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22.5話【聖女が眠る二週間】

 ユリナ様が目の前で意識を失ってから翌日、瘴気の浄化任務を終えたリュードが彼女の部屋を訪れた。


「リュード」

「…顔色、随分と悪いな。おまえもユリナ様も」

「どうにか出来るか?」

「わからん、けどやれることは全部やる」


 ユリナ様から溢れる、今までに見たことが無いレベルの、もはや漆黒に近い紫色のオーラに冷や汗が出そうだ。

 これがブライアン(アイツ)に見えていないことが救いだろうか。

 

 この国、サイフィンスを治める国王、ハーランド陛下も聖属性魔法を扱えるお方で瘴気の色が見える方だ、滅多に使用をされない魔道具での通信がかかってきて、酷く慌てた様子だったのはこれが原因か…と深く息を吐く。

 倒れた原因があまりに不明で、陛下までも倒れると不味いことになってしまうため、ユリナ様に触れることはせずに、浄化魔法をかけたとのことだったが…これ、薄まっているのか?それとも、濃さは昨日から変わってないのか?

 分からないが、これだけ濃ゆければ薄まっている可能性は低いな…とリュードは考える。


「ブライアン、ユリナ様をベッドに移動させたのはおまえか?」

「ああ、倒れられてすぐに運んだが…それがどうかしたのか?」


 てことは、触れるのは大丈夫ってことだ。

 恐る恐る手を出し、比較的瘴気の色が薄い指先から触診を始め、最後は最も色が濃い頭の部分に触れてみるが、体調に変化は無い。

 直接触れてみての浄化魔法は、まだかけていないため、試す価値は多いにあるが……と迷っていればブライアンと目が合う。


「…今から、ユリナ様に浄化魔法をかける。万が一俺が倒れたら頼む」

「は…?おい待て、リュード!」


 恐らく倒れることはないだろうが、何か浄化を行った際の反動があるかもしれない。

 それを踏まえた上で、ブライアンに後を頼んだ。


 一番、濃い色を放っている額の部分に触れながら、浄化魔法を展開した――瞬間、額に触れている指先からビリビリと魔力が流れ込んでくる。

 ユリナ様のものじゃない、だがこの魔力の持ち主は邪悪な者ではない事が分かる、じゃあなぜユリナ様からこんなに瘴気の気配が漏れ出ているんだ?


 そんな疑問を吹き飛ばすかのように意識が一瞬だけ暗闇に放り出され、何とも言えない気持ち悪さがグルグルと体を巡り始めると同時に、現実世界へと意識が戻る。

 

「はっ…く、そ」


 ユリナ様の額から瞬時に手を離し、ベッドから遠のき、鼻から垂れた血を乱暴に拭う。

 ――いま、一瞬だけ見えたあの、黒い…塊みたいなのはなんだ?とリュードの思考を支配するが、次に襲ったのは吐き気。

 完全に、瘴気に触れてしまった人間の症状だった。


 リュードは小さなマジックポケットを開きながら、庭へ続くドアを開け放ち、外へ出るとマジックポケットの中に嘔吐した。


 ブライアンはリュードの背中を摩りながら『…無事か?』と問い、それに対し『なんとか、な…』と青い顔をしたリュードが、魔力を回復させるポーションを飲みながらそう返答した。


「すげぇな、ユリナ様。これに耐えてるなんて…」

「…っ…、俺に出来ることは…?」

「待つ。信じて待て、いつも通り仕事するか…手につかねぇなら休み貰え」


 神官の立場からリュードがブライアンにかけられる言葉はそれだけだった一一ユリナ様と俺を信じて待て、とそれしかなかった。


 


 ♢♢


 

 ――三日後、ブライアンは休暇を貰い、鍛錬を行っていた。


「ブライアン、休暇を申請していたのではなかったのか?」

「陛下!」

「よい、座って少し話そうか」


 ブライアンが膝を着こうとすれば、ハーランドはそれを制しながら、近くのベンチに腰を据えて騎士を手招きしている。


「…失礼いたします」

「構わんよ、楽にしてくれ」

「陛下、ユリナ様は…」

「うむ…リュードから報告を受けたが、意識が戻るには数週間かかるだろう、との事だった」


 ハーランドの声音は努めて平静を装おうとしてた。

 あくまで事実だけをブライアンに伝えているのだろう――だが、吐いた息は深いものだった。


「休暇を貰ったというのに、ユリナ様が心配で……何も考えないようにする為に鍛錬を行っていました」


 そんなブライアンの言葉を聞いたハーランドは、少しだけ笑みを浮かべながら『ならば、側にいてあげなさい』と伝えた。

 国王陛下からの言葉に、驚きで目を見開きながら一人の騎士は拳に力が入る。


「無力だと思うかもしれないが、近くで手を握ったり、額の汗を拭いてあげたり……ブライアン一一」


 ――君にも、出来ることがあるはずだよ。その言葉を受け取ったブライアンはユリナが眠る寝室のドアをノック三回…ユリナからの返答が無いことに深く息を吐いて、気持ちを落ち着けてからドアを開けた。


「……ブライアンか」

「あぁ…陛下に、助言を頂いたから来た」

 

 少しの沈黙から『…ん、そうかよ。ちょっと、飯貰って来る』そう言って部屋を去っていったリュードの顔色は連日浄化魔法を使い続けているせいか、かなり酷いものだった。


「ユリナ様…」


 冷やした濡れタオルで、一番汗をかいている額を最初に拭き、次は腕と手、脚…は捲りあげるわけにはいかないため、足先だけを拭く。

 本来なら、こういう事は聖女付きのメイドであるリディアがやっていたことだった――けれど、自身の領地で瘴気の魔物が確認され、ユリナが浄化を行ったが暫くは様子をみたい、とのことで少しの間グランヴィル領に留まるとブライアンも報告を受けていた。


「どうか、早くお目覚めになってください」


 ブライアンは祈るように、ユリナの小さく冷たい手を柔らかく握りながら呟いた。


 


 ♢♢



 ――ユリナの昏睡状態が続いてから十一日目。

 

 ブライアンは、この時には普通の業務に復帰していた。

 代わりに…騎士としての勤めが終わると、必ずユリナの部屋に立ち寄り、今日の出来事を話しながらブライアンは可能な限りの汗を拭き、枕のシーツを変え、ユリナ様の手を握り、祈りを繰り返す…聖女が眠って十一日目にもなるとそれが聖女を護る騎士のルーティンになっていた。

 


 

 ♢♢



 聖女ユリナが倒れてから十四日目。

 リュードが青い顔をしたまま、浄化魔法をユリナにかけ続いていた。

 その横でブライアンは手を握っていた――しかしその手がピクリと動いたのだ。


「リュード!ユリナ様の手が動いた…!」

「抗って、起きようとしてんだ…!ユリナ様の手足、温めてやってくれ!」


 青い液体の入ったポーションの瓶を呷りながら、リュードは吐き気を堪え、踏ん張って浄化魔法をかけ続ける。

 

「ぐっ…、くそ!起きろ!ユリナ様!起きて来い!」

「ユリナ様…!どうか、目を開けてください!」


 二つ分の声、手足を温めるブライアンの聖なる炎の魔法。

 この時のユリナに声はぼんやりとだが届いており、炎の温かさも届いていた。


「うっ…!は、ぁ…ハァ…」

「ユリナ様!!」

「ぶら、い、あん?」

「はい、ブライアンです。俺の声、きちんと届いていますか?

「…?」


 ユリナの焦点の合っていない目と、まだ少し脳が混乱しているのか耳も聞こえずらいのだろう、とリュードは一度額から離した手を、再び魔力回復のポーションを飲んでから、ユリナの額に触れる。


「えっ…?なにが起きて…?」

「お、この感じ、成功か?」

「リュード…!ありがとう」

「一体どーいうことなんだよ?詳しく説明してくれ」

 

 聖女ユリナが起きてから、リュードとブライアンが聞かされた話は信じ難いものだった。

 特に神官であるリュードにとって、神竜の名前がユリナの口から飛び出したことは、かなりの衝撃だったはずだ。


 話が一段落すると、熱がある事をリュードから指摘されてユリナは否定していたが、リュードは医務官を呼びに部屋を去る。

 ブライアンとユリナ、二人きりの空間――ブライアンと目が合ったユリナは上半身だけを起こした状態から、小さくなりながらモゾモゾと布団の中に身を隠す。

 

「…熱があるのを隠したかったわけじゃないですよ、本当に痛む所も無いですし、体調も悪くないですし」


「ええ、全て本心で言ってらっしゃるという事は何となくですが分かります。…ですので、お顔を見せてください」

 

 ――目覚めたユリナ様の顔を見たい、貴女と二週間ぶりの会話をさせてください。

 ブライアンがそう声をかけると、ユリナは少しだけ顔色の良くなっている顔を、ゆっくりと被っていた布団から出したのだった。

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