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エルドリア国物語 ― 帰れなかった騎士と、託された命 ―  (皇女の帰還ー約束の耳飾りー 外伝)  作者: 鶴見 日向子


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残された影

※本話には、精神的な影響に関する描写が含まれます。

ご注意ください。


※本作は『皇女の帰還―約束の耳飾り―』の前日譚にあたる外伝です。

※本編をお読みになってからの閲覧をおすすめいたします。

※本編よりも重い描写やつらい場面が含まれる場合があります。該当する話には、前書きにて個別に注意書きを記載いたします。

フェルネスは、カイレスと名付けられた義理の甥を、時間があればかまっていた。


「カイレス、こっちだ。ほら」


カイレスは必死に這ってくる。


「おやめくださいませ。赤子には赤子の成長の過程がございます」


侍女がたしなめる。


「……そうか」


フェルネスは少し残念そうに笑った。



エリアスとロザーリアの離縁は成立し、約束通りクラウスが再び婚約者に戻っていた。


「すぐに結婚、というわけにもいかぬがな」


クラウスは照れたように笑う。


だがその表情は、どこか嬉しそうだった。


王太子夫妻にも、ようやく子が授かっていた。


誰もが、カトリーナの死を乗り越えようとしていた。


ただ一人――エルドリアの国王を除いては。


「なぜだ!」

国王が怒鳴る。


「子を産んだロザーリアが、なぜ離縁するのだ!」


それは娘のことではなかった。


“立場”の話だった。


王太子は表情を変えずに答える。

「子は我が国でお預かりします。将来は公爵家の血にもなりましょう」


「……そうか」

国王は不満げにうなずく。


(よく言うものだ)


王太子の胸の内は、冷えていく。


だが――


(私が守らねばならぬ)


その決意だけは揺らがなかった。


エリアスは変わらず、エルドリアを訪れていた。


飛行魔獣にも慣れ、剣の稽古も受けている。


「父として、少しは強くならねばな」


「無理をなさらなくても」


ロザーリアが小さく笑う。


「そのままで十分です」


「いや、これは性別の問題ではない」


エリアスは首を振る。

「私は強くなりたい」


「それ以上たくましくなったら、ドレスが着られませんよ」

ロザーリアが茶化す。


「……かまわん!」

エリアスは即答した。


その様子を、少し離れた場所からクラウスは複雑な顔で見ていた。


そこへフェルネスがやってくる。


「兄上、心配はいりませんよ」


「ロザーリア姉上です。何でも受け入れますから」


すでに「兄上」と呼ぶのが当たり前になっていた。


「義兄上、こちらの剣を」

フェルネスが2人の近くに寄り、エリアスに細身の剣を差し出す。


「軽い方が扱いやすいですよ」

小声で続ける。


「筋肉もつきにくいですし」


「あら、気が利くわね」

ロザーリアが笑う。


クラウスが近づいてきて、眉をひそめる。


「……何を隠している?」


三人を見回す。


フェルネスは笑ってごまかす。


「大好きです、兄上」

抱きつく。


「や、やめぬか!」

クラウスが慌てる。


「気持ちの悪い!」


「ひどいですよ」

フェルネスは笑った。


だが――

その笑顔に、クラウスは違和感を覚えていた。


その頃の事だった


若い女性騎士が近づく。


その瞬間。


フェルネスの動きが、わずかに止まる。


そして、さりげなく距離を取る。


別の日。


若い侍女が、思い切って想いを告げた。


フェルネスの手を取る。


その瞬間――


フェルネスの顔が、真っ青になった。


何も言わず、その手を払いのけ、その場を離れる。


そして。

洗面所で、吐いていた。


それ以来。

少しでも女性が近づくと、顔色が変わる。


触れられると、冷や汗を流す。


クラウスは確信した。

「……おかしい」


アルフレッドが戻ってきた時、すぐに問いただした。


「やはりな」

アルフレッドは短く言った。


「あの時、関わるなと言っただろう」


「下手をすれば、一生だ」


「どういうことだ」

クラウスが詰め寄る。


「女性恐怖症だ」

淡々と告げる。


「原因は一つではないだろうが……決定打は、あの件だ」


クラウスは息をのむ。

「治るのか」


「……わからん」

アルフレッドは首を振る。


「時間をかけて慣らすしかない」


「特効薬はない」


その事実は、ロザーリアたちにも伝えられた。


「私には普通に接してきますが……」

王太子妃が戸惑う。


「私にも……」

ロザーリアの声が震える。


「昔からの知り合いは大丈夫らしい」


クラウスが目を閉じる。


「だが、見知らぬ若い女性は……だめだ」


沈黙。


「見守るしかないな……」

王太子が重く言う。


「……あの元国王だという男は」

ぽつりと続ける。


「とんでもない傷を残してくれた」


誰も否定しなかった。


「フェルネス様が乗り越えられることを……」

王太子妃が静かに言う。


祈るように。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


この出来事は、後の物語へと繋がっていきます。

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