0:18 一流と三流の差異
サーラが語っていた昔話は大詰めを迎え、そろそろ終わろうとしていた。
「それで、私が『どうして弱いフリをしているの?』って聞いたら『俺は強くないから、相手を油断させて、奇襲なり、騙し討ちなりしなければ勝てないからだよ。まぁ卑怯な手段で褒められたやり方じぁないと思うけど、これしかお前を守る方法が俺には無いからな』って返したの。そしてね、続いて言われた言葉が貴方に言いたい事なの」
「それで、その言葉とは?」
とサーラに問いかけるユーグ。
サーラが答えようと口を開きかけると、奥の方からドタバタする音が聞こえ、それと同時に少女の叱り声が廊下に響いた。
「こら〜、待ちなさい。まだ、ちゃんと体を拭いてないでしょ!」
そう言って廊下の奥の部屋から出てくるのは、それまで泥遊びをしていて、お風呂に入っていた子供達と、大きいタオルを両手で持ち、子供達を、追いかける様に走るセリナだった。
すると、玄関で、突然の出来事に呆然と立ち尽くしていたユーグの元へ子供達が次々と集まってきた。その内の一人の子供がユーグが腰に携えている剣に興味を持ち、触らせてとねだってきた。
「ダメだって、危ないから。……そんな目で見つめられても……」
その言葉に目に涙を溜めて、泣きそうになり始める子供達。その様子に慌てて。
「わ、わかった。触らせてあげれないけど、見せる事なら出来るから、それでいい?」
すると、嬉しそうに頷き、差し出せれた初めて間近で見る剣に、子供たちは、目をキラキラと輝かせて、見入るように見つめていた。
「わぁ~、かっこいい。銀色に輝いてる~」
「僕にも見せてよ~」
「待って、僕が先だぞ!」
すると、後方の玄関のドアが開く音が聞こえた。ユーグが、振り返ると、見知らぬ男が立っていた。ユーグが不審者かと思い、声を掛けようとした次の瞬間、男の姿がブレる様に揺らぎ、ユーグの眼前へと移動していた。
その不審者の左手は、ユーグが子供達に剣を見せようと伸ばした右手を掴んでいた。そして、反対側の手でユーグの胸ぐらを掴むと身体を捻るようにして男が入って来た玄関に向けて一気に投げ飛ばした。
開きぱなしのドアから勢いよく飛びだしたジニーは、投げられて数秒たってから自分が投げられたのだと気付いた。
それほど、呼吸をするよう自然にユーグの間合いに入り、投げ飛ばしたのだ。
地面に激突する瞬間、咄嗟に受け身を取りダメージを軽減した。
頭上から襲いかかって来た殺気にハッと気が付き横に逸れることで回避する。今度は、直ぐに、剣を正中線に沿って構え、横からの斬撃を防いだ。後方に突き抜ける衝撃をなんとか耐え、鍔迫り合いの中、その不審者もとい襲撃者を見やる。
その襲撃者は、その風貌から男という事が分かり、年はサーラと同じぐらいだろうか。
(くっ、強い。アボット隊長と同等、いや、それ以上の実力か⋯っ)
剣戟によって発生する、金属が打ちつけあう音が辺りに響きあう中、ユーグはそう感じていた。
男の剣筋は変幻自在に動き、一合先をも読む事が出来ない。
ついに、ユーグの剣が男の振り上げた剣によって手を離れ、宙を舞い、遠く離れた場所に突き刺さった。そして、ユーグの喉元には、男の剣先があり、少しでもユーグが動けばそくざにその首を刎ねるだろうという事が容易に想像できた。
「恨むなら愚かな真似をした自分を恨みな!……じぁあな」
「ユーグーー」
クレアが叫んだ名前に、男の振り下ろされた剣がユーグの目前で制止した。
「ユーグ? どこかで聞いた事がーーあだ、何すんだサーラ⁉︎」
「何してんのって言いたいのはこっちの方よ」
そういうと、男をどかして倒れ込んでいるユーグを引っ張り起こした。
「おい、危ねぇぞ! そいつは子供達に刃を向けてた奴だぞ」
「ハァーー、ちょっとそこに立ってて。……大丈夫? 怪我はない? ごめんね、ユーグ。あの人の事は、後で説明するから今はお風呂に入って来てくれない。護衛はあの人がいれば大丈夫だから」
深いため息を吐きながら、男にその場にいるよう言うと、ユーグに向けてそう提案したのだった。
ユーグは、手を合わせ申し訳なさそうに言うサーラに言い返せず、また、自身から見ても今の自分の姿はだいぶ汚れていると思ったので風呂に入ることにした。
「クレアちゃんも、お風呂に入ってきて。セリナ、案内してちょうだい。……さてと、貴方はちょっとこっちに来なさい」
そう言って男の耳を引っ張っていくサーラ。それを、ただただ見送るしか出来ないユーグとクレアであった。
風呂から互いに上がったユーグとクレアはサーラが用意した替えの服にそれぞれ着替え、サーラが待つ食堂へと向かう。
すると食堂には、時間が遅いためか子供達は一人も居なく、食堂の一角に男女が同じ側に座り、女性が男性に対して説教をしていた。
言うまでもなく、サーラと襲撃者だった。
その二人にユーグとクレアは近づいてった。
「ーーだから、どうして、貴方は子供達が絡むと短絡的になるの⁉︎ いつもは冷静沈着じぁない」
「それはだなーー」
とそれまで言い合っていた二人は、ユーグ達に気が付くと話しを辞め、話しかけてきた。
「クレアちゃん、どうだったお風呂は?」
「はい、ちょうど良い湯加減で気持ち良かったです」
「ごめんね、ウチの人が怖い思いさせちゃて。……ほら、貴方も二人に謝りなさい」
「すまんかった。許してくれ、この通り」
そう言って手を合わせて頭を下げる襲撃者。
ユーグは襲ってきた理由を尋ねると
「あぁ、それはな、子供達を襲ってると思ったからよ」
男が言うには、扉を開けたらユーグが子供の首筋に剣を当てている様に見えたとの事だった。
サーラにお願いされ、襲撃者の方も反省し、必死に謝ってくるので、ユーグは、完全に許したわけでは無いが、その謝罪を受け入れた。
「それでは、紹介するわね。まぁ、あなた達も気付いてると思うけど……この人が、さっき話に出て来たジニーよ。それで、ジニー。こっちの女の子がクレアちゃん、そして、こっちの男の子がユーグよ。昔、一度だけ会った事があったでしょ」
その言葉を聞くと、ユーグの顔をまじまじと見て思い出したかの様に頷いた。
「あ〜あ、あの時の坊主か! いや〜大きくなったな。全然わからなかったぜ。……ところでよ、サーラ、さっきの話しってなんだ?」
「貴方と初めて会った時の話よ。それで、貴方に教えてあげて欲しいの、この子に、護衛とはなんなのかを」
「護衛!? ユーグ坊、お前、護衛の仕事をしているのか?」
「はい、こちらにおられますクレア様の護衛をしています」
すると、その堅苦しい返事を聞いたジニーは、ユーグには聞こえない様に、サーラに小声で問いかけた。
「おい、サーラ。 ユーグ坊の奴、いつもこんな風な感じなのか?」
「ええ、仕事の時は、いつもこんな感じで人と接しているわ、もちろん私にもね。⋯⋯特に、今回の様な任務だとそれが顕著になるの。いつも気を張っていて、接しているこっちも緊張しちゃうわ」
そのサーラの答えに、マジかと呟き、ユーグに向き直り、質問を投げかけた。
「なぁ、ユーグ坊、 一流の奴がする護衛と三流がする護衛の違いってなんだと思う?」
ユーグは、いきなり質問をしてきたジニーに驚くも、直に答えを返した。
「やはり、強さではないでしょうか? 例えどんな強敵や苦難が訪れようとも相手を護る為に」
「そうだな、確かに強さというのは、常に危険と隣り合わせの用心棒には必須だな。だが、それでは、力ある者全てが一流となってしまうだろ?」
しばらく、額に手を当て、黙考するユーグ。しかし、ユーグは首を横に振り、答えた
「……分かりません」
「そうか……なら、教えてやる。いいか、一流と三流の差異はな、護衛する対象を含めて周囲に、護衛している事を悟られない事だ」
そのジニーの答えに頭に疑問符を浮かべているのは、ユーグとそれを隣で聞いていたクレアだった。
「分からねぇか、……例えばな、え~と、そっちの嬢ちゃんはクレアって言ったけか?」
「はい、そうです」
「よし、じぁあ、クレア嬢ちゃんにどっちの用心棒が良いか選んでもらうかな。一人は、自分やその相手の周りを絶え間無く警戒して、余裕の無い奴。もう一人は、余裕が見受けられて、気軽に話し掛けやすく、まるで警戒していないかの様に見えて、実は密かにしている奴」
「それは……」
とクレアはユーグの方を見ながら言い澱み、意を決したかの様に
「後者の方が私としては良いと思います」
「そう! 圧倒的に、後者の方が依頼人に安心感を与え、疲れさせない事が出来る。おまけに、そういう隙をわざと見せる事で敵をおびき出せるという利点もあるしな。まぁ、宮廷の近衛隊みたく、わざと、周囲に護衛している事を示して、それを抑止力としている事もあるがな、……それにな、経験則から分かるんだが、人間、常に気を張っているとな、それに疲れて、いざというときに力が発揮できねぇて事が往々にしてあるんだよ」
「分かった、ユーグ? これが貴方に言いたかった事よ。もうちょっと人に柔らかく接しなさい」
とジニーの隣でそれを聴いていたサーラは、真向かいに座るユーグに向けて言い聞かせる様に言った。
「分かりました⋯⋯。つまり、肩の力を抜いてクレア様の護衛に当たりなさいという事ですね」
「だ・か・ら、それが堅いっていってるでしょ。休日に、私達と話す時みたいでいいの。それと、クレアちゃんの事を”クレア様”と呼ぶのはやめなさい。せめて、”クレアさん”にしなさいよ」
「だ、だけど、それはさすがに⋯⋯」
「クレアちゃんも堅苦しい言い方より普通に話してくれた方がいいわよね」
「は、はい。わたしももっとユーグさんには気軽に話して欲しいです」
それでも、名前を気安く呼ぶことを渋るユーグ。しかしユーグも、
「依頼人の要望を叶えるのも護衛の仕事だぞ」
というジニーの言葉に遂に、折れ、こうして、クレアに接する時のユーグの堅苦しい態度は少しづつ軟化していったのであった。




