国王との面会と新しい家族の誓い
※本作は『皇女の帰還―約束の耳飾り―』の前日譚にあたる外伝です。
※本編をお読みになってからの閲覧をおすすめいたします。
※本編よりも重い描写やつらい場面が含まれる場合があります。該当する話には、前書きにて個別に注意書きを記載いたします。
「兄は国王なのだが……私とは気が合わぬ。適当におだてて流せ。よいな」
王宮の控え室で、ルドルフは小声でクラウスに告げた。
「それから、ロザーリアとフェルネスの話は絶対に出すな。特にフェルネスのことは、口にするな」
「……国王陛下のご子息ではないのですか?」
クラウスは目を見開いた。
「あれは、血がつながっていても親ではない。……いずれわかる」
そのとき、扉がノックされた。
「国王陛下がお会いになるそうでございます」
「わかった。すぐに参る」
ルドルフは声色を変え、恭しく応じる。
やがて、両開きの扉の前に立つ。
騎士たちがそれを押し開いた。
「何の用だ?」
部屋の奥。
豪奢な椅子にふんぞり返る男がいた。
腹は突き出し、脂ぎった顔には品がない。
濃い酒と葉巻の臭いが混ざり合い、空気は淀んでいた。
「兄上、ますますご健勝のご様子。うれしく思います」
ルドルフが深く頭を下げる。
「実は、養子をもう一人迎えることにいたしました。ご許可を賜りたく」
クラウスも膝をつき、頭を垂れた。
「黒髪か……余は黒髪が嫌いだ」
値踏みするように、クラウスを見下ろす。
「だが……魔力はあるな」
「お目にかかれて光栄に存じます。クラウスと申します。どうかお見知りおきください」
頭を下げたまま、静かに言う。
「好きにするがよい。魔力の高い者が身内にいるのは悪くない」
国王は鼻を鳴らした。
「あの前の者も、魔力量はさほどでもなかったが……回復魔法が使える、貴重な存在であったな」
「はい。現在、我が家にて研鑽を積ませております」
「もうよい。下がれ」
興味を失ったように手を振る。
「リチャード、聞いていたな。養子の手続きを進めよ」
「かしこまりました」
名を呼ばれた男が、静かに頭を下げた。
「では、失礼いたします」
クラウスは立ち上がり、ルドルフの後に続いた。
王の間を出ると、重苦しい空気が一気に薄れる。
そのまま廊下を進み、階段を上り――ある部屋の前で足を止めた。
「レオニス、いるか?」
「叔父上、お久しぶりでございます」
中から現れたのは、金髪碧眼の少年だった。
「どうぞお入りください。その方は……?」
「新たに養子となるクラウスだ。紹介しておこうと思ってな」
「おお、いとこが増えるとは嬉しいことです」
少年は柔らかく微笑む。
「私はエルドリア第一王子、レオニス。十三歳だ。アルフレッドと同い年になる。……そなたは?」
「十歳でございます」
「背が高いな。うらやましい。私はごく普通だ」
気さくに手を差し出してくる。
クラウスは一瞬だけ迷い――その手を握った。
「ところで、叔父上……ロザーリアとフェルネスは?」
レオニスが小声で尋ねる。
「息災だ。今のところ問題はない。案ずるな」
「……それは、安心いたしました」
ほっとしたように息をつく。
「また時間のあるときに、屋敷へ参ります。ここでは……落ち着きませんので」
クラウスにだけ聞こえる声で言った。
「では、失礼いたします」
ルドルフが部屋を出る。クラウスも続いた。
城を出るまで、二人は無言だった。
やがて外に出た瞬間――
「ああ、肩がこったわい。やはりここは苦手じゃ」
ルドルフが大きく息を吐く。
クラウスは、レオニスのことが気にかかっていた。
「あの方が……第一王子なのですか」
「ロザーリアたちとは腹違いの兄だ。兄のお気に入りでな。魔力は低く、逆らうことを知らぬ。大人しい性格だ」
「ロザーリアとフェルネスは……なぜ」
ルドルフの表情がわずかに曇る。
「兄の機嫌を損ねたからだ」
短く言ったあと、続ける。
「王妃は、フェルネスを産んで間もなく亡くなった。元より持病があってな」
「それを……フェルネスのせいに?」
「そうだ。あれは、生まれたばかりの子を否定し、『自分の子ではない』と言い切った」
クラウスは言葉を失う。
「ロザーリアが抗議した」
「それで……二人とも城を出されたのですか」
「そういうことだ」
静かにうなずく。
「ロザーリア付きの乳母や侍女たちも城を辞し、我が屋敷に移ってきた。だから今の大所帯になったのだ」
ルドルフは、もう笑っていなかった。
「あの男は……魔力だけは強い。内政は家臣任せ。本人はただ座っているだけだ」
「……今は無害ではあるがな。いつまで続くかはわからぬ」
「他にご親族は?」
「祖父母も両親も、十年前に流行り病で亡くなった。兄は甘やかされて育ったのだ」
ふと、ルドルフがクラウスを見つめる。
「嫌なら、まだ間に合うぞ。逃げてもよい。そなたの母国も何やら事情がありそうだ。……また同じ思いをするやもしれぬ」
クラウスは、静かに首を横に振った。
「もう家族ではありませんか」
――今度こそ、失いたくない。
はっきりと言う。
「義父上、義母上、アルフレッド、ロザーリア、フェルネス……逃げ出すなど、ありえません」
「……本当にいいのだな?」
「はい」
クラウスはうなずく。
「もう、過去の自分は死にました。両親も、私を死んだものとして扱っているでしょう」
一瞬だけ、視線を落とす。
「ただ……兄上のことだけが気がかりです」
左手の中指にはめた指輪に、そっと触れる。
「それは?」
「旅立つ際に、兄が『絆だ』と言って渡してくれたものです。魔道具なのです。兄は、そういうのが得意で」
「他の物は処分していただきましたが……これだけは、手放せませんでした」
ルドルフは、静かにうなずく。
「……そうか」
そして、いつものように笑った。
「では帰るとするか。ひとりで戻ることになるやもしれぬと覚悟しておったが」
「帰りましょう、義父上」
クラウスも微笑む。
「養子縁組は、無事に済みました」
ルドルフはクラウスの肩を軽く叩き、
二人並んで屋敷へと歩き出した。
――第一王子の訪問
「あの時は、追い出すような形になってすまなかったね」
王宮訪問から数日後。
第一王子レオニスが、ふらりとルドルフの屋敷を訪ねてきた。
「あ、あにうえだー」
フェルネスがとてとてと歩いてきて、レオニスの足にしがみつく。
「おお、また大きくなったのではないか? 我が弟よ」
レオニスは嬉しそうに抱き上げ、高く掲げた。
フェルネスはきゃっきゃと笑う。
その顔を、愛おしそうに見つめ続けた。
「お兄様のフェルネス愛は相当ですわね」
ロザーリアが微笑む。
「母上が命がけで産んだ忘れ形見だ。可愛くないはずがなかろう」
レオニスは優しく言った。
そこへサマンサが現れる。
「ようこそおいでくださいました。どうぞ奥へ」
丁寧に頭を下げる。
「叔母上、それはやめてくださいと何度も申し上げているでしょう。ここでは叔母上が女主人です」
そう言いながら、懐から小さな袋を取り出し手渡した。
サマンサはそれを受け取り、執事へと渡す。
「助かります。いつもありがとうございます」
「当然のことだ。これだけの人数を支えるのは大変だろう」
さらに書類も手渡す。
クラウスは少し離れた場所から、その様子を見ていた。
アルフレッドがそっと近づく。
「あの袋の中身は金だ。王の目を盗んで、側近たちが用意したものを王子が運んできている」
「……!」
クラウスは息をのむ。
「レオニスは前王妃の子だ。政略結婚で生まれたが、魔力が低い。それで前の王妃を追放し」
アルフレッドは淡々と続ける。
「そして亡くなった王妃――ロザーリアたちの母を、ほぼ強奪する形で迎えた」
「どこの国にも、いろいろあるのですね……」
クラウスは小さく言った。
「……。我が子や甥を殺そうとする者もいる。まだましな方かもしれない」
自嘲気味に続ける。
アルフレッドは、じっとクラウスを見つめた。
「私も、親に捨てられた」
静かに語り始める。
「魔法が使えるのが不気味だと。平民の家に、突然変異で生まれたのだろうな」
「父は母の不貞を疑い、家庭は壊れた。……そして私は、知らぬ街に置き去りにされた」
「数日間、食べ物もなく彷徨っていたところで……義父上に拾われた」
「……そうでしたか」
クラウスは、静かにうなずく。
「回復魔法が使えると聞きました。すごいことです」
「最初はほんのわずかだったがな。毎日鍛えて、少しずつ使えるようにしている」
アルフレッドは少し照れたように笑った。
「それに加えて薬の研究もしている。将来は医師になりたい。魔法が使える者も使えぬ者も、どちらも救えるような」
「……すごいです。心から応援します」
クラウスは素直に言った。
そのとき――
フェルネスが、とことこと歩いてきた。
「一歳半とは思えぬ歩き方だな」
アルフレッドが笑う。
「当然であろう。我が弟は天才なのだ」
レオニスが胸を張る。
「あ、あるくでっど……くだうず……」
フェルネスは二人を指さす。
「言葉は少し遅いかもしれんな」
アルフレッドが苦笑する。
「すぐに話せるようになる!」
レオニスが即座に否定した。
「まだ一歳半ですもの。これだけ話せれば十分ですよ」
乳母がフェルネスを抱き上げる。
「そろそろお昼寝の時間です。兄上様にご挨拶を」
「あい……あにうえさま、おやすみなさい」
レオニスの顔が緩む。
「おやすみ」
フェルネスはそのまま連れていかれた。
「さて、次はクラウスの紹介ね」
ロザーリアが言う。
応接間へと移動する。
「ロザーリア、不自由はないか?」
レオニスが真剣な表情になる。
「すまない。私が不甲斐ないばかりに……」
「お兄様のせいではありません」
ロザーリアははっきりと言った。
「でも、あのままだとフェルネスがどこかへ出されてしまいそうで……つい」
「……そうか」
「陛下は気分屋ですから、そのうち何事もなかったように呼び戻す可能性もあります」
執事ハンスが静かに言う。
「ロザーリアはともかく……フェルネスは危うい」
レオニスの表情が曇る。
「フェルネスの存在そのものを消そうとしている。王妃の死を、出産とは関係ない、ただの病死とさせたいのだ」
「アストリア絡みですか?」
「そうだ。本国との関係を悪化させたくないのだろう」
ロザーリアの表情が強張る。
「では……フェルネスは」
「……わからぬ」
沈黙が落ちる。
「叔父上は?」
「出かけております。魔獣狩りと魔石探しへ」
「……そうか」
レオニスは小さくうなずいた。
「そろそろ戻らねばならぬ。私まで疑われては、家臣が持たぬ」
立ち上がる。
「クラウス殿、今日はゆっくり話せずすまなかった」
「いえ。またお会いできるのを楽しみにしております」
レオニスは去っていった。
「……なんだか、痛々しい方ですね」
クラウスはぽつりとつぶやく。
「私は、あの方の力になりたい」
アルフレッドが言った。
「私も、お兄様には忠誠を誓います」
ロザーリアも続く。
「父には……誓いたくありませんが」
小さくため息をつく。
クラウスは二人を見た。
「……私も、仲間に入れてもらえますか?」
一瞬の間。
「もちろんだ!」
アルフレッドが力強く答える。
「同じ志の者は、多いほどよい」
三人は、固く手を取り合った。
お読みくださりありがとうございます
フェルネスはまだまだ小さいです
若き3人の誓い
本当の物語はこれから始まります




