ーーーー 風変わりな旅人 ーーーー
彼は一言で言えば、冴えない青年だった。
どこかの異国で買ったのか、この街ではあまり見慣れないボタンの無いシャツを着て、麻とは違うがさほど高級でも無さそうな生地の、ピチッと脚に張り付くようなズボンをいつも履いている。
ボサボサの黒髪は良い加減に手櫛で分けられているだけで、顔立ちもこれといった特徴が無い。強いて言うなら目つきは少し鋭いかも知れないが、いつもヘラヘラしているせいで冴えないという印象は拭えなかった。
彼は一ヶ月ほど前から、この酒場の二階で営んでいる宿に寝泊まりしており、夜は大体カウンターで安酒を煽っている。今日もそうだ。
「最近この街は景気が良くてなぁ~。昔は水商売なんて見かけなかったが、ついこの前そこの通りに娼館が開いたんだ。そのお陰か、お前さんみたいな旅人もよく見るようになった。この酒も昔は高くて飲めなんだが、今じゃどこにでもありふれた安酒じゃ」
「へぇ。そりゃあ良い。まあこれだけ飯も酒も美味い街だ。素通りするなんて勿体無いさ」
隣の客と楽しげに談笑しながら、干し肉をつまみに美味そうに安酒を飲み下す。
話している常連の爺さんは少しボケ始めていて、もう何度目とも知れない同じ話を聞かされいるのに、青年は嫌な顔一つせず毎回同じように感心した顔で頷いていた。
「よう! 今日も美味そうに飲むなぁ兄ちゃん!」
「酒が飲めるのは、何より幸せなことだからな。それに、この店は管理が行き届いてるんだろう。いつ飲んでも酒の状態が良い。すっかりハマっちまったよ」
他所者でもこう毎晩顔を出していればすっかり馴染みになり、暇な時はこうして店主の親父の方から絡みに来るようになっていた。
「若いのに分かってるじゃねぇか! どれ、もっと良い酒もあるぞ? 安くしといてやるから、味見してみろ」
「いや、気持ちは嬉しいが遠慮しておこう。俺はこれで……いや、これが良いんだ」
丁寧にそう固辞して、グラスに入った琥珀色の液体を青年は愛おしそうに眺める。
「物好きだなぁ。宿代だってちゃんと払ってくれとるし、よく呑みに来てんだ。金が無い訳じゃねぇだろう?」
「親父や常連のおっちゃん達に比べれば、まだまだケツの青いガキだからな。身の程を弁えてるだけさ。高い酒は、アンタらみたいにもっと出世したらまた飲ませてくれ」
「かぁーっ!! つくづく殊勝な野郎だなぁ!? よし分かった! じゃあ若いんだから、飯はたらふく食え! 賄いで用意した猪肉の煮込み、持って来てやるよ!」
「おおっ! ありがたいな。そっちは遠慮無く頂くよ」
「おうおう! しっかり食って出世しろよ!」
こんな調子で、すっかり親父や常連達をたらし込んでいる。……他所者のくせに、本当に気に食わない。
「ちょっと、私の分まで賄い食べないでよ?」
「ん? ああ、リリーナ。お疲れ様。心配しなくても、見ての通りの優男だ。そんなに食べれないよ」
「自分で優男とか、普通言う?」
この辺りじゃちょっとした人気者で通ってる看板娘のこの私に向かって、おっさん達と同じように接して来るこの男が、私は気に食わない。
お気に入りのピンクブロンドの髪や、歳の割に大きな私の胸を見れば、大抵の男は下心を出すかオドオドするのに、こいつは初めて会った時から何も反応しなかったのだ。
「自分で言わなきゃ、誰も言ってくれないだろう? それとも、リリーナが言ってくれるのか?」
「はっ! 安酒で満足してるような器の小さい男を、私がわざわざ構ってあげるわけ無いでしょ?」
「ははっ。その安酒を出してるのは、君の親父さんがやってる店なんだけどな」
「うっ……う、うっさい! 言っとくけど、部屋に変な女連れ込んだりしたらすぐに追い出してやるんだから!」
「変な女って? 別にそのつもりは無いが、親父さんには静かにするなら娼婦を連れ込んでも良いって言われてるぞ?」
「しょっ!? あ、あのクソ親父っ……!! 百歩譲って、身元のしっかりしてるしょ、娼婦ならまだしも、“奴隷”は絶対ダメよ! アンタが出て行った後、次のお客さん入れられなくなっちゃう!」
「……」
ただでさえ酒場がやってる宿だからって女を連れ込む客が多いのに。これ以上安く見られたら、たまったもんじゃないわ。
「……本当に、女を連れ込むつもりなんて無いんだが。仮に連れ込んだとして、娼婦か奴隷かなんて、見分けが付くのか?」
「はぁ? そんなもん身なりとか臭いですぐ分かるでしょ」
「衛生や面子に気を遣う主人の奴隷なら、清潔にしてそれなりの服を着せているかも知れないぞ?」
「そりゃ……あり得なくは無いけど、奴隷をそんな風に扱う主人なんて、圧倒的に少数派でしょ? アンタみたいな旅人なら連れて歩くこともあるのかも知れないけど、奴隷にそこまでお金使えるような商家やお貴族様なら、そもそもうちみたいな街場の宿なんて使わないわよ」
「ふむ……。確かに、今はそうかもな」
「はぁ?」
まただ。こいつのこういう所が特に気に食わない。
面と向かって話しているのに、まるで私たちとは違う場所にいて、違う世界を見ているような、そんな物言いをする。
偉そうなわけでは無い。寧ろ旅人にしては礼儀正しいけれど、それが返って自分との教養や見てきた世界の違いを見せつけられているみたいで、腹立たしいのだ。
「宿はともかく、この酒場には豪商やお貴族様も、実はお忍びで顔を出したりしてるんじゃないか?」
「来るわけ無いでしょ。アンタみたいな安酒呑みが常連の酒場よ?」
「そうか? 飯も美味いし、酒の質も良い。何より、こんなに可愛い看板娘が接客してる」
「なっ!? ななな、何よ急にっ!?」
「もしかしたら、ある日突然大金持ちの目に留まって、玉の輿、なんて事もあるかもな?」
「そ、そんな都合の良いことあるわけないでしょ!? 揶揄うんじゃないわよ! まったく、もう……」
何なのよ……。普段は全然私に見向きもしないくせに。急に、か、可愛いとか……っ!
もしかして、本当はこいつがどっかのボンボンで、変な格好してるのも、実は自分がお忍びで来てるから、とか……?
「ね、ねぇ。その、アンタってさ、もしかして、私が目当てで……」
「おうっ! 待たせたな兄ちゃんっ! ほれ、猪肉の煮込みだ!」
「ありがとう親父さん! 最高のご馳走だ」
「あ、ちょっと!?」
青年はつい今し方まで話していた私のことなどそっちのけで、鉄鍋の上でぐつぐつと煮える猪肉と、香ばしく焼かれたバケットに目を輝かせる。
「ん? リリーナ、どうした?」
「っっ~~!? 何でも無いわよ!! さっさと食べてよね! 片付けだってあるんだから!」
何よそのとぼけた顔!? 本当に気に食わない! ………気に食わないん、だから。
今話もお読み頂きありがとうございます。




