第9話:静けさは優しい
話さなくても平気になったことが、少しだけ怖かった。
朝なのか、夜なのか、こねずみには、もう、よくわからなかった。
ふくろうの いえでは、時間は、音を立てない。
目を開けても、暗さは変わらず、閉じても、暗さは変わらない。
それでも、眠っていたことだけは、体が覚えている。
胸の奥が、軽い。
軽すぎて、少し、不安になる。
部屋の中には、
夜のともだちがいる。
いる、というより、同じ空気に溶けている。
視線が合っても、言葉はない。
それで、困らない。
困らないことが、こわい。
こねずみは、壁にかかった絵の前に立つ。
途中で終わった森。
途中で終わった空。
途中で終わった誰かの横顔。
続きを、描きたくなる。
でも、手は、動かない。
ここでは、続きを描かなくても、完成している。
完成してしまっている。
胸の奥が、きゅっと、縮む。
夜のともだちが、そばに来る。
来た、という感じはしない。
ただ、気配が重なる。
毛布が、また、肩に触れる。
あたたかい。
それだけで、「だいじょうぶ」という意味が、伝わってくる。
だいじょうぶ。
その言葉は、やさしい。
でも、やさしさは、長く触れていると、自分の声を、小さくする。
こねずみは、小石を、探す。
ポケットに、あったはずの、冷たい石。
指が、空を掴む。
ない。
胸の奥が、ひやりとする。
さっきまで、あったはずの、自分を確かめる重さ。
代わりに、夜が、やさしく、寄り添ってくる。
──ここにいれば、もう、探さなくていい。
その考えが、浮かぶ。
浮かんだ瞬間、胸の奥で、なにかが、小さく、はねた。
いやだ。
はっきりと、そう思ったわけではない。
ただ、このままでは、なくなってしまう、という予感。
名前も、声も、帰り道も。
ふくろうが、近くにいる。
見なくても、わかる。
こねずみは、ふくろうのほうを、見上げる。
ふくろうは、何も言わない。
その沈黙は、やさしい。
そして、残酷でもある。
ふくろうは、夜を守る。
守るということは、選ばせない、ということでもある。
こねずみは、床に、座り込む。
静けさが、すぐそばまで、来る。
手を伸ばせば、包まれてしまいそうだ。
しずけさは、やさしい。
やさしすぎて、抗う理由を、奪ってしまう。
遠くで。
とても、遠くで。
風が、ひとつ、鳴った。
小さな、ほとんど、聞こえない音。
でも、その音だけが、胸の奥に、引っかかる。
こねずみは、耳を澄ます。
夜のともだちは、何も言わない。
ふくろうも、鳴かない。
それでも、その音は、消えない。
しずけさの底に、小さな、裂け目のように、残り続ける。
こねずみは、その裂け目を、怖いと思った。
そして、少しだけ、ほっともした。
怖い、という気持ちが、まだ、残っている。
それだけで、自分が、まだ、ここにいる、とわかったから。
しずけさは、やさしい。
でも、やさしいままでは、いられない。
そのことを、こねずみは、まだ、言葉にできないまま、胸にしまった。
夜は、何も答えない。
ただ、深く、息をしていた。




