20話【元の世界の記憶】
パチッと目を覚ましたユリナは、視界に広がるいつもとは違う部屋に『ああ、そっか…昨日の夜、ブライアン達が帰還して直ぐに眠ってしまったんだっけ…』と起きたばかりの頭で、昨日の事を思い出しながら伸びをする。
少し肌寒いなと感じ、時計のある位置を見上げれば時計の針は午前五時を示しており、ユリナは小さく息を吐く。
昨夜の雷雨による被害は確認されず、木が倒れたりして道が塞がってしまっている…という状況にはなっていなかったので、王宮に帰還するために午前十時頃にはグランヴィル領を発つ予定だとブライアンが言っていたはず…と記憶を掘り起こしながら、ユリナは朝の新鮮な空気を吸おうと思い、部屋を出て、静まり返る廊下を魔法で照らしながら歩く。
玄関へ続く階段を下りきった所で『ユリナ様…?』と階段の上から声がかかる。
ユリナが見上げた先にはブライアンの姿があり、驚いている表情をしているように見えた。
「おはよう、ブライアン」
「…おはようございます、眠れませんでしたか?」
「ううん、眠れたけど…この時間に目が覚めちゃっただけ」
眠れはした、けれど先程見た夢がフラッシュバックしてしまい、息を吐き出す。
一呼吸置いた時には、ブライアンが私の隣に来ており、見上げれば視線が交わった。
「外に行かれるのですか?」
「うん、朝の空気を吸いたくて」
「ご一緒してもよろしいですか?」
「うん」
素っ気ない返事をしてしまったかな…と思ったけれど、ブライアンはいつもと変わらぬ表情でエスコートしてくれる。
まだ太陽は昇っておらず、公爵邸の庭を魔法で照らしながら歩く。
小さく深呼吸をすれば、昨夜降った雨の香りが鼻腔をくすぐる。
エスコートしてくれているブライアンの手は温かく、夢を見た時の嫌な気持ちも徐々に薄れていく感じがする。
こちらの世界に来てから初めてみる元の世界での昔の記憶。
私にとって嫌な記憶だ、出来る事ならやり直したい過去でもある。
「ユリナ様」
「はっ、はい!」
「少し冷えますから歩くのはこの辺りにして、部屋に戻りましょう」
「…そうですね」
ブランケットを羽織って歩いていたはずなのに体は冷えてしまっていて、自身を抱きしめるようにブランケットを羽織り直していれば、目の前に鮮やかな蒼が灯った。
「わっ…!いつ見ても綺麗な蒼色だね」
「そう言って頂けて光栄です。もう少しこちらに」
グッと肩を寄せられて、彼の手が触れた肩からじんわりと温かさが広がり、目の前にある彼の手のひらの上で揺れる蒼い炎も温かく、ゆっくりと体温が上がっていく。
部屋に着く頃には、体はポカポカと温まっており、暖炉に火をつけなくても暫くは大丈夫なくらいには体温を取り戻していた。
「お散歩に付き合ってくれてありがとう」
「ご一緒できて良かったです」
「……あの、まだ少し寒くて、暖炉にブライアンの火を灯して貰えたりしないかな?」
「もちろんです、お部屋に失礼させて頂いてよろしいですか?」
ブライアンの問いに小さく『うん』と返事をしながら、私は彼を部屋に招きいれた。
ーー暖炉に点けられた蒼い炎を見ながら、パキッと木が小さく爆ぜる音を耳で聞く。
ブライアンにお礼を言い、椅子に腰を掛けるとホッと息を吐いて落ち着けるような感覚になった。
「ブライアン……もう少し…もう少しだけ一緒にいて欲しいの」
「っ…もちろんです、時間が許す限りご一緒させてください」
彼の顔を見れば、酷く心配そうな表情をしていて、ゆっくり少しずつだったけれど悪夢をみてしまった事、その夢の内容が元の世界の学生時代の嫌な記憶だったことを、言葉を少し詰まらせながらだったけれど言葉にする。
「嫌な記憶…ですか」
「うん……」
ーー学校に行けなくなった時があったの、そのせいでメンタルが不安定になって両親に酷い言葉を言い放ったりもした。
その時にはもう弟も妹も生まれてたから、お父さんもお母さんもきっと学校に元気に行けてる弟と妹の方が可愛かったんだと思う…だから、私は弟や妹みたいに愛されてる実感がなかった。
こんな風に自分に自信が持てなくなったのは、その時から…だと思う。
ブライアンに向かって、ポツポツと喋りながら暖炉に灯る蒼い炎を見れば、その美しい炎が私の心を温かくしてくれる。
「あっ…ご、ごめんなさい!急にこんな暗い話をしてしまって、弟も妹も本当に可愛いんだよ?!」
「いいえ…ぜひ、ご兄弟にもお会いしてみたいです」
「ふふ、ブライアンに会ったらきっと驚くよ、どこでこんなカッコいい人に出会ったの?って」
「光栄です、お会いできる日が楽しみですね」
ブライアンとの日が昇りきる前の会話は、最初こそ私が見た過去の記憶の話で暗い話になってしまったけれど、彼は過去について言及してくることはなく、そのあとは日常で起きた瘴気以外の出来事のことを話しながら穏やかな時間を過ごした。
♢♢
サイフィンス城への帰還は滞りなく進み、俺たちは大きな怪我を負う事も無く、無事に帰還することが出来た。
到着して直ぐにユリナ様と共に、瘴気を纏った魔物の討伐報告を陛下に伝え、ユリナ様を自室に送り届けてからは報告書を纏め上げる為に騎士団本部がある棟まで、歩を進める。
ーー本部にある第二団長室に足を踏み入れて直ぐに『今日中には報告書を纏め上げておこう』と考えながら、席に着いてほんの数秒も経たずに扉がノックされ返事をすると『帰還して直ぐにすまん、ジークフリートだ』との言葉が聞こえ、急ぎ扉を開けた。
「いかがされましたでしょうか?」
「いや、少し魔物の様子を聞いておこうと思ってな」
「魔物の様子、ですか?」
「ああ、少し気がかりな報告が最近上がっていてな」
ジークフリート団長が言うには、瘴気に侵された魔物が想定の大きさよりも巨大化してしまっている事案が散見されているらしく、今回討伐を行ったマウンテンビッグボアも普段見かける個体よりも大きかったように思うことを伝えれば『やはりそうか…』と顎に手を当て何か思考を巡らせている団長に、ユリナ様の言っていた言葉を思い出して、声を上げる。
「!そういえば…ユリナ様は視線を感じると言ってらっしゃいました」
「視線?」
「ええ、魔物から見られている感覚がする…と」
「ふむ……他の討伐に同行していた神父やシスターたちにも話しを聞かねばな」
「俺も同行します」
「いや、二人で行けば何かと目立つ、民衆に良からぬ不安は与えないことが優先だ。君の団員を何人か借りても良いか?」
「もちろんです。団員たち全員が今回の魔物を見ています、何か気付きがあれば良いのですが…」
「ああ…私の嫌な予感が的中しない事を祈りたい」
ジークフリート団長は、そう言い残し去って行く。
ユリナ様の言葉…今朝聞いたばかりの彼女の過去の事が頭を過る。
きっと、誰かに話すことも辛いであろう過去の話をしてくれた彼女の、今にも泣きだしそうな表情を思い出して、報告書を書く手が止まる。
少し息を吐き出して、再び報告書に向き合う。
これを書き終えたらノエル隊長の元に行き、ユリナ様の為に何か出来ることを探そうーーそう再び決意を新たにした。
♢♢
「ノエル隊長」
「ん?!ど、どうしたの?急に」
「すみません、何度もノックしたのですが返事が無かったものですから、失礼を承知で入らせていただきました」
ノエルは魔導部隊の本部で水晶玉を見つめながら、うんうんと頭を悩ませていた所に第二騎士団の団長であるブライアンが目の前に現れた。
「水晶玉に何かあったのですか?」
「う~ん、見たことも無い文字が記録されてるのを見つけてねぇ…」
「そうでしたか…ああ、それとノエル隊長」
「うん?」
ブライアンは以前からユリナが気にしていた【城の庭園に咲く花から神聖な力を感じる】という言葉をノエルに伝える。
その言葉を聞いたノエルは、椅子から立ち上がりブライアン見ながら『そうだ!ユリナ様!』と声上げた為、ブライアンは突然のことに首を傾げた。
「どうされました?」
「水晶玉の文字、ユリナ様の世界の文字だったらユリナ様なら読めるはずよね!?」
「えぇ、恐らくは…?」
「あぁっ、ごめん!それで庭園の花がどうかしたの?」
ブライアンはもう一度、ユリナから聞いていた庭園の花の事をノエルに丁寧に説明していく。
その話を聞いたノエルは『確か、ユリナ様の自室周りの庭園は、次の聖女様が召喚されるまでは手を付けるなって言われてたから…今なら申請したら研究できるかも!!ありがとうブライアン!!さっそく行ってくるよー!あっ!あと、この水晶玉、ユリナに渡しておいて!』そう言い残して、ブライアンの前から駆け足で去って行った。
「凄まじい勢いだったな…」
取り残されたブライアンは、そう呟いたあとノエルに託された水晶玉をユリナに届けるべく、歩き出した。




