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ーーーー 猫と肉 ーーーー


「面倒臭ぇ……」


 勢い良く啖呵を切ったものの、俺は楽なシナリオが潰れた事に、心底落胆していた。

 いっその事、後のことは女王に丸投げして、ハイウェルの暗殺だけ片付けてくれば良かったかな……なんて、たらればが浮かんでは、それが無意味だと悟る。


「ご主人は賢ぶっとるだけで、中身は女王と同じ脳筋やからにゃぁ。似合わん詐欺師みたいな真似しようとするから、そうなるにゃ」


 と、ベットでゴロゴロと怠惰に過ごしていた俺の上に、スラリとした小柄な少女がいきなり覆い被さって来た。


「うおっ!? おまっ、勝手に部屋に入るなって言ってるだろ!?」


 少女は俺を見下ろしながら、年に似合わぬ艶然とした微笑みを浮かべ、甘い声を漏らす。


「イラついとるなら、ウチで発散してもええんやで?」


 少女はシャツの胸元を指でずらし、華奢な割にしっかりと女性らしい膨らみが主張する谷間を見せつける。そして焦らすように、長いブルーグレーの髪で俺の鎖骨をくすぐった。……が、俺は死ぬほど冷めた目でその碧い瞳を見返し、「よっ」と彼女の両脇を抱えて持ち上げながら体を起こす。


「うにゃっ!?」

「耳年増のメスガキ処女が、何粋がってるんだか。それに、俺はお前と主従になった覚えなんて無いぞ。俺たちは同じあの人の犬。“同僚”だ」

「コットは犬やなくて猫にゃーっっ!!」


 フシャーッ!! と、髪の毛を逆立てながら威嚇するこのチビッ子の名は『コット』。

 つい一年ほど前に『北方半島』で出会ったのだが、何故かやたらと俺に懐き、積荷に潜り込んで王都まで着いて来てしまったのだ。

 以来、何だかんだで女王にも気に入られ、仕事仲間として今は付き合っている。


「はいはい。それで? お前がここに来たって事は、もうアイツらも到着してるのか?」

「この格好のまま真面目な話に入るにゃっ! さっさと下ろさんかい! んにゃっ!?」

「そんなこと言って、お前もこれが好きだろう? ほれほれ」


 俺はコットを抱き上げたまま、親指で彼女の脇をくすぐる。


「ふにゃっ、にゃぁっ……やめっ、ふぁっ、ふにゃぁ~っっ!?」


 頬を紅潮させ、天を仰ぎながら気持ち良さそうな声を上げるコットは、髪の隙間から飛び出た“猫耳”をビクッ! と痙攣させ、そのまま大人しくなった。


「ふぅ……ま、こんなもんか」


 俺はコットをベットに下ろし、一仕事終えたように額の汗を拭う。


「はぁっ、はぁっ……くぅっ…ま、またしてもご主人の超絶テクでトんでしまったにゃ……」

「卑猥な言い方するな。じゃれついて来た猫をあやしてやっただけだ」


 俺はそう言いながら引き出しを漁り、毛糸で編まれたベレー帽を取り出す。


「ほれ。適当に外で飯でも食べよう。腹減ってるだろ?」


 ベットに転がったまま何故か枕に顔を埋めているコットに、俺はベレー帽を放って渡した。


「くんかくんか……っ! 行く!! ウチ肉食べたい!!」


 紅潮した顔でガバッと起きたコットは、その拍子に宙を舞ったベレー帽を飛びつくようにしてキャッチし、すぐさま被って立ち上がる。


「現金な奴だな……」


 と苦笑しつつ、俺も上着を羽織り、軽く髪を整えて外に出る支度を終えた。


「まだそこまで遅くないが、寝てる客も居るから静かに出るぞ」

「ふふっ。どうせすぐこの街も騒がしゅうなるのに、今更そんな小さい事に気ぃ使うにゃ?」


 コットはどこか悪戯めいた微笑を浮かべ、上目遣いに俺の灰色の瞳を覗き込む。まるでその奥にある何もかもを、見通したいと言わんばかりに。


「だからこそさ。今だけは、せいぜい平穏な時を噛み締めればいい。傲慢だろ?」


 言葉とは裏腹に、俺は少しも自嘲する気配を見せず、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべてそう答えた。

 ……すると、何故かコットは恍惚とした顔で身震いする。いや何だよその反応。ツッコめよ。本気で寒いセリフ吐いた奴みたいになるだろ。


「や、やっぱり食欲の前に性欲満たして行かへん? ちょっとだけ! 先っぽだけでええから!」

「部屋は汚すなよ。あと、語尾忘れてるぞ。じゃあな」


 俺はニベも無くそう言い残し、部屋の扉を閉めた。


「ちょ、冗談っ!? 冗談にゃっ! 置いてかんでよ~っ!?」

「静かにしろって言ってるだろ!」

「うにゃっ!?」


 部屋から飛び出して来たコットの頭をしばき、そのまま首根っこを掴んで引き摺るようにして裏口に続く階段を降りる。………懐かれて悪い気がしないばかりに、ちょっと甘やかし過ぎたか?



*+++*



「美味ぁ~っ!!」


 鹿肉の炭火焼きを齧ったコットは、口の中に溢れる肉汁に歓喜し、目を輝かせて黄色い声を上げた。

 この街に滞在中何度か訪れている肉料理の専門店。調理法はシンプルだが、それ故に素材の味が存分に楽しめる。 俺も気に入っているが、肉好きなコットなら尚更だろう。


「鹿ってパサパサして味せんにゃぁと思っとったけど、これ全然ちゃうにゃぁ!?」

「餌が良いんだろうな。気候が温暖で安定してるから餌になる植物の量も多いし、他の地方の鹿より断然脂が乗ってる」


 言いながら一口齧ると、肉汁の甘さに思わず俺も顔が緩む。


「確かに! ウチも王都でご飯食べるようになってから、おっぱいでかにゃったし!」


 そう言って、華奢な割に豊かに実った自身の果実を、コットはあろうことか両手で無造作に持ち上げて立派な谷間を見せつけた。


「ぶっ!? こんな所でアホな真似するな!」

「んにゃ? ……あ~にゃるほどぉ。何だかんだ言って、ご主人もウチの色香で発情しちゃったにゃ?」


 ニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべながら、これでもかとポヨポヨ胸を揺らすコットを、俺は問答無用でシバく。


「うにゃっ!? またブった!?」

「俺以外が発情するからやめろっつってんだよ!」

「んにゃ?」


 そこで初めてコットは自分に向けられる視線に気付いたようで、ぐるりと周囲を見渡す。

 肉料理の専門店と言うだけあって、兵士や肉体労働者らしいむくつけき男達が多く、テーブルの近くにいた者達は揃ってコットの無防備な振る舞いに鼻の下を伸ばしていた。


「ふむ。別にどうでもええにゃ。“自分より弱いオス”に興味にゃいし」

「おまっ、馬鹿!?」


 声を顰めるでもなく堂々とそう言い放ったコットの声は、狭い店内にしっかりと響いてしまう。俺は慌てて周囲に頭を下げようとした………が、時既に遅し。


「言ってくれるなぁ、嬢ちゃん? ここらじゃ見ない顔だが、可愛い面して随分生意気じゃねぇか?」

「ほら来たお約束が……」


 すぐ側のテーブルで豪快に飲んでいた大男がのそりと立ち上がって俺たちを見下ろし、ニヤニヤしながら声を掛けて来る。兜は脱いでいるが、腕や脚に鎧を身に付けている事から、恐らく兵士だろう。

 ………はぁ。どうして俺の周りの女は、空気を読むとか言葉を選ぶと言う常識を知らないのだろうか? いつもいつも尻拭いするこっちの身にもなってくれ……。


「ああっと、悪い。コイツは田舎育ちでな。まだまともな口の利き方も知らなくて……」

「もやし野郎に用はねぇよ」


 取りなそうと声をかけるも、ニベもなくそう吐き捨てられる。確かにこの大男からすれば、俺のように細身な男はもやしに見えることだろう。

 ……だがそんな事はどうでも良い。問題は今の一言で、この男は“悪い意味でコットの興味を引いてしまった”、と言う事だ。


「コット! 分かってるよな!? こんな所でっ」

「右と左、どっちがええ?」


 俺の制止の声を遮って、コットは寒気がするほど綺麗な笑顔を大男に向け、そう問いかけた。ああもうっ!?


「あ? 何だ? 変わった誘い文句だな?」

「おいアンタ! 早く逃げろ!」

「うるせぇな! 俺は嬢ちゃんと話してんだ! もやしは黙ってろ!」


 大男は全く自身の状況がわかっていないようで、コットの笑顔と、これ見よがしに組み替えたむっちりとした太ももに鼻の下を伸ばしていた。不味い不味い不味いっ!!


「じゃあ、うちが決めてええかにゃぁ?」

「お、おう、良いぜぇ? 何だか分かんねぇが、堪らねぇっ!」


 コットが幼さと妖艶さが混在した甘い声音で問うと、男は発情して身を震わせる。


「ちょ、止めっ」

「じゃあ右で」

「え……?」


 俺が止める間も無く、一気に氷点下まで温度を失ったコットの声音が響いたその直後、大男の身体がガクッと“右側に倒れ込んだ”。


「は……? ぁ、ぁあああああああああああああっ!!?? い、いでぇぇぇぇっ!? な、何でっ!? あ゛あ゛

あああああああああっっ!?」


 大男の右脚は、“膝から下だけ”が地面に直立していた。……それも間も無くして、パタリと虚しく倒れる。


 あまりに一瞬の出来事で、遅れてその事実と激痛に気付いた大男は、先ほどまでの威勢が嘘のように泣きじゃくりながら絶叫を上げていた。


「図体がデカいだけの虫ケラが、ウチのご主人様に舐めた口叩き腐りよって……。片脚で済んだだけ、有難いと思とけドカス」


 コットは奈落の底から出したような声音でそう吐き捨てると、いつの間にか組み変わっていた脚の先をクイッと振る。……すると、テーブルの下でカシュッと金属が擦れるような音が鳴った。


「おまっ!? こんな所で暗器なんか使うな!」

「ウチとご主人のデートを邪魔した虫ケラを掃除しただけにゃ」


 店が騒つき始め、奥から店主もこちらに駆け寄って来る。


「ああもうっ!? ご馳走様っ!!」

「うにゃっ!?」


 言いたい事は山ほどあったが、俺は取り敢えず代金を財布ごとテーブルに投げ捨て、馬鹿猫を脇に抱えて店から飛び出した。


今話もお読み頂き、ありがとうございます。

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