受け、死王蟻型と残存する死蟲機の群れが、一斉にリーザの背中を追って採石場の中央部へと雪崩れ込んだ。
「ひ、ひぃぃぃぃ! ロールケーキ! ロールケーキのためですぅぅぅっ!!」
背後に迫る強酸の牙と毒針を、リーザは『運』と『食欲』という名の異常なバイオリズムだけで、紙一重で躱し続ける。
彼女が誘導したのは、採石場のど真ん中――不自然に平らな『巨大な鉄板』が敷かれたエリアだった。
「優也様ぁぁっ! 釣れましたぁぁぁぁっ!!」
「よくやったリーザ! 全員、伏せろォォッ!!」
優也が最後のアナログスイッチ――テコの原理を応用した『巨大ネズミ捕り』のワイヤーを、バールの一撃で叩き切った。
ガキィィィィンッ……ボォォォォォォォンッ!!!
数十トンの重りと、ルナの毒ツタで補強された強靭なバネが解放された。
地面に敷かれていた巨大な鉄の枠が、死王蟻型と周囲の蟲たちを丸ごと飲み込むように、音速の速さで跳ね上がった。
メキャァァァァァァァッ!!!
「グモォォォォォッ!?」
鋼鉄の枠に挟まれ、一撃でその巨体を真っ二つにへし折られた死王蟻型。
さらに、跳ね上がった反動で、崖の上に設置されていた『数万リットルの泥水タンク』がワイズに向かって、今度は大砲のような圧力で噴射された。
「ゴハァッ!? こ、この泥、重い……ッ! 糸が、糸が絡まって――」
泥の重みでワイズの空中機動が止まり、見えない糸は泥にまみれて団子状に絡まり合った。
「……手品は終わりだ、ワイズ。こっからは、地球の『現場』の流儀で行かせてもらうぜ」
泥の雨の中。
崖の上から、新品のタクティカル鉄パイプを肩に担いだ優也が、ワイズの目の前へと静かに飛び降りた。
その瞳は、自分の重機を奪われ、仲間を侮辱された現場監督としての、静かな殺意に満ちていた。
「さぁ……お前の絶望した顔、じっくり見せてくれよ」




