EP 2
偵察部隊の絶望。機械蟲「死蟲機」との初遭遇
「俺一人で行くって言っただろ、キャルル。お前は村長なんだから村に残れ」
ポポロ村の防壁を抜け、薄暗い森の獣道を早足で進みながら、優也は呆れたように隣を歩く兎耳の少女に言った。
「バカ言わないで。隣村に危機が迫ってるのに、自分の村だけ守って震えてるような奴を『村長』とは呼ばないわよ。それに……優也君一人じゃ、胸騒ぎがするの」
キャルルはいつものトンファーではなく、ドワーフの工房で特注した『月影流・手甲(金属のナックルダスター)』を両手に装着し、油断なく周囲に気を配っていた。
彼女の野生の勘(ウサギ耳)が、森の奥から漂う『得体の知れない気配』に警鐘を鳴らし続けているのだ。
二人が隣の緩衝地帯の村に辿り着いたのは、それから数十分後のことだった。
「……なんだ、これは」
村の入り口に立った優也は、絶句した。
そこには、野盗に襲撃された時のような『破壊の跡』や『血の匂い』は一切なかった。家屋は綺麗なままで、燃えた跡もない。
ただ――村人たちが、そこら中に『転がって』いた。
いや、転がっているだけではない。立ったまま空を見上げている者、鍬を持ったまま硬直している者もいる。
「おい、しっかりしろ!」
優也が、近くで倒れていた若い男の肩を揺さぶる。
体温はある。呼吸もしている。
だが、その目はガラス玉のように濁り、光を完全に失っていた。口元からは一筋のヨダレが垂れ、優也が何度呼びかけても、瞬き一つしない。
「……ダメだ。完全に意識が飛んでる。難民のオッサンが言ってた通りだ。傷一つねぇのに、中身(魂)だけがスッポリ抜かれてる」
優也が男をそっと地面に寝かせ、歯を食いしばる。
「優也君……! 上! 逃げてッ!!」
不意に、キャルルの悲鳴にも似た叫びが響いた。
優也が咄嗟にサバイバルステップで横に飛んだ、そのコンマ数秒後。
ドスゥゥゥゥンッ!!
優也が先ほどまで立っていた地面に、上空から『それ』が重々しい音を立てて落下してきた。
「な……っ!」
砂埃が晴れた後、そこに姿を現したのは、全長2メートルを超える**『巨大な蟻』**だった。
しかし、それはただの魔獣ではない。
甲殻は鈍く光る『鋼鉄』で覆われ、関節部分からは黒いオイルのような液体が滲み出ている。腹部には不気味な歯車が回り、複眼は赤外線センサーのように不気味な赤い光を放っていた。
ギチ……ジジジジジ……。
機械の駆動音と、昆虫の羽音が混ざったような耳障りなノイズ。
古代の魔法技術と機械が冒涜的に融合した殺戮兵器――『死蟲機』。その量産歩兵である『死蟻型』だった。
「これが……村を食った化け物かよ!」
優也がタクティカル鉄パイプを構える。
「機械仕掛けの魔物!? 冗談じゃないわよ! 月影流――『鐘打ち』ッ!!」
キャルルがマッハの速度で踏み込み、死蟻型の側頭部に向かって必殺の回し蹴りを叩き込んだ。
100人の野盗をミンチにし、巨大なかぼちゃをも粉砕した一撃。
ガキィィィィィィィンッ!!!
「あぐぅッ!?」
鈍い音と共に、キャルルが苦悶の声を上げて後方に弾き飛ばされた。
「キャルル!」
「い、痛ぇぇ……ッ! なにこの硬さ!? 今までの魔獣の硬さ(レベル)じゃないわよ! 蹴った私の足の骨が軋んだわ……っ!」
鋼鉄の甲殻はベコッとへこんではいたが、死蟻型は全くダメージを受けた様子もなく、赤い複眼をキャルルに向けた。
そして、その鋭いアゴがガシャン! と開き、中から緑色に発光する液体が噴射された。
「危ねぇッ!」
優也がキャルルの前に飛び出し、タクティカル鉄パイプを盾にしてその液体を弾き飛ばす。
ジュアァァァァァァッ!!!
「……ッ!?」
優也は目を疑った。
原付きのサスペンションと工事用単管パイプで錬成した、地球の『鉄』。それが、緑色の液体(強酸)を浴びた部分から、まるで熱した飴細工のようにドロドロと溶け落ちていったのだ。
「ウソだろ……俺の鉄パイプを、一瞬で溶かしやがった……!」
慌てて鉄パイプを投げ捨てる優也。地面に落ちた鉄パイプは、凄まじい白煙を上げて完全に原型を失った。
人間の肉体も、地球の金属すらも容易く溶かす極悪な『酸』。
ジジ……ジジジジジジジジ……!
さらに絶望的なことに、村の奥から駆動音を響かせて、新たな『死蟻型』が十数体も姿を現した。
それだけではない。
「ブゥゥゥン……」という重低音と共に、上空には巨大なプロペラ(羽)を回転させた蜂型の機械蟲――『死蜂型』が数体、毒針を装填してホバリングしている。
地上は強酸と鋼鉄の蟻。空からは毒針の雨。
「……チッ。肉弾戦でどうにかなる相手じゃねぇ。相手が『機械』なら、こっちも『重機』をぶつけるしかねぇな」
優也は、溶けた鉄パイプの残骸から目を離し、空中にスキルボードを呼び出した。
手持ちのポイントは1万2000以上。大型の重機を出しても十分にお釣りが来る。
「キャルル! 俺がデカい鉄の塊を出す! お前は空の蜂の気を引け!」
「わ、分かったわ!」
優也は検索窓に、この金属の化け物たちを轢き潰すための、強靭なタイヤと馬力を持った『ホイールローダー(除雪車)』を思い描いた。
だが、彼はまだ知らなかった。
この死蟲軍の中に、電子制御された機械(重機)にとっての『最悪の天敵』が潜んでいることを。
そして、優也が最大の絶望を味わう瞬間が、すぐそこまで迫っていた。




