穏やかな日々
※本話は、比較的穏やかな日常の描写が中心となりますが、
後の展開に関わる要素を含んでおります。
※本作は『皇女の帰還―約束の耳飾り―』の前日譚にあたる外伝です。
※本編をお読みになってからの閲覧をおすすめいたします。
※本編よりも重い描写やつらい場面が含まれる場合があります。該当する話には、前書きにて個別に注意書きを記載いたします。
クラウスは、ロザーリアとカイレス、そしてフェルネスを連れて、町へ降りることが増えていた。
赤子を抱いた長身の三人は、庶民の服を着ていてもひときわ目立っていた。
「王族も、庶民の暮らしを知るべきだ」
クラウスが言う。
「フェルネスは、一人で過ごす時間が長すぎた」
少しだけ視線を落とす。
「……同じことを、カイレスにはさせたくない」
市場は活気に満ちていた。
「でかい兄ちゃんだなあ!魚どうだい!」
「まあ、かわいい赤ちゃん!この服どうかしら?」
次々と声をかけられる。
そのたびに――
若い女性が近づくと、クラウスとロザーリアが自然に前へ出る。
フェルネスに触れさせないように。
その時だった。
小さな子供が、クラウスの左手の指輪を掴んだ。
ぐい、と引き抜こうとする。
「やめなさい」
クラウスはその子の襟をつかみ、軽く持ち上げた。
「この指輪は外れぬ。試してみろ」
子供を下ろし、手を差し出す。
「あれ……?」
何度引いても抜けない。
「そういうことだ」
クラウスは淡々と言う。
「こういう真似はするな。相手によっては、その場で斬られていたぞ」
子供は顔を青くして逃げていった。
「……貧しいのね」
ロザーリアがぽつりと言う。
「ああ」
クラウスは短く答えた。
それ以上は何も言わなかった。
カイレスが指輪に手を伸ばす。
「これは、大事なものだ」
クラウスはやさしく言う。
「外すとしたら、私が死ぬ時だ」
「太ったらきつくなりません?」
ロザーリアが茶化す。
「これは魔道具だ」
クラウスは軽く笑う。
「サイズは魔力で調整される」
「細くなろうが太くなろうが、問題ない」
少し間を置く。
「……効果はよくわからぬがな」
フェルネスが興味深そうに見つめる。
「魔道具、あまり見かけませんね」
「エルドリアは職人は一流だ」
クラウスが答える。
「だが原料がない。すべてアストリア頼みだ」
「結果、良いものはすべて向こうに流れる」
「庶民には回っていないようですが」
フェルネスが首をかしげる。
「……そうだな」
クラウスは言葉を切った。
「この話はここまでだ」
少しだけ、空気が重くなる。
「帰ろう」
クラウスが言う。
三人は別邸へ戻った。
カイレスは二歳になっていた。
フェルネスが同じ年頃だった頃と比べると、ずっと“普通”だった。
(あの成長は……何だったのだろうな)
クラウスはふと思う。
やがてフェルネスは、アストリアの兵舎へ入ることになった。
そこでは男女の役割が厳密に分けられている。
――接触は、ほとんどない。
クラウスとロザーリアは、そのついでにアストリアで式を挙げた。
エルドリアでは、国王が最後まで許可しなかったからだ。
国王は今もなお、エリアスとロザーリアが続いていると信じていた。
現実を見ることを拒むように。
式はごく限られた者だけで行われた。
アストリア国王、公爵、エリアス、フェルネス、そして王太子夫妻。
「邪魔者は退散しますよ」
フェルネスが笑う。
「二人でゆっくりしてください」
「生意気になったな」
クラウスが額を軽く弾く。
「休暇には必ず邪魔しに帰りますから」
「覚悟していてくださいね」
「その時は私も付いて行こう」
エリアスが笑う。
「では、これで」
フェルネスは軽く手を振った。
「カイレスが待っていますので」
ロザーリアが急いで飛行魔獣に飛び乗った
「気をつけて」
エリアスが声をかける
クラウスは、三羽の飛行魔獣
王太子、王太子妃、自分のを、同時に操り、帰路についた。
「一度に三羽とは……」
公爵が呟く。
「並の魔力量ではないな」
「訳ありだろうな」
アストリア国王が答える。
「だが、詮索はせぬ方がよい」
最近、グランディル帝国の情勢が不穏だという報せが届いていた。
クラウスの姿を見るたびに――
その影がちらつく。
「……杞憂であればよいのだが」
国王は、遠い空を見上げた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
穏やかな時間は、長くは続きません。




