第8話:ふくろうの家
家はあたたかく、あたたかさは、ときどき輪郭を奪う。
扉の向こうは、すぐに夜ではなかった。
暗いのに、見える。
静かなのに、音がある。
こねずみは、一歩だけ、中に入った。
床は木だ。
少し古い。
でも、きしむ音はしない。
足の裏が、ふっと、ほどける。
あ。
それだけで、ここが、外とは違うとわかった。
スープの匂いがする。
鍋の音はしない。
火の音もしない。
それなのに、あたたかいものがある、という匂いだけが、空気に混じっている。
壁には、絵がかかっている。
途中で、終わっている絵。
森の絵。
空の絵。
誰かの横顔。
どれも、続きを描こうとして、やめた跡がある。
時計があった。
丸い。
大きくも、小さくもない。
針は、七時を指したまま、動いていない。
止まっている、という感じではなかった。
進む必要がない、という顔をしている。
こねずみは、思わず、深く息を吸う。
胸の奥が、じんわり、ひろがる。
ここにいれば、探さなくていい。
呼ばなくていい。
答えなくていい。
その考えが、浮かんだ瞬間、胸が、少しだけ、ちくりとする。
やさしすぎる。
このあたたかさは、長く触れていると、自分の形を、忘れてしまいそうだ。
「……」
声を出そうとして、やめる。
声を出さなくても、通じてしまう。
それが、少し、怖い。
部屋の奥に、気配がある。
姿は、はっきりしない。
けれど、夜のともだちだと、すぐにわかった。
笑っている。
声はない。
目が合うと、胸の奥が、すうっと軽くなる。
軽くなりすぎて、自分が、薄くなる。
毛布が、肩にかけられる。
誰が、かけたのかは、わからない。
毛布は、夜の色をしている。
黒でも、青でもない。
触ると、名前が、遠ざかる。
──このまま、眠ってしまえばいい。
そう思ったとき。
扉の外で、風が、ひとつ、鳴った。
遠い。
とても、遠い。
でも、確かに、呼ばれている。
こねずみは、毛布を、ぎゅっと握る。
あたたかい。
そのあたたかさの中に、小さな、冷たさが混じる。
帰りたい、ではない。
帰らなきゃ、でもない。
ただ。
忘れてはいけない、という感じ。
ふくろうが、部屋の隅に立っている。
立っている、というより、影になっている。
ふくろうは、何も言わない。
言わないまま、翼を、少しだけ、広げる。
それは、止める合図でも、進める合図でもない。
待つ、という合図。
こねずみは、毛布に、顔をうずめた。
眠い。
とても、眠い。
それでも、胸の奥の、小さなざわめきは、消えなかった。
家は、あたたかい。
そして、あたたかさは、ときどき、輪郭を奪う。
こねずみは、そのことを、まだ、言葉にできなかった。
ただ、夜が、少しだけ、深くなったことだけは、わかった。




