残された傷
ロザーリアがカトリーナのために帰国を決意します
重い話が続くのでご注意ください
※本作は『皇女の帰還―約束の耳飾り―』の前日譚にあたる外伝です。
※本編をお読みになってからの閲覧をおすすめいたします。
※本編よりも重い描写やつらい場面が含まれる場合があります。該当する話には、前書きにて個別に注意書きを記載いたします。
「国王陛下、即位おめでとうございます」
表向きは、国王急病による譲位であった。
大きな儀式は行われず、王太子が国王に即位してから、すでに数週間が経っていた。
今、その前に、騎士の正装をしたロザーリアが跪いている。
「お願いしたき儀があり、参上いたしました」
「申してみよ」
「私を母国へ帰していただきたく存じます。義妹を連れ、静養させたいのです」
「カトリーナか……」
「はい。環境を変えた方がよいのではないかと」
カトリーナの様子は、あの日からほとんど変わらなかった。
無表情で、無言のまま。食事も、公爵夫人や侍女、ロザーリアが少しずつ口に運ばせている状態だった。
「そうしてくれると助かる」
国王は重くうなずいた。
「関係者には魔術契約による口止めをしてある。だが、どこから話が漏れるかわからぬ。こちらからも頼む」
「はい。本日中に連れ帰ります。エルドリアにはすでに連絡済みです。荷物を運べる者も来ております」
「素早いな」
「私の弟です。義妹とは仲がよかったので、ちょうどよいかと」
「わかった。頼んだぞ。時折、エリアスにも様子を見に行かせる」
国王は少しだけ息を吐いた。
「あれも、身長も魔力もあるのだ。飛行魔獣に乗れるよう、訓練させよう。
家族以外には会わせたくないからな」
「ありがたきお言葉。では、直ちに出発いたします」
ロザーリアは下がると、そのまま公爵邸へ向かった。
「お義父さま、お義母さま、陛下の許可がおりました。
直ちにカトリーナちゃんを母国へ連れて帰ります」
「王宮ではなく、叔父の屋敷を使います。静かに過ごせる場所です」
「よろしくお願いいたします、ロザーリア様」
夫妻は深く頭を下げた。
「カトリーナちゃんは、私の大事な義妹です。
できる限りのことをいたします」
ロザーリアは唇を噛みしめる。
「フェルネス、あなたは荷物と付き添いの侍女を乗せて飛んで。
私はエリアス様とカトリーナちゃんを運びます」
フェルネスは、しばらく来ない間に何が起きたのか、まだ理解できていなかった。
「姉上、一度に三人は危険です。
往復するか、向こうに着いてからクラウス兄上たちに応援を頼んだ方がよいと思います」
普段の冷静な姉らしくない判断に胸騒ぎがする。
いつもなら言われた通りにするのだが、今回の件に対しては異を唱えるしかなかった
ロザーリアは少し考えた。
「……そうね。今は安全を優先しましょう。
まずカトリーナちゃんと侍女を運ぶわ」
そしてエリアスを見る。
「悪いけれど、あなたと荷物は後で迎えをよこすわ」
「わかった」
エリアスは正直、ほっとしていた。
三人乗りの飛行魔獣など、見たことがない。
車椅子に乗せられたカトリーナが、飛行魔獣のそばへ連れてこられた。
フェルネスはすぐに駆け寄る。
「ご病気になられたとか……大丈夫ですか?」
カトリーナの目が、わずかに動いた。
そして、じっとフェルネスを見つめる。
「今から、我が母国へ向かいます。
カトリーナ殿は、姉上と私、どちらの飛行魔獣に乗りますか?」
カトリーナは、フェルネスから目を離さなかった。
「……私と行きますか?」
ほんのわずかに、首が動いたように見えた。
周囲の者たちの目に、希望の光が宿る。
「では、参りましょう」
フェルネスはカトリーナをそっと抱き上げ、飛行魔獣へ乗せた。
固定魔法をかける。
「これで落ちません。私も後ろから支えます」
ロザーリアも侍女を乗せ、固定魔法をかける。
「では、参ります。必ず、できる限りのことをいたします」
二羽の飛行魔獣は、大空へ羽ばたいた。
夫妻とエリアスは、飛び去る姿をいつまでも見つめていた。
「……私も、飛行魔獣の訓練をいたします」
エリアスがぽつりと言う。
「十歳のフェルネス殿があれほど軽々と飛ぶのです。言い訳はできませんね」
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行程の半ばに差しかかった頃、クラウスと騎士が迎えに来ていた。
「クラウス、悪いけれど、その騎士と一緒に公爵邸へ行って。
エリアス様と荷物を運んでほしいの。乗りきらなかったの」
ロザーリアが空中で叫ぶ。
「わかった。このまま向かう」
クラウスたちは、公爵邸の方角へ飛んでいった。
「よかったわ。途中まで来てくれていて」
やがて二羽は、無事に王弟邸へ到着した。
「おかえりなさいませ。私が新しく執事となりました、エバンスでございます」
ハンスが去ったあと空席だった執事に、ようやく後任が就いていた。
例によって、ルドルフが拾ってきた者である。
「急なことで悪いわね。私はロザーリア。以前ここにいたのだけれど」
「存じております。中で医師も待機しております。お嬢様を中へ」
フェルネスはカトリーナの固定魔法を解き、抱き上げる。
カトリーナは、フェルネスの首に手を回していた。
その変化に、侍女の目が潤む。
「お嬢様が……」
ロザーリアは少しだけ笑った。
「フェルネスの飛行が怖かったのかもしれないわね」
そう冗談めかして言いながらも、胸の中では思う。
――いい兆しかもしれない。
しばらくして、クラウスと騎士、そしてエリアスが到着した。
エリアスは、自力で飛行魔獣に乗っていた。
「どうやったの?」
ロザーリアが目を丸くする。
「二羽同時に操った」
クラウスが肩をすくめた。
「この巨体が二人で乗ったのでは飛び立てぬ」
そして、少し厳しい顔になる。
「三人同時に乗せようとしたそうだな。
無茶だ。途中で落ちてもおかしくない。
そなたらしくない判断ミスだ」
「……そうね。どうかしていたわ」
ロザーリアはうなだれた。
エリアスは何とか自力で魔獣から降りる。
「意外に快適なのだな。これなら私も訓練すれば乗れそうだ」
少しだけ満足そうだった。
そこへ、フェルネスが出てきた。
「今、カトリーナ殿は医師の診察を受けております」
そしてエリアスに向き直る。
「義兄上、ようこそ」
にっこりと微笑む。
――ここでは、ドレスは着られないだろう。
フェルネスは内心、少しだけ安堵していた。
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「さあ、中へ。ここはルドルフ様のお屋敷ですが、今はフェルネス第二王子の居城でもございます」
執事に促され、四人は屋敷へ入る。
「一年ほど前とは、雰囲気が変わったわね」
ロザーリアがつぶやく。
「アストリアの王太子殿下のおかげです」
エバンスが微笑んだ。
「“いずれフェルネス第二王子の居城を訪ねることになるかもしれぬ”と、国王陛下にお伝えになったそうで。陛下はそれはもう慌てて、屋敷の修繕を命じられました」
「こんなところに、今の国王陛下が来るわけないのにね」
ロザーリアが苦笑する。
そこへ、医師が階段から降りてきた。
「フェルネス様。お嬢様が、あなたを呼んでおられます。
お話し相手になっていただけますか」
「わかりました」
フェルネスはすぐに階段を駆け上がっていった。
医師はその姿を見送ると、残った三人に向き直る。
「久しぶりね、アルフレッド。戻っていたのね」
ロザーリアが声をかけた。
「はい。何やら、急に呼ばれたような気がいたしまして」
医師はアルフレッドだった。
かつて王太子に忠誠を誓った三人が、再び顔を合わせたのである。
「こちらは今の夫、エリアスよ。まあ、本当の夫婦ではないのだけれど」
ロザーリアは軽く笑う。
エリアスは頭をかいた。
クラウスは、ほっとしたような、それでいて複雑な表情をしていた。
アルフレッドは静かに口を開く。
「再会を喜びたいところだが……あのお嬢さんは、かなり危うい」
「え……?」
ロザーリアとエリアスの顔が青ざめる。
「妊娠している。まだ初期だ」
空気が凍る。
「ただ、身体がまだ未成熟だ。無事に育つかはわからぬ」
さらに続ける。
「精神面の傷も深い。現実と記憶が曖昧になっているところがある。
一時的な記憶の欠落も見られる」
医師として、淡々と告げる。
「何があった?」
エリアスとロザーリアは俯いた。
「……口外しないと約束してください」
エリアスが言う。
アルフレッドはうなずいた。
「祖父が……手を出しました。呆けていたらしい、と聞いております。
それ以上は私たちも知らされておりません」
アルフレッドは目を伏せた。
「……むごいな」
短く言った。
「元々は無邪気な娘です。祖父のところへ行くのだと、何の疑いもなく安心していたのだと思います」
エリアスは顔を覆う。
「身体にも傷がある。治療は受けているようだが、まだ痛みがあると思う」
ロザーリアは唇を噛む。
「兄上は、回復魔法が使えるではないか。それでは……」
クラウスが言う。
アルフレッドは首を横に振った。
「時間が経ちすぎている。すぐならば、もっときれいに治せたかもしれぬ」
一番悔しいのは、アルフレッド自身なのだとわかり、クラウスは口をつぐんだ。
「体の傷は、時間をかければ癒えるだろう。だが、心はわからぬ」
アルフレッドは重く言う。
「今は妊娠の可能性がある以上、強い薬や処置は避ける。
傷薬だけを侍女に渡した。あとは、様子を見るしかない」
そして、エリアスをじっと見つめる。
近づき、耳元でそっと告げた。
「そなたも、何か抱えているようだな。医学的なことなら相談に乗れる」
エリアスは驚いた。
「私は、その方面も学んでいる。海外の症例も見てきた。力になれると思う」
「……私は、病気なのですか?」
「そうではない。生まれついてのものだ」
「なぜ、わかるのです?」
「人の在り方は、身体だけでは測れぬ。医師として、そういう人々を見てきた」
アルフレッドは淡々と言った。
「己を責めることではない」
エリアスの表情が真剣になる。
「……今は、私のことより、あの子をお願いいたします」
「わかった。また一週間後に来る。ただ、私にできることは多くない」
「それでも、お願いいたします」
アルフレッドはうなずき、屋敷を後にした。
アルフレッドがカトリーナの状態を説明するところ、私が最初書いたのはチャットGTPの校正で見事に却下されました
私は報道等で「いたずら」とか表現され、軽く扱われがちな性暴力に対する、現実をこの作品で訴えたかったのですが、
「気持ちはわかりますが、作品の話の流れとは関係ない」
とぶった切られました・・・・
まあ、そうなんですけどね・・・・
お読みいただきありがとうございます




