第三章 天魔窟の死蟲軍編 ~奪われた重機と、要塞村ポポロのアナログ防衛戦~
札束ベッドの甘い夢と、逃げ込んできた難民。忍び寄る「死蟲」の影
ポポロ村を正規軍500人の襲撃から守り抜き、莫大な報酬と「特産品(巨大野菜)ビジネス」の利権を手に入れてから数日後。
かつての限界集落は、三国緩衝地帯において最も強固で、最も『異様』な活気に満ちた要塞村へと変貌を遂げていた。
その中心部。元・長老の家を強引にリフォームした立派な『村長宅』のリビングにて。
「ふへへへ……。最高ですぅ。ルチアナ銀行券のインクの匂い、最高にアロマですぅ……♡」
人魚姫のリーザが、床に敷き詰めた100万円分の札束の上にダイブし、仰向けになって手足をバタバタと動かしていた。
文字通りの「札束ベッド」である。タローソンのプレミアムロールケーキどころか、村ごと買えそうな現金を手にした彼女は、完全に成金の顔になっていた。
「ちょっとリーザちゃん! お札で泳がないでよ、破れたらどうするの! あーもう、次から次へと書類が……っ!」
その横の大きなデスクでは、ウサギ耳を垂れ下げたキャルルが、山積みになった羊皮紙を前に猛烈な勢いでハンコを押し続けていた。
「『巨大ダイズラ豆の出荷数確認』に、『水路の清掃当番表』……って、ちょっと待ちなさいよ。誰よ、この『満月の夜以外でも姉御に蹴られたい嘆願書』って書類を混ぜたバカは!!」
「「「我ら、狂信防衛隊であります! 姉御ォォッ!!」」」
窓の外から、上半身裸の筋骨隆々な男たち(元野盗)が、目をキラキラさせて敬礼している。
「お前ら、防壁の警備に戻れェェェッ!」
キャルルが窓に向かってインク瓶を投げつけ、男たちが「ご褒美ありがとうございますぅぅっ!」と歓喜の悲鳴を上げて去っていく。
相変わらず、この村の道徳観念は終わっていた。
「あらあら、キャルル村長は大忙しね♡ 優也さーん、お庭に植えた『世界樹の苗』が、また家より大きく育っちゃったのだけど、切ってもいいかしら?」
エルフの王女・ルナが、縁側で優雅にお茶を飲みながら恐ろしい事後報告をしてくる。
「……勝手に切れ。俺は今、重機のメンテで忙しいんだ」
縁側の外、広場に停められた愛機『ユンボ(油圧ショベル)』のキャタピラにグリスを塗りながら、優也は首に巻いたタオルで汗を拭った。
村長宅はすっかりメゾン・ルナミスのシェアハウスのようなカオスな空気に包まれている。
だが、優也の心には不思議と充実感があった。
「(保有ポイントは1万2000p超え。村のインフラは完璧に回り出し、100人のタダ働き(狂信者)のおかげで労働力にも困らねぇ。俺の異世界現場仕事も、ようやく軌道に乗ってきたってとこか)」
優也が冷えた缶コーヒー(消費ポイント:5p)のプルタブを開け、喉を鳴らした、その時だった。
カンカンカンカンカンッ!!!
村の入り口に設置された見張り台から、けたたましい半鐘の音が鳴り響いた。
それは、外敵の襲来を知らせる警報だ。
「敵襲か!?」
優也が缶コーヒーを置き、タクティカル鉄パイプを手に取って立ち上がる。
村長室からキャルルも血相を変えて飛び出してきた。
「姉御ォッ! 現場監督ォォッ!」
狂信者の見張りが、慌てた様子で跳ね上げ門の上から叫ぶ。
「敵じゃありません! 隣の緩衝地帯の村から、人が……! ボロボロになった難民の集団が、門の前に倒れ込んでます!」
「難民だと?」
優也の顔つきが、現場監督のそれに変わる。
「門を開けろ! 急いで保護するんだ!」
重々しい音と共に城門が開き、優也とキャルルが外へ飛び出す。
そこには、衣服を泥と血で汚し、青ざめた顔で震える数十人の村人たちがうずくまっていた。
「おい、しっかりしろ! 何があった!」
優也が、先頭で倒れていた初老の男を抱き起こす。
「ひぃぃっ……! 助け、て……。化け物、化け物が……!」
男はガタガタと震えながら、焦点の合わない目で虚空を見つめていた。
優也はその男の腕や肩にある『傷跡』を見て、鋭く目を細めた。
「……キャルル。この傷、おかしいぞ」
「え? 傷が?」
キャルルが覗き込む。
「ああ。魔獣の爪で引き裂かれたり、野盗の剣で斬られた傷じゃねぇ。まるで……**『強力な酸』**で皮膚ごと溶かされたような火傷だ。それに、こっちの傷は刃物というより、精密な『ノコギリ』か何かで均等に抉り取られてる」
ファンタジーの魔物や野盗がつけるような、荒々しい傷ではない。
どこか「機械的」で、無機質な暴力の痕跡だった。
「隣村で何があったの! 誰に襲われたの!?」
キャルルが村人の肩を揺さぶる。
「む、村が……食われたんだ……っ」
初老の男が、血を吐くような声で絞り出した。
「金属の甲殻を持った……不気味な駆動音を鳴らす『化け物蟲』の群れに……! 奴らは人間を襲い……頭に管を刺して、『魂』を抜いていくんだ……!」
「「魂を抜く……?」」
「そうだ……。襲われた連中はみんな、傷一つないのに、焦点が合わない『ただの肉の抜け殻』になっちまった……! 俺たちも、死に物狂いで逃げて……っ」
男はそこで力尽き、優也の腕の中で気を失った。
村長宅から様子を見に来ていたリーザとルナも、その凄惨な状況に言葉を失っている。
「……金属の甲殻に、駆動音を鳴らす蟲、ね」
優也は立ち上がり、隣村がある深い森の奥へと視線を向けた。
その瞳には、これまでのコミカルな空気は微塵もない。得体の知れない「不気味な存在」に対する、サバイバル本能の警戒心がMAXに達していた。
「キャルル。お前は村長として、狂信者たちに指示を出して防壁の警戒を最大レベルに引き上げろ。リーザとルナは難民の治療(魔法)だ」
「優也君は!?」
「俺は……現場(隣村)の状況を確認してくる。放っておけば、その『金属の蟲』とやらが、このポポロ村にまで来るのは時間の問題だ」
優也が愛機であるユンボに視線を向けた時。
森の奥から、風に乗って微かな音が聞こえた気がした。
……ギチ……ギチギチ……ジジジジジ……。
それは魔物の咆哮でも、野盗の怒号でもない。
歯車が擦れ合い、金属の関節が不気味に駆動するような、ファンタジー世界には絶対に存在してはならない『機械音』だった。
限界集落を難攻不落の要塞へと変えたガテン系主人公の前に、ついに「最悪の天敵」がその姿を現そうとしていた。




