帰る約束
※本話には、過労や戦闘による疲弊の描写が含まれます。
※本作は『皇女の帰還―約束の耳飾り―』の前日譚にあたる外伝です。
※本編をお読みになってからの閲覧をおすすめいたします。
※本編よりも重い描写やつらい場面が含まれる場合があります。該当する話には、前書きにて個別に注意書きを記載いたします。
クラウスは屋敷に戻ると、食事の途中でうとうとしていた。
「旦那様。どうか、しっかり召し上がってから、ベッドでお休みください」
執事が心配そうに声をかける。
「……すまぬ。せっかくの食事なのに」
クラウスは目をこすり、無理に食事を口へ運んだ。
「あなた」
ロザーリアが眉を寄せる。
「ここ数日、ほとんど眠れていないのではありませんか。
食べたら、すぐに休んでください」
クラウスは、アストリアの騎士団長に就任していた。
だが、エルドリア国王は同時に命じた。
「エルドリアでの任務も兼務せよ」
あまりにも無茶な命令だった。
アストリアからも苦情が入った。
自国の騎士団長を酷使するとは何事か、と。
それでも国王は聞かなかった。
「ロザーリア王女の夫なら、エルドリアのために働くのは当然であろう」
王太子が「本国を怒らせてはなりません」と何度も諫めたが、聞き入れられることはなかった。
そんなクラウスに助け船を出したのは、フェルネスだった。
「私にできることは代行します。
兄上は、その間だけでも休んでください」
十四歳になったばかりのフェルネスは、ますます背が伸びていた。
細身ながら、すでにクラウスに迫る実力を身につけている。
見た目だけなら、並の騎士よりよほど立派だった。
周囲の騎士たちは、彼が未成年であるという事をもはや見て見ぬふりをしていた。
副団長もクラウスを気遣う。
「フェルネス殿と私でできることは引き受けます。
どうか、お休みください」
そう言われるほど、クラウスの疲労は誰の目にも明らかだった。
ロザーリアも、時折騎士としてクラウスの代わりを務めた。
その間、カイレスは王太子妃の元へ預けられることが増えた。
国王はカイレスには甘く、それに文句を言うことはなかった。
「ロザーリア様、どうかご無理なさらないでください」
アンドレアはいつも案じていた。
王太子妃には二人目の子も生まれていた。
元気な男の子だった。
同じ年頃の男児が三人集まる王太子の居室は、いつも賑やかだった。
侍女も多く、そこには恵まれた環境があった。
「フェルネスにも、こういう場所を与えてやりたかった」
レオニスは、何度もそうこぼした。
「フェルネス様には、ロザーリア様、クラウス様、アルフレッド様、そしてサマンサ様がいらっしゃいました」
アンドレアが言う。
「年上ばかりではないか」
レオニスは苦く笑う。
「ようやく同じ年頃の娘と親しくなれたと思えば……あの結末だ」
言葉が途切れる。
「挙句に、女性恐怖症とはな。救いがない」
「今さら悔やんでも、時は戻りません」
アンドレアは静かに言った。
「大事なのは、これからです」
レオニスはしばらく黙り――やがて小さくうなずいた。
クラウスは、周囲の助けもあり、少しずつ本来の調子を取り戻しつつあった。
しかし――
ある日、大型の魔獣が現れた。
向かう先は、人口の多い町。
アストリアとエルドリアの国境近くだったため、クラウス、フェルネス、ロザーリアの三人を含む、両国の騎士たちが出撃することになった。
魔獣は強く、討伐には数日を要した。
何とか町を守り抜いたものの、若いフェルネスでさえ数日の休暇を取るほどの激戦だった。
万全でなかったクラウスにも疲労は残っていた。
だが彼は、アストリア側に残った仕事を片づけていた。
エルドリア側の仕事のせいで、たまっていた仕事だった。
ロザーリアも、その頃から体調を崩していた。
「お疲れなのでございます。カイレス様は、しばらくこちらでお預かりいたします」
アンドレアが言う。
「すみません……疲れが取れなくて。気分も悪いのです」
ロザーリアはカイレスを預け、自身も休むことにした。
その話を聞いたクラウスは、エルドリアの屋敷へ戻ってきた。
「大丈夫か?」
「はい。おそらく過労だろうとのことです。心配はいりません」
だが、顔色は悪かった。
「しばらく付き添いたいのだが……すまぬ。向こうの仕事が残っている」
クラウスは申し訳なさそうに言った。
「それが終わったら、必ず帰ってくる。待っていてくれ」
「大丈夫です。私のことは気にせず、お仕事を片づけてください」
ロザーリアは微笑む。
「でも、その後はちゃんと休んでくださいね。それから帰ってきてください」
少しだけ念を押す。
「約束ですよ」
クラウスはロザーリアを抱きしめた。
「ああ。必ず帰る」
「それまでには、元気になっていてくれ」
クラウスは再びアストリアへ戻った。
それが、二人の最後の対面になるとは――
この時、誰も思っていなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この約束が、どのような結末を迎えるのか――
次話で描かれていきます。




