第23話【城下町の賑わい】
神竜からの魔法による接触から二週間も寝込んでいたユリナが目を覚ましてから、更に一週間後。
ガヤガヤと賑わう昼下がりの王都で、王都一の酒場として名高い店にユリナとリュードは繰り出していた。
「ユリナ様、王都見て回ったことあったか?」
「いいえ…見て回る時間なんて、とてもなかったから」
ユリナが召喚されてから数か月、魔法の授業をこなし、社交界で恥をかかないようにダンスの練習に、食事マナーの練習…それに聖職者だけでは追いつかない瘴気の浄化任務をこなす日々。
もちろん、そんな毎日を送っていれば王都を見て回る時間などなく、城内と馬車からしか見た事がなかった城下町をユリナは初めて自身の足で歩くことができたのだ。
「じゃ、腹ごしらえ終わったら、色んな店を見て回ろうぜ!」
「うん、凄く楽しみ」
リュードとユリナは席に付いて、それぞれメニュー表を見た。
「…このお店のおすすめってなに?」
「ん?ユリナ様、ビーフシチュー好きなんじゃないのか?」
「そう、なのだけど…やっぱりおすすめの物も食べたいなぁ…と思って」
城で出てくる食事も、もちろん楽しめていたユリナだったが…国を支えている国民たちが食べている食事も気になっていたのだった。
リュードは嬉しそうに笑いながら『これが、みんながよく食べてるやつだな』と、美味しそうな写真付き(魔法でメニュー表に完成した料理を投影させている。)のカリカリにキツネ色より更に濃い茶色の衣も纏っている唐揚げらしき料理を指差しながら、答えていた。
「おいしそう、これがいいな」
「了解!ノエルとブライアンの分も頼んどくか」
そう言いながら、リュードは二人の好物を把握しているのかサラサラとボードに備え付けられたペンを使って料理名を書いていく。
透明なボードの横にあるボタンを押すと、徐々に文字が薄れていき、最後には消えていった。
「すごい…!どうなってるの?」
「こうやって書いて注文するんだよ、便利だろ?店員呼ばなくていいしな」
リュードの言葉に『確かに便利だね…』と感心したように頷きながら、まだまだ知らないことばかりだなとユリナは実感していた。
ふと、ブライアンとノエルが座る予定の椅子に目線を向けていた。
「二人が気になるか?」
「え、えぇ…何だか突然忙しそうにしていたから気になってしまって」
「あぁ、そうか…ユリナ様、まだ聞いてないんだな」
ユリナが『何を?』と聞く前にリュードは『王太子殿下がもうすぐ留学から一時的に帰って来るんだよ』とサラリと言ってのけた。
「えぇ…っ!?知らなかった」
「そうだよな。本当に突然だったから」
「どうして急に?」
ユリナの質問に答えるようにリュードは説明を始めた。
——まず、王太子殿下はサイフィンス王国と親交が深い、北にある国に【古代語】を学ぶ為に留学していた事、そして何より…エルフの森に行くにはこの古代語に造詣が深い者を二人以上同行させる事がエルフの森に赴くために、ハーランド国王陛下から出された条件だった。
「条件が出されていた事は聞いていたけれど、そんな条件だったのね…」
「念には念を、ってやつだろうな。ノエル一人でも結界の解除は出来るだろうからな。エルフと戦いに行くわけじゃないが…それでも相手は魔法の知識が豊富な長命種のエルフ族だ、陛下も万が一を考えて条件を出したんだと思う」
納得したようにユリナは頷く。
瘴気の原因究明に一歩近付けるかもしれない神竜への接触は早ければ早いほど良いのだろう、とユリナを始め、王城に身を置く者たちの考えは一致している様子だとリュードも言葉を明確にしていた。
「殿下はどんな方なの?」
「どんな、ねぇ…」
少し口角を上げながら『俺もよく神官っぽくない。って言われるけどさ、俺は殿下の方が王子っぽくないと思ってるぜ』と、何故だか楽しそうな表情で言っているリュードを見ながら、ユリナも穏やかに『きっと素敵な方なのね』と思いながら、コップに注がれた冷たい水を飲んだ。
昼間の酒場の喧騒に紛れながら、穏やかにユリナとリュードが日常の何気ない話を繰り広げること数分後。
料理が運ばれて来るのが見えたその時…入口に立つノエルとブライアンの姿をリュードが座る席から見えた為、リュードが二人に手を振るのに気が付いたユリナは振り向いて、二人に手を振った。
「お待たせしましたー!」
「遅れてしまい申し訳ございません」
二人を見てリュードとユリナは口元を綻ばせていた。
ノエルはユリナの隣に、ブライアンはリュードの隣に腰を下ろす。
「どうだ?殿下が帰ってくる事になった王城の雰囲気は?」
「あまりに突然だった影響でかなり慌ただしくしている」
「魔導部隊も忙しいよ~!でも、殿下が帰ってくるのは凄く嬉しいよね!」
相も変わらず小さい容姿を保ったままのノエルは嬉しそうに口角を上げた。
四人が食事を摂る酒場は、大きな酒場なのだが…国の中でもそれなりに知名度があり顔も知られているユリナ以外の三人が同じテーブルにいる事は、チラチラと周りの様々な人たちが気にして見てしまうくらいには、注目を集めていた。
「あの……」
「如何されましたか?」
「凄く、見られるような気がして」
「あー…自慢じゃねぇけど、立場的に俺ら三人は国の行事には絶対顔出すからなぁ…」
そのあとに続く『顔は知られちゃってるよね〜』と特段気にした様子は無いノエルに、ユリナは首を傾げた。
「目立ったりするの嫌じゃないんですか…?」
「嫌じゃないですよ!だって、お買い物する時に割引とかして貰えるし、すっごく得してますから!」
目立つ事が苦手なユリナからしてみれば、そういう風に考える事が出来るノエルを少しだけ羨ましく思った。
——私が人の視線を気にしすぎてる部分もあるけれど、ノエルさんみたいに前向きに考えられる人の事、凄く憧れちゃうなぁ…と考えていたら、四人分の料理がテーブルに置かれていく音で思考から戻された。
朝食は軽めに食べていたユリナのお腹が、出来立ての唐揚げ定食を前にして小さく悲鳴を上げた。
四人揃って各々の昼食を食べ始める。
ブライアンはステーキ、ノエルは魚介たっぷりのグラタン、リュードは揚げた肉が挟まったサンドイッチ、ユリナは酒場の看板メニューである唐揚げを頬張った。
口に入れて噛んだ瞬間にじゅわりと広がる肉汁に、ユリナは舌を火傷しそうになりながら唐揚げを咀嚼して飲み込み、美味しさのあまり表情を綻ばせた。
「凄く美味しい!」
「だろ?」
「この国で一番賑わってる酒場の一番人気メニューだもん!美味しいよね!」
「ええ、子供から大人まで好まれる味かと」
三者三葉の肯定の言葉で返しながら、ユリナと同じく笑顔を浮かべて穏やかな食事の時間が流れる。
——昼食を摂ったあと、ブライアンとノエルは再び城へ戻り、ユリナはリュードと共に城下町へ繰り出す事になった。
♢♢
「ここが雑貨屋で、この先が——」
リュードの説明を聞きながら、ユリナは賑わう城下町を散策していた。
商店が立ち並ぶ、大通りを抜ければ住宅街などが多くなり、人が疎らになっていくが…大通りに比べれば少ない、というだけで、閑静な住宅街と呼ぶには程遠い賑やかさだ。
「さすが城下町だね…どこに行っても人の流れがあって、凄く活気的」
「人酔いとか大丈夫か?無理させたら俺がブライアンに怒られるからな、早めに言ってくれよ」
「私じゃなくてリュードが?」
呆れた表情で『アイツ、ユリナ様には過保護なんだよ。知らなかったのか?』とリュードはさらりと言ってのけた。
一方ユリナはというと『それは、ブライアンが私の護衛騎士だからでは…?』と思いながら、リュードの背中を見つめながら石畳の上を歩く。
「……ねぇ、リュード」
「ん?気になるもんでもあったか?」
「ううん、そうじゃなくて」
何と言ったらいいのだろう?とユリナは考えていた。
あの日——私が召喚された日、瘴気に侵されているブライアンの命の危機を救ったことは事実だ。
けれど、それ以外は特に彼にしてあげられた事など何も無い。
むしろこちらが助けられてばかりで、ブライアンから向けられる気遣いと優しさは心が温かくなると同時に『気遣わせてしまった』とネガティブに考えてしまう己自身も確かに存在していた。
「そうじゃなくて…?」
「わっ…!」
「…申し訳ない、お怪我はありませんか?」
「は、はい…!大丈夫です。こちらこそ、すみません。少し考え事をしていたものですから」
リュードにどう話せばいいか悩みながら歩いていたら、フードを目深に被っているが、どこか品のある印象を受ける男性とぶつかってしまった。
考え事をしながら歩くのはダメね…と心の中で反省しながら、ぶつかった人物に謝罪をする。
そしてリュードを振り返ると、突然リュードから背中を押された——なぜか目の前に居る人も一緒に。
「あ、あの…リュード?」
「いや、わりぃユリナ様。そんでアンタ!帰って来んの数日後の予定だろ!?」
更に人が疎らな、小さく細い路地の方に二人を押し込みながら、リュードは極力小さな声でフードの人物に怒っていた。
「おや?人に気付かれにくい魔法を掛けていたんだけどなぁ、気付かれてしまったね」
チラリとフードから端正な顔立ちの『綺麗』や『美人』といった単語が似合う金髪の男性の顔が覗いた。
ユリナが首を傾げていれば、フードを被った男の翡翠の瞳と目が合う。
「貴女が……いや、ここで役職名を言ってしまったら、大騒ぎになってしまうね」
困ったように眉を下げながら、笑った表情は『まるで王子様のようだ』と、初対面のユリナが思ってしまうくらいには、とても品のある笑い方をしていた。
「…アンタの正体も言ったら大騒ぎだっての!」
「ふふっ…ごめん、ごめん。数日後には、きちんと顔を出して帰って来るから、見逃してくれるかい?」
苦虫を潰したような表情をしながら『分かりました。帰って来るまでは大人しくしててくださいよ…!』とリュードが小さな声で伝えれば、笑みを浮かべながら小さく手を振ってフードを被った男は去って行く。
「あ、あの?さっきの方は?」
「……あー、その…知り合いだよ、俺の」
壁に手を付きながらリュードは『あの人、王子って自覚あんのかよ…!』と心の中では悪態をつき、ユリナには苦しい言い訳をしながら頭を抱えていた。




