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ーーーー 飼い犬の咆哮 ーーーー


「……どうしても、協力しては頂けませんか? ハイウェル伯爵」


 ベルンの店を訪れた翌日。

 俺はこの街に来てから通い詰めている、領主の屋敷を訪れた。

 再三に渡り跳ね除けられて来た交渉を、俺は“『女王の使者』”として、根気強くこの辺境伯に試みている。


「何度も同じことを言わせるな。使者殿。そもそも、何の得があって『奴隷の解放と正規労働者としての雇用』などと言うふざけた法案を通そうと言うのだ?」


 この『カロリナ地方』の辺境伯である『ハイウェル伯爵』は、壮年の男性にしては引き締まった体でガタイが良く、眉間に深く皺を刻んで凄まれれば、それなりの迫力がある。

 ……もっとも、俺は彼よりも遥かに恐ろしい権力者によって、教育(という名の拷問)を数年に渡り受けていたので、この程度の威圧はそよ風程度にしか感じないが。


「こちらの書面にあります通り、現代に於いて奴隷として扱われている人種は、元々その特異な能力を見込まれ、別の大陸より傭兵としてこの『カルマ王国』に招かれた者達です。彼らの力なくして、我が国が大陸の統一を果たす事は叶わなかったでしょう。……ですが、現在は劣悪な環境による労働を強いられているが為に、その本来の能力を十全に発揮出来ておりません。人口も増え続け、国の生産性が問われる今の時代に、奴隷の潜在能力をドブに捨てるのは愚行に他ならないと、女王はお考えです」

「フンッ。何が愚行だ。王家とてその繁栄の為に散々奴隷を使い捨てて来ただろうに。自分達のことを棚に上げてよくもいけしゃあしゃあと……。そもそも、我が領地だけでどれほどの奴隷が居ると思っているのだ? 奴隷は商人から買いさえすれば、タダ同然で使い潰せるから意味がある。まともな給金をいきなり払えと言われても、そのような財源はどこにも無い」


 ハイウェルは辺境伯と言う防衛の要を担っている大貴族だけあって、女王の名にも恐れ慄かず、キッパリと拒絶の意思を口にする。……が、財源が無い、と言うのは“嘘”だ。


 確かに領地の奴隷全員にまともな給金を支払えば、財政を一時的に圧迫するのは避けられない。

 だが、このカロリナ地方は、安定した気候と肥沃な大地によって育まれた農産物で盛んに貿易を営んでおり、税収は勿論、ハイウェル伯爵自身が経営している貿易商の利益も相当な物だ。

 その証拠に、この応接間一つ取って見ても、一目で分かる一級の調度品がそこら中に飾られている。ここにある物だけで、街一つ分の民衆が一年以上食うに困らないほどの。


「奴隷に給金を支払えば、その分市場の消費も増え、結果的に税収も増します。それに奴隷の健康面、精神面が改善されれば、生産性は必然的に向上し、より長く、かつ安定して税収を伸ばす事が出来るかと。金の成る木がそこに生えていると言うのに、水を与えないのは如何な物でしょう?」


 俺はベルンの言い回しを模倣したような例え話を交えて、説得を試みる。

 予想通り、「金の成る木」と口にした辺りで、ハイウェル伯爵はピクりと片眉を上げた。

 その反応を見逃さず畳み掛けるように、王家ですらこき下ろす程プライドの高い彼を持ち上げる。


「それに、このカロリナ地方はハイウェル伯爵の御手腕で、非常に治安が安定しております。女王はその点を高く評価されており、私もここ一ヶ月ほど街に滞在させて頂きましたが、人々は皆善良で、他所者にも温かい。最初は戸惑いこそあるでしょうが、彼らであれば、時間はかかっても少しずつ奴隷との共存共栄を実現してくれるでしょう」

「随分と我が領地を満喫してくれたようで何より。貴殿の言う事にも、一定の理はあるだろう。私も相応の働きをしている者には、褒美を惜しまない主義だ」

「ではっ!」


 俺はハイウェル伯爵の予想以上に好意的な言葉に身を乗り出す。……が、喜ぶにはまだ早かった。


「だが、答えはやはり“否”だ」

「なっ!?」


 一度期待させられてから突き付けられた再度の拒絶に、言葉を失う。

 そんな俺の反応を愉しむように、ハイウェル伯爵は意地の悪い笑みを浮かべ、こう続けた。


「奴隷との共存共栄? ハッ! つまらぬ冗談も大概にしたまえ。国の守護者たるこのハイウェル家が、そのような恥知らずな真似を出来る訳が無かろう! 奴隷は道具だ。ただ使い、壊れたら捨てる。それだけのこと。第一、王家がそのような夢物語を唱えるなら、まずは王都から実践すれば良い。何故他人の庭に芽も出ない種を蒔こうとする?」

「それはっ……」


 言葉に窮した俺を嘲笑うように、ハイウェル伯爵は立ち上がり、鼻を鳴らす。


「フンッ。明言を避けていたようだが、この私を欺けると思ったか? 貴様は、『女王の使者』ではあっても、『王家の使者』では無い。そうだろう?」

「……ええ。その通りです」


 敢えて口にしていなかった事実を指摘され、俺は動揺を抑える為にゆっくりと返事をした。


「あの傲慢な小娘らしいやり口だ。議会の承認どころか身内の根回しもろくに済ませず強行しようとは、為政者の風上にも置けん。あの様な痴れ者を王の座に座らせた前王は、何を血迷ったのだか……」

「………」


 女王は俺にとって、紛れも無く恩人であり、仕えるべき主人だが……ハイウェル伯爵が今口にした言葉には、一言一句違わず“同意”したい心持ちだった。


 天上天下唯我独尊。なんて言えば聞こえは良いが、傲慢で人の機微と言う物に疎いだけなのだ。あの女は。

 民衆にはその圧倒的なカリスマで神聖視されている女王だが、同じ政治のテーブルを囲む者達からは、その余りに強引かつ性急な判断と、問答無用の独断専行気質を煙たがられている。



『この世界は、己が理想を叶えるためだけに存在する』



 ……それが、女王アルメリア・カルマと言う女の揺るがぬ信条であり、俺が初めて彼女に教わった言葉だ。


「ハイウェル伯爵。確認ですが……本当に、女王の申し出を蹴ってよろしいのですね?」

「くどい。もう其方の顔も見飽きた。飼い犬は大人しく、尻尾を巻いて主人の元に帰りたまえ」


 飼い犬か……。全くもって、的を射ているな。

 俺はあの日、家畜以下の存在から、あの人に拾われて女王の“犬”となった。

 但し、彼女を守る番犬でも、当然ながら愛玩用のペットでも無い。



 女王アルメリアが、俺に求めた役目。それは………“猟犬”だ。



「承知致しました。……では、“使者として”伺うのは、これで最後に致します」


 俺は深々と頭を下げ、前髪で隠れた顔に薄い笑みを浮かべると、慇懃さの皮を被せた宣告を突きつけた。


「フン。あの小娘に伝えておけ。国土を失いたく無ければ、守護者には相応の敬意を払え、とな」


 その脅迫の意味を、俺は正しく理解する。別に察しが良い訳では無く、初めからその手のセリフは聞く事になるだろうと、予想していただけの事だ。


「ええ、機会があれば。……ああ、念の為申し上げておきますが、女王が貴方の手腕を評価していると言ったのは、私の嘘です」

「何だと……?」


 唐突に白状した俺に、ハイウェル伯爵は不快感を滲ませると共に、怪訝な目を向ける。

 俺はその視線を嘲るような瞳で見返しながら、こう続けた。


「女王には、『自尊心と金にしか執着の無い、辺境伯とは名ばかりの豚だ。どうせまともな交渉などしても理解出来る頭は持ち合わせていない。時間を無駄にするだけだぞ?』と……そう言われました。わざわざ交渉に来させて頂いたのは、悪魔で私の“温情”です」

「なっ!? き、貴様っ!? 誰に物を言っているのか、分かっているのか!?」


 瞬時に激昂したハイウェル伯爵は、腰に差している装飾だらけの見栄えだけは立派な剣を抜き、俺の顎先に突きつける。

 だが、俺は身じろぎ一つせず、ただただ興味の失せた空っぽの視線だけを彼に向けた。

 どうやら、女王の認識は正しかったらしい。人の心は解らないのに、人を見る目だけはあるのだから、本当にタチの悪い女だ。


「ええ、よく分かっていますよ。“売国奴のハイウェル殿”?」

「っっ!?」


 敢えて『伯爵』と言う位を省き……否、剥奪して呼びかけられた意味を、今度は正しく理解したようだ。


「女王が『俺』に命じた本来の“軍務”は、交渉などでは無い。“被害”を最小限に抑える為に、俺がでっち上げた詭弁だ」

「な、何を言って……!?」


 俺は使者の仮面を剥ぎ取り、対等な立場でハイウェルと相対する。


「公に協力を得た後で、子息の誰かをこちらに取り込み、お前を病に見せかけて始末してから、穏便にこの領地を支配するつもりだった。陰で国に背いて来たお前は、女王の後ろ盾が得られるなら喜んで飛び付いて来ると思ったんだよ。だが……予想以上に間抜けで驚いたぞ。利用するにしても限度はある。そうなると、こちらも取れる手段は一つしか無い」 

「貴様、何者だ……? い、いや、そんな事はどうでも良い! まさか、この場で私を暗殺するつもりでは無かろうな!? 外には護衛も控えている! 女王の飼い犬とて、下手な真似は出来んぞ!?」

「そんなつもりは毛頭無い。領主を暗殺してから占領したんじゃ、議会の後始末が面倒だ。……だから、一週間後。“正面切って殺しに来てやる”」


 俺はそう宣言し、上着を肩に掛け、出口へと向かう。


「ま、待てっ!? そんなふざけたことを口にして、タダで帰れると思っているのか!?」

「自分で言ったんじゃないか。俺は女王の飼い犬だと。……言っておくが、俺の宣戦布告を受けなければ、一週間どころか三日と待たず、俺よりもずっと獰猛な飼い犬共がお前の寝首を掻きに来るぞ。少しでも生き残れる可能性が高い方を選ぶ頭くらいはあるだろう?」

「獰猛な飼い犬、だと……? まさか、『夜行楼』!? 国の暗部にその名を轟かせる、女王専属の暗殺部隊が動いていると言うのか!?」


 どうやらやっと自分が脅威に晒されていると自覚したらしいハイウェルは、後退りながたじろぐ。……個人的には、手の掛かる同僚達に「暗殺部隊がその名を轟かせてんじゃねぇよ!」とツッコミたいが、今回の場合に限っては役に立ったので、小言は言わないでおこう。


「さあ、どうかな? 試したければ、外の連中に俺を襲わせれば良い。もっとも……抵抗した結果、偶然誰かさんの首まで刎ねないとは言い切れないぞ?」

「くっ!?」


 俺は胸元に隠したナイフをチラつかせ軽く威圧すると、もう用は無いと言わんばかりにハイウェルから視線を切り、部屋を後にした。

 だが、その後ろからドタドタと、未練がましい足音が付いて来る。


「き、貴様っ、貴様は何者なのだ!? 女王は貴様を使って、何をしようとしている!?」


 その無意味な問いに俺はうんざりしつつも、そう言えば本当の名を告げ忘れていたな、と、今更ながら思い至る。


 一応は“貴族同士”。領地を賭けて争うのだから、たまには様式美も大事にしてみよう。



「俺の名は、レウ・ドロス。お前と同じ『伯爵』の位を授かった、女王の猟犬だ」



 女王アルメリアから与えられた、“犬”としての名前。

 この名を授かったあの日、彼女は自身の首筋へ俺を埋めるようにして抱きしめながら、こう告げた。


『“人間”になりたければ、先ずは私の“犬”からその一歩目を始めろ。これから貴様が歩むのは、まごう事無き未開の覇道。レウよ。いつか貴様がこの喉笛を喰い千切るその時を、楽しみにしているぞ』


 ……あれから十年。やっと朧げに見えてきた、あの言葉の真意。

 

 俺は彼女の願いを果たすその時まで、この屈辱的な名を、名乗り続ける。


「猟犬……レウ・ドロス……っ!? まさか……かつて隣国に奪われた『北方半島』を力づくで奪い返したと言う、あの出自不明の成り上がり者か!?」


 舞踏会にも議会にも出ない俺の顔を知る貴族は限られている。だが、辺境に引き篭もってふんぞり返っていたこの間抜けの耳にも、どうやら“悪名”だけは届いていたようだ。 ……まあ、それならそれで都合が良い。


「知っているなら話は早い。せいぜい出来る限りの準備をすることだな。……さもないと、あっという間にこの土地も、俺の物になるぞ?」


 厳密には、『北方半島』も別に俺だけの領土と言う訳では無いのだが、どうせ内情など知らないこいつにはバレやしない。慌てふためいて自爆してくれるなら儲け物、くらいの軽いブラフのつもりで、そう挑発した。


「み、見くびるなぁ!? このハイウェル家が、何年この辺境で守護者を務めて来たと心得ておる!?」

「そうか。なら、お前がただの大根役者じゃないことを祈っているよ」

「っっ!?」


 言外に、守護者の称号などただのハリボテに過ぎないと伝え、俺はハイウェルの屋敷を後にした。


今話もお読み頂き、ありがとうございます。

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