0:23 死より怖い事
12月中に投稿したつもりだったのですが、読み返してみたらなかったので急遽投稿しました。
更新は一か月ごとになると思います。
ユーグが目指すのは、超短期決戦だ。
実力差が明らかな相手に長期の戦闘は、時間が経つほど地力の差が顕著になり、また、クレアが施した身体強化の精霊術も解けてしまうため避けなければいけない。
この事をユーグは経験から悟っていた。
ユーグは、距離を詰めながら剣撃を加えていき、ヘルハウンドの必殺の攻撃を時には回避し、また、受け流しながらカウンターを加えている。それにより、ヘルハウンドの体のあちらこちらから魔獣特有の黒く赤い血がそこから流れ出ている。
しかし、これは普通ではありえない光景なのだ。格上相手に一歩も引かず善戦を繰り広げられるなど現実としてありえないからである。
実際に、剣撃を繰り出しているユーグや後方で援護をしているクレアもその事に驚愕していた。
(どうして、自分は未だに反撃を受けてないんだ⁉︎ それに、なんだかヘルハウンドの動きが遅く感じるぞ。そうか! これはクレアさんのクイック・ステットアップが効いているお陰か。なら、効果がきれる前に)
そんなヘルハウンドにユーグが更なる追撃を仕掛けようとした瞬間
「グォォォォォォオオオオ」
ヘルハウンドが爆風を伴う咆哮を上げた。
それは、クレア共々後方に軽々と吹き飛し、地面に叩きつけた。
「うぉぉあああああ」
「きゃぁぁああああ」
その余りにも強い衝撃に、肺の空気が絞り出され、息が詰まった。そして、その状態のユーグをヘルハウンドが放っておくわけもなく、押し潰さんと前足でユーグ踏みつけた。
その余りにも強い圧力に肋骨がメキメキと悲鳴を上げた。
「ぐぅっ⋯⋯ぉぉぉおおぁ」
ユーグは激痛に喚き、活路を開くため無我夢中で自由な右手で握った剣を横に一閃した。
すると、運良くヘルハウンドの両目に命中し、その視界を奪った。ヘルハウンドは焼きつく様な痛みに身をよじりながら、後退した。
「ユーグさんっ、⋯⋯大丈夫ですか!?」
その隙に、傷ついたユーグに駆け寄ったクレアは、その姿を見ると思わず目を見張り、息を止めた。そのぐらいに、ユーグの状態はひどかった。防具はすでにその原型を留めておらず、ボロボロであり、至る所に深い裂傷や打撲の痕が目立っていた。この傷で生きているのが不思議なぐらいだった。
「しっかりしてっ⋯⋯肩を貸してください!」
「すみません⋯⋯クレアさん⋯⋯」
そして、セリナが隠れていた茂みへとユーグを運んだ。芝生の上に横たわせるとすでにユーグの意識はなかった。
「ユーグ兄っ、しっかりして。目を開けてよユーグにぃっ」
「落ち着いてセリナちゃん。ユーグさんは気を失っただけよ。でもこのままでは大量出血でいずれ死んでしまう」
「落ち着いてられるわけないじぁない、ユーグ兄がこんな状態なのに!逆にどうしてクレアさんは落ち着いてられるのっ」
「本当に助けたいなら冷静にならなきゃだめだからよ」
「⋯⋯っ。でも、でもぉぉ」
「それにユーグさんを治療する方法はあります」
「ほ、本当に!?」
「えぇ、だけどセリナちゃん、今からする事はセリナちゃんだけの秘密にするって約束してくれる?」
「うん、わかった。誰にもこの事は言わない」
その言葉とセリナの表情から彼女を信頼する事にしたクレアは、一瞬逡巡した後、ユーグに手を向け詠唱した。
「⋯⋯光の精霊よ、その優しき慈愛の光を持って、傷つき倒れる戦士を癒し給え【グレイト・ヒーリング】」
「えっ! これって第5位階級の回復術じぁ!?」
クレアが紡ぎだした聖句に反応するかの様にクレアの手から流れ出た淡く暖かな光が、ユーグの体を優しく包み込みその傷を癒しっていった。
ユーグを覆う光が治ると、そこには多少の小さな傷はあったが出血していた部分の傷が塞がっていた。
しばらくすると、ユーグが目を覚ました。
彼は、呻きながら起き上がり、辺りを見渡した。
「ぐっ、うぅ⋯⋯そこにいるのは、セリナ⋯⋯か? どうして⋯⋯こんなとこにいるんだ。危ないから離れて隠れていろと言っただろっ」
「ユーグにぃが⋯⋯グス⋯⋯ここまで⋯⋯ヒッグ⋯⋯飛ばされ来たんだよ。それで、ひどい怪我を負ってたからここに運んできたんだよ! でも目を覚まして良かった。本当に良かったよぉぉ」
「そうか、すまん心配かけたな。クレアさんもすみませんでした」
「いえ、大丈夫です! 傷が塞がって良かったです」
「これは、クレアさんが治療してくれたんですか?⋯⋯でも、そんな跡は無いし⋯⋯」
「ユーグさんを信じてお話しします。⋯⋯実は私、回復術が使えるんです」
「ほ、本当ですか!?」
「はい、第五位階級まで扱えます」
「!!」
ユーグは驚きを隠せなかった。
回復術は、患者の自己治癒力に頼る薬草とは違い、副作用も無く、どんな傷や病も治してしまうーー高位の回復術に限るがーー事が出来る。その反面、回復術の使い手が少ないという欠点もあり、さらにそれに拍車をかけるのが神教國による術者の囲い込みだ。表向きは、治療が必要な者に術者を迅速に派遣し回復術を使用する為と言っているが、実際は、貴族や金持ち相手にしか派遣していない。
「確かにそれはおいそれと口外出来ませんね。分かりました、この事は内密にします」
「はい、ありがとうございます」
「いえ、当たり前の事ですし、お礼をするのは私の方です。改めて、傷を癒していただきありがとうございました!」
「それこそ、当たり前の事ですよ! 」
「そう言っていただけると幸いです⋯⋯はっ、そうだった。 奴は今どうですか!?」
「あの魔獣ならーー」
クレアの言葉を掻き消すかのようにバキバキと木々の悲鳴が辺り一面に鳴り響いた。
「いえ、見てもらった方が早いですね。 ユーグさん立てますか?」
「えっ、えぇ。⋯⋯っと、なんだ身体に力が入らない!!」
起き上ろうとするユーグの意思に反して体は動かず、鉛の様に重かった。
「あっ、ごめんなさい。私の今の使える最高位の回復術では、体力までは回復出来ませんでした」
「そうでしたか。いえ、傷を治していたいただけでもありがたいです」
そう言うとユーグは力を振り絞りなんとか立ち上がると、茂みからヘルハウンドの状態を見た。
彼の視界には、周りの木々を爪や足で薙ぎ倒している姿が映った。ユーグにやられた事に激怒して見えない目ながらも殺そうとしていた。
しばらく、辺りに破壊を撒き散らしていたが一向に見つからず殺せないユーグ達に業を煮やし、四肢を地につけ、その顎門に獄炎を貯め始めた。
「まずい!! 奴は、あの火炎流でここ一帯を焼き払うつもりです」
「どうしましょう!? 今から遠くに逃げますか?」
「炎が溜まる前にに逃げきるのは無理です。あれは、かなり遠距離まで届きます。やはり戦って倒すしかないようです」
「何か、弱点はないんですか?」
「あるにはありますが⋯⋯クレアさんは、これまでで魔獣を倒した事はありますか?」
「いえ、直接は倒した事がありません。旅路で襲って来た魔獣は全て父が倒していたので」
「そうですか⋯⋯クレアさん、魔獣は魔物の中で唯一"コア"と呼ばれる器官を備えています。これは、魔物の力の源である魔力を蓄えておく場所です」
「魔力って、私達でいう霊力のことですよね」
「えぇ、そうです。奴らは、この魔力を使って火を吹いたり、空を高速で飛んだりしています。 それ以外にも生命活動や身体のあらゆる機能を補助しているようです」
「では、その"コア"を破壊すれば⋯⋯」
「そうです。奴を止められます。⋯⋯しかし問題があるのです」
「今の説明を聞く限りでは何もないと思うのですが⋯⋯ どのような問題なのですか?」
「実は、そのコアを守る障壁があるのです。我々は、この障壁を魔力障壁と読んでいますが、これが生半可な攻撃では突破できないのです。しかもこれは、大型の魔獣になるに連れ、肥大化し、魔力障壁の強度も上がるのです」
「それでは、あんな大きい魔獣なら⋯⋯」
「はい、かなりの強度になっていると思います。それに私が、全力の一撃を打ち込んでもあの分厚い皮膚では大半の威力が落ちてしまいその”コア”に届きません」
「えっ!? でも、あの様子じゃあ、かなりのダメージを与えられていると思うんですけど」
クレアがそう言うのは、おびただしい数の傷を受け、そこからどす黒い赤い血を垂れ流しているからである。
しかし、その言葉にユーグは首を横に振った。
「いえ、それは表面的な傷です。実際はそれほどダメージを与えられてないと思います」
「そんな⋯⋯」
「しかし一つだけ"コア"を破壊する方法があります」
「それはどんな方法ですか!?」
「それは奴の顎門から攻撃です。あそこが一番防御が手薄です」
「それは、確かに分かりますけど⋯⋯どうやって攻撃すれば⋯⋯? そんな隙を見せるとは思えないんですけど⋯⋯」
「⋯⋯クレアさん、ヘルハウンドは火炎流を放つと数秒間だけ硬直します。それが最後の勝機です。問題はそれをどう耐えるかなんですが⋯⋯クレアさん、先程の光の盾であの炎を防げませんか?」
「ごめんなさい、あの光の盾は、物理的な攻撃にしか効果がないんです。少しだけなら炎も防げますけど、あの炎の前では焼け石に水だと思います」
「ど、どうして」
「ん? どうしたのセリナちゃん」
「どうしてっ、クレアさんはそんなに落ち着いてられるの⁉︎ 私は、こんなにも怖くて震えているのにどうして‼︎」
「セリナ⋯⋯」
その言葉にクレアは、しゃがみ、恐怖により体を震わせるセリナと目を合わした。
交差するその瞳には、絶望と希望が相反して輝いていた。
「それはね、セリナちゃん。自分が死んでしまうことより怖い事があるからよ」
「そんな事あるわけないよ!?」
「うんん、あるのよ。⋯⋯それはね、大切な人が自分のせいで死んでしまう事よ。私も昔に、大切な人が私のせいで亡くなってしまった事があったの」
(そう、だから私は誓った。もし誰かが困難に立ち向かうのなら私も共に行こうって)
そう呟くクレアの表情は哀しみに満ち溢れていた。
「大切な人⋯⋯?」
「えぇ、その時は、毎日が楽しかったし、世界が輝いて見えていた。⋯⋯でもね、彼を失ってから気付いたのよ。私がそうあれたのは彼がいてくれたからだって。⋯⋯セリナちゃんもそうでしょう?」
「私も⋯⋯?」
「ユーグさんが死んでしまったら、そして何より自分の手が届く所で死んでしまったら、どう?」
「それは⋯⋯いやっ、絶対にいや」
セリナはそれを考えるだけで胸が張り裂けそうだった。
「だから今、私たちができる事をしましょう」
その言葉にセリナは頷くと、涙を拭い、立ち上がった。その瞳には力強さが宿っていた。
「ねぇ、ユーグ兄、あの炎を耐えれればいいの?」
「ああ、そうだ」
「なら、ちょっと待ってて」
そう言って散らばっていた荷物をかき集め、ユーグの所に持ってきた。
それは、薬師見習いが使う簡易的な薬剤の精製キッドだった。
「私も、少しだけ薬草を採っていたの。その中にこれがあったのを思い出して」
「これは、サイジリアか!?」
「ユーグさん、サイジリアって何ですか?」
「サイジリアは、調合すると炎に対する耐性を得られる薬草です」
「でしたら、これで⋯⋯」
「いえ、これだけでは効果が弱いです。たぶん服用してもあの炎には耐えられないでしょう」
「でも、ユーグ兄 あれを合わしたらどうかな?」
セリナが指し示すのは、大樹に実っていた緑色のセルナートの実だった。
サイジリアはセルナートの実と合わせる事によってその効果が大幅に増加する特性を持つ
その効果は、ユーグはもちろんサーラに薬学の事を少し教えてもらっていたクレアも知っている。
「そうか! 偉いぞよく気づいたな」
「確かにそれなら、行けるかもしれないですね」
二人の褒め言葉に、思わず頬が緩むセリナ
「じゃあ、早速調合を頼む」
「うん、任せて!」
炎耐性の薬は、落ちているセルナートを解体し、薬に必要な部分を抽出。それにサイジリアを含む数種類の薬草と素材を加えていく。次に慎重にそれらを掻き混ぜる。そういった数種類の工程を経て完成する
セリナが調合している間、ユーグ達は周囲の警戒にあたった。




