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22話【竜と森】

 聖女が目覚めてから数日後、再びリュードが聖女ユリナの自室を訪れた際にユリナが『あの…一旦冷静になったんだけど、神竜って本当に存在するの?』と至極尤もな疑問を神官を務めるリュードに投げかけた。

 

「あー……まぁ、なんていうか、神竜様の存在が示唆されてる本が幾つもあるのは事実だ。でもなぁ…誰も神託を授かったとかそんな話を聞いたことも無ければ、本の片隅にすらそんな記述は一切無いんだ」


 リュードが更に追加で簡単に説明をしてくれた内容は至ってシンプルで――誰も、()()()()()()()()()()()()()()ということだった。

 この世界に存在する竜は地を駆ける【地竜】や水中を泳ぐ【水竜】など、他にも様々な種が存在しているとリュードが簡潔に話してくれる。

 そして、神官である彼が知る限りでは【神竜】に分類される竜はトーンアラナンと名乗った竜だけらしい。


「でも、なんでトーンアラナンは今になって…?」


「神竜は、神様の眷属で分見みたいなもんだって言われてる。神託なんてもんは、本来なら神官が受け取らなきゃいけないんだろうけど…俺も一瞬だけだが見たアレは、気が触れちまいそうだったからな。ユリナ様ぐらいの魔力量と浄化の能力を持っていないと完全に意識を闇に持って行かれてただろうな」


 あの時、神竜は何かを言いかけていた気がする――私があの暗闇の中で微かに拾えた単語は【瘴気】という単語だった。

 けれど、その発言そのものがぼんやりとしていて、輪郭がはっきりと聞こえたわけでは無かったため、本当にその言葉だったのかは不明なため確信を持てずにいる。

 

 あれはたぶん、神竜であるトーンアラナンが体験しているものなのだろうと――私に触れて一瞬だけれど、見た景色を共有したリュードは重々しく言葉を紡いだ。


「じゃあ、トーンアラナンは今危ない状態にあるってこと?」


「どうだろうな…。神竜は神の代わりに動物が生きる土地を管理しているとも言われてる。あくまで伝承だとされてるが…もし仮に、神竜がいるかもしれないと仮定すれば、その伝承も本当なのかもな…」


 ――もし伝承が本当なら、世界の土地を管理する中で、瘴気のせいで神竜の身に何かが起きてしまっているのかもしれない…。

 そう言ったリュードの表情は酷く険しいものだった。


 神竜の存在そのものが、神官を務めるリュードでさえ伝承に近いものだと言っているのだから、神竜がそもそも【竜】という形を取って、生きているのかさえ確認する術が無い状態なのだ。


「トーンアラナンの居場所が分かって、直接お話を聞ければ…」

「そこが一番難しい所だよなぁ…。ノエルが水晶玉を検分してくれてるはずだが…あとどれ位掛かるか、分か」


 リュードが『分からない』と言い終わる前に、素早いノックと同時にドアが開け放たれる。

 そこには肩で息をしているノエルが立っており、次の瞬間には『神竜様の居場所、わっかりました!!』と、元気いっぱいの声が響き渡った。


 

「それで?居場所ってのは?」

「エルフの森の最奥。更にその奥…だと思う」

「最奥の、更に奥?詳しく説明してくれ」


 ノエルは頷き、説明を始める。

 ――まず、エルフの森は世界のあらゆる森と繋がっており、魔法で場所が特定されないようにされているらしく、そもそも辿り着くこと自体が困難を極めると言う。


「エルフの森に関しては私がどうにか出来るので安心してください!」


「そこをどうにか出来るって言いきれるのは、さすが魔導部隊の隊長様だな…」


「そのあとが問題!エルフの森に行けたとしても、最奥に行くことがまず無理難題なんだよぉ~!」


 頭を抱えながらノエルは床にへたり込む。

 

 ノエルが語る――エルフの森と呼ばれるその場所は、エルフ族以外には未知の領域とされており、他の種族が立ち入る事は稀で、それも数百年体位での事だというのは、世界中の者たちが幼き頃から絵本で聞かされて育つくらいには、世の中に知れ渡っている事らしい。


「まず、エルフの森に最奥があるのかも、定かじゃないからね…」

「……概念的な話になるってことか?」

「ううん…どちらかと言うと、森全体に魔法を作動させてるなら、最奥の場所も隠されてる可能性が高いかもしれない。ってことだよ」


 魔導部隊の隊長を務めるノエルがそう言うのだから、可能性として、かなり高いだろうな…と同じ感情を抱いたリュードとユリナは顔を見合せる。


「それと――」


 そのあとに続いた『前任の聖女様は、一度エルフの森を訪ねたことがあるらしいんだよ!』というノエルの言葉に、ユリナとリュードは静かに驚きを示すことになった。




 ♢♢



「そうでしたか、前任の聖女様が…」


 水晶玉を検分する最中、王宮に残っている聖女関連の書物を手当り次第に読み漁っていた魔導部隊員が『聖女、エルフの森へと静養に赴く』という、たった数行ほどの記述を見つけたのだとノエルから伝えられる。

 それを聞いたリュードはノエルと共に、陛下に一刻も早く相談しに行かなくては!と気合を入れて去って行ったのを見送ってから数時間経過したのち、ブライアンがユリナの下を訪れていた。


「そうみたい、神竜様の事も気になるけど…私の体調の為にもエルフの森には行った方がいいって、リュードとノエルさんが言っていたの」


 目覚めてから数日――神竜からの魔法による対話が試みられ、それに伴い倒れてしまったユリナは熱が下がりきらずにいる。

 二週間という長い間昏睡状態が続いてしまったというのもあり、魔力の回復が格段に遅くなっていると医務官から伝えられた。

 だが、エルフの森であれば自然が多く存在し、魔力を回復するマナも大気中に溢れている為、静養するにはピッタリな場所だろうとお墨付きを貰ってはいたが……如何せん、エルフの森は神秘的で何より神聖な場所なのだと、医務官も、ノエルも、リュードも、皆口を揃えて言っている。


「神秘的で神聖と言われる森に、私なんかが行けるのでしょうか…?」

 

「ノエル隊長もそうですが、エルフの森への交渉などは陛下も関わっておられますので、ご安心頂いてよいかと」


 そっか、交渉…。

 そうだよね、そもそも外部の他種族の人たちが魔法で入れないようにされている森に無断で立ち入る訳には行かないのだから、エルフの森を管理しているエルフのひと(でいいのかな?)がいるはずで…そのひとから許可を取らなきゃいけないのは普通の事だ。

 

 この世界に来てまだ半年も経っていないユリナは『まだまだ知らないことが沢山あるけれど、しっかり勉強しないと…!』と静かに決意する。

 ユリナは体調のことは少し不安が残りつつも【エルフの森】という、ファンタジーの話でしか聞いたことのなかった場所に行くことが出来るんだ…!と密かに胸を躍らせていた。


「そういえば、ノエルさん以外のエルフの方に会った事が無いような…」

「エルフは長命であるが故に、出生数が他の種族よりも少ないと聞きます」


 それにーー彼ら彼女らは我々と生きる時間が違いすぎるが故に、人里に現れるのも数十年単位だと言われています。ノエル隊長のように、半分はエルフ、半分は人間の血が流れている方とも、純血のエルフの方々は時間の流れる感覚も、考え方も違うのだと思います。

 ブライアンのその説明に『ノエルさんって、人間とエルフのハーフなんだ?!』と、驚いたのはユリナだった。


「ノエル隊長に初めてお会いした日に、そう自己紹介をされては……いませんでしたね」


 ブライアンとユリナはあの日の事を思い出すが、確かにノエルは魔導部隊の隊長だと名乗ってはいたが、人間とエルフのハーフだよ!などという種族についての説明はしていなかったように思う。

 それよりも、ノエルにかけられていた呪いが解呪されたのもその日だったため、色々と有耶無耶になっていたようだ。


「でも、呪いは解けたのに、あの小さな姿のままなのは何故なのでしょう?」

 

「小さい姿の方が何かと便利なのだと言っておられました」


 その『何かと便利』の部分に隠されている『素性を知らない大人が油断して、幼い子にはポロリと本音を聞かせてくれるから』という事情や『大人では通れない場所に通って行けるから』などという全ては何かしら事情のある大人たちを油断させる為に、ノエルはわざわざあの姿のままなのだとブライアンは言えるはずもなく、口を噤む。


「小さい容姿ならではの利点もあるものね」


 元の世界での漫画とアニメの両方で見たことのある、見た目は子供、頭脳は大人な小学生を思い浮かべながら、ユリナは一人でうんうんと納得する。


「ユリナ様の世界にもそのような方がいらっしゃるのですか…?」


「へっ?いや!違うよ!創作…お話…えっと、この世界で言ったらおとぎ話、みたいな感じかな…?」


「なるほど、ユリナ様の世界にはそういう物語があるのですね」


「うん!そうなんだよ!」


 ユリナはブライアンの言葉に肯定しながら『そっか、この世界では物語って伝えた方が理解しやすいみたい』とまた一つ異世界での言葉選びを学んだ。

 

 そんな穏やかな会話の最中、今日何度目かも分からない訪問の音が鳴る。

 ユリナが『どうぞ』と返事をしたと同時に部屋のドアが開け放たれ『ユリナ様!外出許可取ってきたから、今度一緒にランチ行こうぜ!』と医務官と国王陛下の捺印が押された羊皮紙を嬉々として掲げているリュードを見て、ユリナとブライアンは驚きつつも笑みを浮かべながら顔を見合わせた。

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