第十六話 凪の唄
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称・事件等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
蓮が辿り着いたのは、崖の頂に突き出した「風の舞台」だった。
そこには、巨大な装置の中心で、虚空を見つめながら静かに口ずさむ凪の姿があった。
凪の歌声は、風に乗って蓮の鼓動を直接揺らした。
それはかつての穏やかな歌ではなく、この世のあらゆる悲劇をあらかじめ幻視し、その重みに耐えかねて零れ落ちたような、絶望の旋律。
「……蓮、来ちゃダメ……。ここは、もうすぐ『消える』から」
凪が虚ろな瞳を蓮に向けた。
彼女の脳裏には、「予知能力」が巨大な装置によって強制的に引き出され、数秒後に起こる光景、数年後の世界の終焉までもが、鮮明な映像として流れ込み、現在、過去、未来がわからない状態に陥っていた。
「私の能力を使って未来を固定しようとしているの。この歌が完成すれば、世界は彼らが望む牢獄のような世界に閉じ込められる……」
凪の周囲では、彼女が視る「予兆」が黒い霧となって渦巻いていた。
「……どうすれば変えられるんだ」
蓮は、凪の黒い霧をあえて無視し、一歩踏み出した。
その時、周囲の装置から自動防衛システムが火を噴いた。
凪の予知通りなら、蓮はその弾丸を避けられず、右肩を撃ち抜かれるはずだった。
しかし。
「風止」
蓮の身体は、着弾の直前、物理法則を無視した角度で「静止」しました。
予知された未来との「ズレ」。
それは、蓮が戦いで得た「無相」――自分という形すら一瞬ごとに捨て続けることで、いかなる予測も、いかなる運命(予知)も追いつかせない、瞬間の超越。
「凪、君が視ている未来は『線』だ。でも、今の僕が生きているのは『点』なんだ」
蓮は、凪を縛る黒い霧の中へ、自らの青白い炎を注ぎ込んだ。
不知火の熱が、凪の脳内に流れ込む絶望のヴィジョンを一つずつ塗り替えていく。
「予知なんて、ただの確率だ。僕たちが今ここ以上の真実なんて、どこにもない!」
蓮が凪の手を取った瞬間、装置が過負荷で火花を散らしました。
凪の視界を覆っていた真っ暗な「未来の終わり」が、蓮の温もりによって、真っ白な「何もない明日」へと弾け飛びます。
「……蓮……。予知が、見えない……。真っ白で、何も……」
「それでいいんだ、凪。未来はこれから、二人で作ればいい」
しかし、その感動を切り裂くように、頭上の空が割れました。
巨大飛行要塞が、雲を割ってその全貌を現した。
「予知を捨てるとはな。確定した未来を捨て、混沌に身を投じるか。ならば、その混沌ごと、この大地を消去してやろう」
要塞の主砲が、蓮と凪を一撃で消滅させるべく、光を溜め始めた。




