第24話【王子の帰還】
城下町の散策を終えてから数日が経ち——今日は午前中から、王子帰還のパレードが執り行われていた。
その様子をひっそりと城内のユリナのために用意されていた部屋ではなく、いつもとは違う別室の窓際で、ユリナはリュードと共にパレードを見物している。
「ねぇ、リュード」
「ユリナ様、それ以上言わないでくれ…」
「まだ何も言っていないけれど…」
「この間城下町で会った知り合いは王子だったの?って聞きたいんだろ?何となく分かるぜ」
——ほんの数日前、リュードと共に城下町を散策中にフードを被った気品漂う男性とユリナはぶつかってしまい、どうやらその男性がリュードの知り合いだと聞かされていたのだが…どうにもユリナの目には、ぶつかってしまった人物と、今現在帰還パレードの中心で颯爽と歩いている王子は同一人物のように思えた。
「お城に帰る途中ずっと悩ましげだったのは、こういう事情だったんだね」
「気付いてたのかよ、ユリナ様…。いや、てか、街中で言えるわけないだろ!?」
街中で真実を話しても良かったのだとリュードは話すが、それと同時にあの時に王子が居たのだとバレてしまえば国中が大騒ぎになる未来は明白だった為、誰にも打ち明ける事は無かったのだと説明していた。
『そろそろ、殿下が城に到着する頃だ』とリュードが言った数秒後、部屋のノックがされブライアンが姿を現す。
「お迎えに上がりました、ユリナ様」
「はい…!すぐに!」
王子との正式な初対面の場——堅苦しい形式は王子も好まないらしく、国の中枢を担う大臣などは同席しないと聞き及んではいるが、ユリナは少し緊張していた。
「緊張するだろうけど頑張れよ、ユリナ様」
「うん、ありがとう」
「…どうぞ、こちらへ」
自然な仕草で差し出されたブライアンの手に、自らの手を乗せたユリナはゆっくりと歩き出した。
♢♢
——ブライアンとこうやって歩くのも、数日ぶりかも…と思いながらユリナは城内の廊下をブライアンと共に歩いていた。
「ユリナ様の隣を歩くのも、久しぶりのような気がします」
「…!そうだね。式典の準備で会う機会も少なかったから」
聖女専属の護衛騎士に任命されているとはいえ、第二騎士団の団長を務めるブライアンも例外はなく、王子帰還のための式典準備でここ数日間は手が離せずにいたのだ。
「パレードでの進行の確認などがあった為、中々お会いできませんでしたね」
「…つい忘れがちだけれど、ブライアンは団長さんだものね。国を上げての催事なら会う回数が減ってしまうのは当然だよ」
さみしかった、と。
そう言ってしまいそうだった自分自身にユリナは驚いていた。
この気持ちは…違う、ブライアンを好きになってはダメなのだと思いながら、呼吸をした。
私では不釣り合いだ——『私はただ、ブライアンを瘴気から助けただけの異世界から来た一般人なのだから』と、溢れそうな想いに蓋をしながら歩く。
ブライアンは、眉を下げながら笑っているユリナの表情を見つめたあと『当然……。ええ、そうですね』と自らが改めて、聖女専属の護衛である前に国を護る騎士の立場だという事を実感し、頷く他なかった。
——王子が待つ部屋へと入ると、一番最初に視界に入ったのは綺麗な柔らかい金色の髪、そして翡翠の瞳。
間違いなく、ユリナが城下町でぶつかってしまった人物と特徴が一致していた。
ユリナはブライアンに導かれるまま『失礼します』と言葉を発して、ソファに腰を下ろす。
「御足労頂き、ありがとうございます」
「いいえ…!そんな!お会い出来て光栄です、王太子殿下」
王子に綺麗な笑顔で微笑まれ、ユリナは少し緊張しながらも挨拶を返した。
ユリナは『本当に、私の周りにいる方々は容姿端麗な人が多いなぁ…』などと内心で思いながら、王子の端正な顔立ちを見る。
「私はサイフィンス王国第一王子、ネフィル・サイフィンスです。以後お見知りおきを」
「私は異世界から召喚されてこちらに来ました、聖女のユリナです。よろしくお願い致します」
「父と母からの手紙で存じ上げておりました。…実は明日、ノエルからエルフの森へ赴くための説明があるそうですから、ユリナ殿も同席をお願いします」
ネフィルからのお願いに『もちろんです!』とユリナは頷きながら、紅茶を優雅に飲むネフィルを一瞬だけ見て目を逸らす。
ただでさえ、辿り着く事が困難なエルフの森の最奥には一体何があるのだろうか?という疑問を抱きながら、ネフィルに倣うように、ユリナもまだ湯気の立つ紅茶を口に含んだ。
「ところで…ユリナ殿がこちらに来てから、もう二ヶ月程が経つそうですね」
「はい、確かそれぐらいだと思います」
ユリナがいた元の世界とは違い、年中温暖な気候のサイフィンス王国には四季が無く、ユリナの体感的には季節が変わった実感はあまりなかった。
世界の地理的に季節の大まかな括りでいえば、北は冬、西は夏、東は秋で、世界の中央国だと言われているが、やや南の方に位置しているサイフィンス王国は春、と言った所だろうな…と以前、地理の授業で学んだ事をユリナは思い出していた。
「…あまり気持ちの良い話ではないのだけれど、貴女はこの世界において貴重な聖女という立場だ」
嫌な予感がして、思わずユリナはカップをソーサーの上に置く。
「エルフの森での問題が一段落すれば……あるいはする前に、貴族としての立場を確立したい連中が、貴女へ縁談を申し込むかもしれない」
ネフィルが少し言葉遣いの荒い『連中』という言葉を使った事に対しで驚きながらも、何となく察していた内容にユリナは深くため息を吐いた。
——そもそも、聖女のお披露目会があった時点で何となくだが分かっているつもりだったが、いざこんな風に言われてみると嫌な気分にはなるんだな…と私は思いながら、ネフィル殿下を見据える。
「ハーランド陛下が私を守るために、動いて下さっているのは理解しています。でも、それで陛下の立場が悪くなるのは…嫌、ですね」
わざわざこうやって私とブライアン、ネフィル殿下しかいない空間で話してくれたという事は、かなり貴族たちからの聖女へ降り掛かる負担を減らしてくれているのだろう事は明白だった。
「!…父を心配して頂けるとは感謝いたします」
そのあとに続いたネフィルの言葉は——それでユリナ殿に提案なのだが…こちらとしては、もうすでにユリナ殿には婚約者がいることにしてはどうか?と提案が上がっているんだ。
というものでユリナは驚きを隠せず、ブライアンは今まで変わらなかった表情が少し険しいものになっていく。
「ブライアン団長、顔が怖いよ」
「わざわざ私もいる場で仰っている殿下も如何なものかと思います」
ネフィルが揶揄うような表情で笑みを浮かべ、ブライアンもその言葉に答える様子に『もしかしてこの二人仲良いのかな?』と思いながら、ユリナは二人の会話を静かに聞いていた。
「正直に言うと候補の人物がいる」
そんなネフィルの言葉に『候補の人物、ですか?』とユリナは不安気な顔を見せる。
「不安な顔はなさらないでください。あくまで候補、まだ決定ではありませんから」
「それで、その候補の方というのは…?」
ユリナが疑問を投げかければ、ネフィルは一度頷いたあとブライアンを見てから再びユリナを見て口を開く。
一人目の候補は神官であるリュード。
立場的にも申し分なく、プライドの高い貴族たちを黙らせるには一時的とはいえ良い相手ではないか、というのがネフィルの見解だ。
二人の候補は騎士であるブライアン。
ずっと断り続けている爵位を持つ事を了承すれば、リュードと同じく、貴族たちを黙らせるには十分な身分だろう。
というのがネフィルが話してくれたものだった。
「最終手段は——まぁ、私だね」
「えっ…!?ね、ネフィル殿下が?」
第一王子と聞き及んでいた為、幼き頃からの許嫁が居るのだと勝手に想像していたユリナは驚きのあまり咄嗟に少し大きな声が出てしまっていた。
「…殿下」
「ふふ。冗談だよ、私の名前を出すのはあくまで最終手段だ。それに書類にサインをするような事も無い、本当に貴族連中に知らせて黙らせる為の表面的なものだから、決断はユリナ殿にお任せするよ」
更に声を低くして言葉を発したブライアンを気にしながらも、優雅に受け流すネフィルを少し見つめた後に、ユリナは思案する。
ネフィル殿下やハーランド陛下からすれば、リュードとブライアンのどちらを選んでも、貴族の人たちがいくら権力を振り翳そうとも盤石な準備があると言ってくれているようなものだ。
けれど、選ぶだなんて…とユリナは困惑しながら、近くに佇んでいるブライアンを見上げれば、目が合う。
「……ユリナ様、俺を選んでください」
「…へぇ、いつからそんな、熱烈に迫れるようになったんだい?」
驚いたように瞬きを数回すると口元に手を当て、小さく笑みを零しながら揶揄うような声音でネフィルはブライアンに向かって言葉を投げかけていた。
ブライアンは小さく息を吐き、ユリナと目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
「ブライアンはその…仮に、だとしても後悔したりしない…?」
「するはずがありません」
あまりにも早い返しにユリナは呆気に取られたが、ネフィルはブライアンがそう返す事をまるで知っていたかのように柔らかい笑みを浮かべたまま、二人を見つめていた。
「それでは、二人は合意の上で一時的な婚約をする。という事でよろしいだろうか?」
ネフィルの言葉に、ユリナがもう一度ブライアンを見つめ、それに答えるようにブライアンは頷く。
それを確認したユリナは『はい』とネフィルを真っ直ぐに見据えて答えた。
「承知した、父に今すぐ確認を取るよ。ブライアンもユリナ殿を部屋に送ったあと、私と共に来て欲しい」
「はっ、仰せのままに」
「ユリナ殿、今日は話せて良かった。明日もよろしくお願いします」
そう言葉を残してネフィルはユリナたちよりも先に部屋を退出し、部屋にはブライアンとユリナの二人だけが残された。
「自室へ送らせて頂きます」
「は、はい!よろしくお願いします」
この二ヶ月ですっかりブライアンから手を差し出されると、素直にその手に自らの手を乗せるのが自然な動作になってしまったユリナはこの瞬間、妙に意識をしてしまい自室に戻るまでの間、恥ずかしさが込み上げて頬が少し赤く染っていた。




