第21話【寒さ】
ユリナが自室で様々な魔法が記された本に目を通している所に、扉がノックされ『ブライアンです。少々お時間を頂けますでしょうか?』とブライアンの声が届き、扉を開く為に椅子から立ち上がる。
「どうかされましたか?」
「突然の訪問をお詫び申し上げます。実はノエル隊長から、こちらを預かって参りました」
そう言って差し出された物を視界に映す。
確か、この水晶玉あの時の――ノエルさんの呪いを解呪した時に呪いの詳細が記載されていた水晶玉だ――とユリナはピンッと来た。
「ユリナ様ならば水晶玉に浮かび上がっている文字が読めるのでは?と伺いまして…確かめて頂ければと思い、参りました」
ユリナはブライアンから水晶玉を受け取り、浮かぶ上がる文字を見つめる。
どうやら、呪い以外に瘴気の説明まで記録されている様子で、今までに浄化を行った魔物の生体まで記されているようだ。
「えっ、神竜…?」
「!?…神竜、ですか?」
「はい、マウンテンビッグボアが纏っていた瘴気は神竜由来のものだって…」
神竜という名前からして、只事じゃなさそうだと察した私は新たに追加されていた【神竜の瘴気】という項目を読み始めようとした瞬間――頭が割れるように痛みだしたと同時に響くような咆哮?声?が歪な音となって【聖女よ】という言葉になって語りかけて来る。
「なっ、に…?だれ、なのっ?」
「ユリナ様?」
痛い、苦しい、悲しい、怖い、そんな悲痛な叫びが頭に響く。
この叫びが誰のものなのか定かではないが、かなりの苦しみの中にある事が分かる。
「ユリナ様!如何されましたか?」
「っ…ぅ、ぶらいあん…」
息をするのも苦しい、もしかしてこの声の主もそんな状況なのだろうか?と私は回らない頭で考える。
目の前にいるブライアンの腕に私はしがみついているが、視界がボヤけ始めているためマズイなと思いつつも、意識を持っていかれないように踏ん張らなければ。
「私、はユリナ、です…貴方の、名前を…教えてください」
――我の名は神竜トーンアラナン。
ブライアンに抱きとめられ、意識を手放す前に聞こえたのは神聖な竜の名前だった。
♢♢
寒い――最初に感じたのはその感覚。
耳は水が詰まっているかのように音を拾ってはいるが、変な響きで聞こえている。
誰かと誰かが喋っていて近くに人の気配があるのは分かるけれど、音がぼやけていて理解出来ない。
体に感じている刺さるような寒さは続いていて、開けれない瞼の奥からは水の中に沈んでいく映像が流れる。
視覚に引っ張られ、感覚も本当に冷たい水に沈んでいくような感覚に駆られてしまい呼吸がしづらくなっていく。
この感覚は、神竜トーンアラナンが感じ取っているものと同じなのだろうか?
見えているのは水だけれど、嫌に纒わりつくような感覚もあり、手を動かそうと試みるが…指が少し動かせるぐらいで、体が鉛になってしまったかのように動かない。
――次の瞬間、ふと呼吸がしやすくなった。
体を包み込むのは白の中に黄色が混じっているような色をした光の粒で、これは浄化魔法を発動している時に出る粒子と一緒だ…と暗い水の中を見回す。
呼吸がしやすくなってから数秒後、指先が温かくなっていくのを感じ始め、その次は足先……と一番冷たくなっている部分から順に温めてくれているのか、少しずつ体温が戻っていく感覚がある。
――あぁ、光だ。
視界に入ってくる一筋の光に手を伸ばそうとすれば、誰かにその手を握られている温度を感じ取り、冷たく暗い水の中から意識が一気に引き上げられた。
「うっ…!は、ぁ…ハァ…」
「ユリナ様!!」
ブライアンが私を呼んでいる声がぼんやりながらも聞こえたので手を握り返せば、ブライアンがもう片方の手も重ねたのか更に温かさが増す。
徐々に視界を取り戻し、眩しさにも慣れてきたが、どうやら視界もぐにゃぐにゃに歪んでいて、髪の色や何となくの形でしか彼らを認識できない。
「ぶら、い、あん?」
「は…、ブ…イア…です。…声、き…と…いて…か?」
「…?」
ブライアンの声がぐにゃぐにゃの途切れ途切れでしか聞こえないため、彼の方向を見ながら、力無く首を左右に振った。
意図が伝わったのかどうかは分からないが、赤い髪の人物が近付いて来て、私の額の辺りに触れると――途端に視覚と聴覚がクリアになる。
「えっ…?なにが起きて…?」
「お、この感じ、成功か?」
「リュード…!ありがとう」
「一体どーいうことなんだよ?詳しく説明してくれ」
体を少しだけ起こして貰い、あの冷たい空間から引き上げてくれた、リュードとブライアンに先程までに起こった出来事を隠すことなく話しをしていく。
「神竜トーンアラナン…伝承に記載のある神竜様と同じ名前、だな…」
リュードは大きな息を吐きながら、頭を抱えている。
「俺はユリナ様を助けるために、一度だけ感覚を共有したけど、あれはとんでもねぇな――一生分は吐いた気がするわ」
「ご、ごめんなさい」
「いや、誰だって神竜について調べようと思ったら、神竜と感覚共有しちまうなんて思いもしないだろ?…とにかく、意識が戻ってなによりだよ」
少しリュードの顔がげっそりとして見えたのは、浄化魔法を施すため、私の体の一部に一度だけ触れた瞬間にリュードも数分ほど感覚を共有してしまったらしく、吐き気を催しながらも浄化魔法を継続してくれた甲斐もあり、二週間ほどで目覚めることが出来たのだと、リュード本人が簡単に説明してくれた。
「に、二週間…!?」
「そう、二週間も容態が安定してなかった」
「…………不甲斐ないです、聖女なのに」
「それ言うの禁止。神竜と同調とか、聖女様じゃなかったら肉体ごと魂も飛び散って無くなってたからな?」
「ひっ…!!怖いこと言わないで!」
「事実なんだよなぁ、これが」
「ユリナ様、お加減は如何ですか?どこかが痛むとかは?」
ブライアンの心地よい低音が耳に届き、手を握ったり広げたり、足を左右に揺らしてみたりしたが、何処も痛む箇所はなく、割れるように痛かった頭の痛みも無くなっている。
「意識を失う前、頭が割れるように痛かったけれど、今は大丈夫みたい」
「そう、ですか…本当にご無事で良かったです」
リュードもだけれど、ブライアンの顔にも疲れが見えていて『また、心配かけちゃったな…』と心の中で落ち込んでいればリュードの手が肩に置かれて、そのまま彼が目線を合わせてくれた。
「あの水晶玉はノエルが調べてくれる。神竜様がなぜ、ユリナ様に語りかけて来たのかも慎重に調べてくれてるから安心してくれ」
なぜ、神竜が語りかけて来たのか…何か、私に伝えたい事があったのではないか?と思うが、私は意識を保てなかったので、名前を聞けただけでも神竜が何をしたかったのか?という手掛かりになればいいなと思う。
「…ユリナ様」
「どうしたの?」
「アンタ、熱あるな?」
「へっ…?いいえ、熱なんて…元気ですよ?」
そう、至って普通だ。
身体に倦怠感があるとか、寒いとか、吐き気がするとか、さっきもブライアンたちに伝えたように頭痛がしているとかも無い――はず、なんだけど。
突然『失礼します』という言葉と共にブライアンの手が額を覆った。
「リュード」
「はいはい〜、医務官呼んで来るからユリナ様は横になって寝てて」
「はい…」
部屋からリュードが去ると、ブライアンと目が合ったので、上半身だけ起こした状態だった私は、小さくなりながらモゾモゾと布団の中に身を隠した。
「…熱があるのを隠したかったわけじゃないですよ、本当に痛む所も無いですし、体調も悪くないですし」
「ええ、全て本心で言ってらっしゃるという事は何となくですが分かります。…ですので、お顔を見せてください」
――目覚めたユリナ様の顔を見たい、貴女と二週間ぶりの会話をさせてください。
そんな風に言われてしまえば、渋々ながらも布団から顔出す他なかった。




