帰れなかった騎士
※本話には、戦闘および重い展開が含まれます。
ご注意ください。
※本作は『皇女の帰還―約束の耳飾り―』の前日譚にあたる外伝です。
※本編をお読みになってからの閲覧をおすすめいたします。
※本編よりも重い描写やつらい場面が含まれる場合があります。該当する話には、前書きにて個別に注意書きを記載いたします。
クラウスがアストリアへ戻って数日後。
ふいに、頭の奥で声が響いた。
――アルノルト。
懐かしい声だった。
故郷に残してきた兄、アルベルトの声。
次の瞬間、クラウスの脳裏に、グランディル帝国の城内の光景が映し出された。
両親は、背に刀傷を負い、床に倒れている。
兄アルベルトは両腕を後ろ手に縛られ、顔を蹴り上げられていた。
「安心いたせ。そなたの処刑は明日だ」
大柄な騎士が笑う。
「皆の前で、見せしめに縛り首にしてくれる」
「妻子を助けたくば、大人しく処刑されるがよい」
そこで、映像は途切れた。
「……何だったのだ、今のは」
左手の指輪が淡く光り、そして消える。
クラウスはその指輪を見つめた。
「兄上の……知らせか」
迷っている時間はなかった。
クラウスはすぐに国王へ直訴した。
「グランディル帝国で何かが起きています。今すぐ向かわせてください」
国王は驚いたが、クラウスの目が尋常ではないことを悟った。
「事情はわからぬ。だが、そなたがそう判断したのなら行け」
一拍置く。
「本当に危険であれば、妹と甥を助け出してくれ」
「かしこまりました。明日までに、城へ着きたく存じます」
「先に行け。こちらも準備が整い次第、救援を出す」
「はっ」
クラウスは飛行魔獣を呼び寄せると、凄まじい速さで飛び去った。
国王はすぐに騎士たちを集めた。
だが大型魔獣討伐の直後で、動ける者は少ない。
その時だった。
一羽の小鳥が舞い降り、国王の肩に止まった。
そして、エリーナの声が響く。
「お兄様。帝国にて内乱が起こりました」
「私と息子は捕らえられ、監禁されております。
アルベルト様が明日、公開処刑されるとのこと」
「私は二人目の子を身ごもっており、逃げることができませんでした」
「どうか……救助をお願いいたします」
言葉が途切れると、小鳥は小さな魔石へと戻った。
「なんということだ……」
国王は顔色を変える。
「全員、緊急出撃せよ!」
声が響き渡る。
「飛行魔獣の乗り手を、可能な限り集めよ。
クラウスが先に飛んだ。後を追うのだ!」
その頃、クラウスはすでに国境を越えていた。
城が見える。
「あの映像の場所は……あそこだ」
城の構造は記憶に残っている。
クラウスは着地すると、武装を整え、兄のいる場所へ向かった。
魔力で鍵を開け、見張りを斬り伏せる。
「ご無事ですか、あに――」
言いかけて、止めた。
「アルベルト様。私はアストリアより派遣されたクラウスと申します」
兄を縛っていた縄を、小刀で切り落とす。
アルベルトは両手が自由になると、深く息を吐いた。
そして目を閉じる。
次の瞬間、城内に閉じ込められていた兵士や侍女、侍従たちの牢の鍵が一斉に開いた。
地下から歓声が上がる。
「謀反を起こしたのは皇后の一族だ」
アルベルトが言う。
「城内にいるのは、ならず者の集まりに過ぎぬ。
だが、妻が閉じ込められている屋敷には、腕の立つ者ばかりが集められている」
「そなた一人では無理だ。こちらから何人か――」
「その時間はありません」
クラウスは即座に遮った。
「場所を教えてください。すぐに救出します」
城内には、すでに剣戟と怒声が響いていた。
「北東の湖のそばの屋敷だ」
クラウスはすぐに思い出した。
皇后お気に入りの別荘。
内部の構造も、ほぼ把握している。
「わかりました。アルベルト様は城をお願いいたします」
「……そなた、魔力が残り少ないようだが、大丈夫か?」
クラウスは苦笑した。
自覚はあった。
「魔力は足りないかもしれません。ですが、剣の腕には自信があります」
それだけ言うと、飛行魔獣を呼び寄せた。
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まもなく、湖畔の屋敷が見えた。
クラウスは屋根近くまで飛ぶと、飛行魔獣から屋根へ飛び移る。
外壁を伝って降り、窓を一つずつ覗き込んだ。
何部屋か確認した後――
ようやく、母子を見つける。
静かに窓を開け、合図を送る。
「エリーナ様、レオンハルト様ですね?」
女性がうなずいた。
エリーナは身重だった。
クラウスは飛竜を呼び寄せる。
飛行魔獣より小回りが利き、目立ちにくい。
「こちらにお乗りください。急ぎます」
三人を乗せ、飛竜は静かに飛び立った。
「このまま気づかれなければ……」
だが、三人を乗せた飛竜は速度が出ない。
城までは、まだ距離があった。
その時――
「母上!」
レオンハルトが叫んだ。
エリーナが苦しげに呻いている。
クラウスの表情が変わった。
「いかん。産気づいておられる」
近くに村の明かりが見えた。
クラウスは迷わず降りる。
「すまない。連れが産気づいた。医師はいるか」
村人たちが驚いて集まってくる。
「騎士様、この方は……」
「何も聞くな」
クラウスは短く言った。
「この方とお子を頼む。追手が来る。私はそちらを止める」
村人たちは顔を見合わせたが、すぐに動き出した。
「先生を呼べ!お産だ!」
「女性たちを集めろ!」
エリーナは奥へ運ばれていった。
その時、飛んできた方向から怒声が聞こえた。
「来たか」
クラウスは剣を抜く。
「皆、中へ隠れてくれ」
だが次の瞬間、村人の一人が叫んだ。
「火だ!奴ら、火を放ったぞ!」
火矢が家屋へ向かって放たれる。
クラウスは残った魔力で氷を生み、火を消した。
だが、別の家にも火が上がる。
「……魔力が足りぬか」
クラウスは息を整える。
そして、剣を構えた。
相手は三十人ほど。
それでも、退くわけにはいかなかった。
背後には、身重のエリーナとレオンハルト。
そして、何も知らぬ村人たちがいる。
クラウスは静かに踏み出した。
これが――
クラウスの最後の戦いとなった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この戦いが、後の物語へと繋がっていきます。




