奪われたもの
この回は間接的ですが、刺激が強いのでご注意ください
※本作は『皇女の帰還―約束の耳飾り―』の前日譚にあたる外伝です。
※本編をお読みになってからの閲覧をおすすめいたします。
※本編よりも重い描写やつらい場面が含まれる場合があります。該当する話には、前書きにて個別に注意書きを記載いたします。
ある日のことだった。
その日、エリアスは城で執務にあたり、ロザーリアも騎士の訓練に参加していた。
「国王陛下が、カトリーナをお呼びだそうだ」
公爵が静かに告げる。
「……カトリーナはまだ十四歳になったばかりです。お話し相手など務まりますでしょうか」
夫人は険しい顔で夫を見る。
「唯一の孫娘だから、会いたいそうだ」
「……そう、ですか」
夫人の胸に、言いようのない不安が広がる。
――あの夜。
「お父様が気持ち悪い」
そう言ったエリーナの言葉が、頭から離れなかった。
だが、すでに王宮からの迎えの馬車が門前に着いていた。
「断りを入れましょう」
夫人が言いかけた、その時。
「大丈夫です、お母さま」
カトリーナが明るく言った。
「私、行きます。本来ならお会いできる方ではありませんし……それに」
少しだけ笑う。
「お兄様やロザーリアお姉さまのお仕事姿も見られるかもしれませんし」
公爵は一瞬ためらい――
「……くれぐれも失礼のないように」
そう言うしかなかった。
「はい。行ってまいります」
――この瞬間を。
夫人は、後に何度も思い返すことになる。
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空が夕焼けから、ゆっくりと闇に沈み始めていた。
「……遅いわ」
夫人は玄関の前を行き来していた。
「様子を見に行きましょうか」
執務から戻ったエリアスが言う。
「今日、陛下は公務に出ておられませんでした。まさかカトリーナを呼んでいたとは……」
ロザーリアも顔色が優れない。
「私が空から様子を見てきます。何かあったのかもしれません」
そう言って手を上げかけた、その時――
一台の黒塗りの馬車が、門前に止まった。
「……あれか」
エリアスが眉をひそめる。
「だが、なぜ黒塗りの馬車だ……?」
夫人の鼓動が、激しくなる。
息が詰まるようだった。
馬車の扉が開く。
最初に降りてきたのは、王宮付きの女官。
そして――
カトリーナが、女性騎士に抱えられて降ろされた。
目は虚ろで、焦点が合っていない。
毛布に包まれていた。
「カトリーナちゃん!」
ロザーリアが駆け寄り、抱き取る。
呼びかけても、反応はない。
「……何があった」
エリアスが女官に詰め寄る。
女官は顔を伏せたまま答えた。
「医師の診察を受けておりました……」
「医師? 怪我でもしたのか?」
女官は、わずかに震えた。
そして、顔を上げる。
決意したように。
「……陛下が、手をお出しになりました」
その言葉に――
空気が凍りついた。
「……は?」
エリアスの声が低くなる。
「この子は……まだ十四だぞ」
「……事実でございます」
女官の目にも涙が滲んでいた。
「これ以上は……申し上げられません」
そう言って深く頭を下げると、馬車に乗り込み去っていった。
夫人はその場に崩れ落ちた。
「母上!」
エリアスが支える。
「中へ……とにかく中へ」
ロザーリアが言う。
「医師を呼びましょう」
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診察に来た医師は、すでにカトリーナを診た者だった。
「……強い精神的衝撃により、意識が混濁しております」
重い声で言う。
「回復するかどうかは……わかりません」
エリアスの拳が震える。
「そんな話で済むか……!」
机を叩いた。
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公爵が戻ってきたのは、深夜だった。
「父上!」
エリアスが声を荒げる。
「どういうことですか! 母上は倒れ、カトリーナは……!」
公爵はゆっくりと外套を脱ぎ、ソファに座る。
「……決断が遅れた」
静かに言った。
「本日、家臣全員の総意で、陛下の廃位が決定した」
「明日、正式に発表される。兄上が王位に就く」
エリアスは息を呑む。
「……なぜ、もっと早く」
「……私の責任だ」
公爵は目を閉じる。
「まさか……孫娘に手を出すとは」
夫人が起き出し、その場に崩れ落ちる。
「私が止めるべきでした……!」
ロザーリアが駆け寄り、抱きしめる。
「お義母さま……」
声が震えていた。
「……命は、奪われていません」
必死に言葉を紡ぐ。
「カトリーナちゃんは、強い子です」
涙がこぼれる。
「時間はかかっても……きっと、戻ってきます」
自分に言い聞かせるように。
「今は……どうすれば回復するのか、それを考えましょう」
ロザーリアも、涙を止めることができなかった。
続きます・・・
書いていて、すごくつらかった場面です
お読みいただきありがとうございます




