第3話:扉はまだ見えない
ふくろうは、来ていない者の気配を、先に感じていた。
森の夜は、いつもより、少し深かった。
木々は動かない。
風も、急がない。
それでも、空気だけが、ひと呼吸ぶん、余分に満ちている。
──また、だ。
ふくろうは羽をたたみ、幹の高い場所から、森の底を見下ろした。
誰も来ていない。
足音もない。
枝も揺れていない。
それなのに、来かけている、という気配だけがある。
人の子だ。
まだ、ここには立っていない。
でも、胸の奥のどこかが、すでに夜に触れている。
ふくろうは、それを知っている。
鳴くべきか、鳴かざるべきか。
その判断は、いつも少し、遅れる。
早すぎれば、夜は深くなりすぎる。
遅すぎれば、扉は、気づかれないまま閉じてしまう。
ふくろうは、森の呼吸に耳を澄ませる。
吸う。
吐く。
遠くで、誰かの夢が、形を持ちかけている。
それは、光でも、闇でもない。
ただ、迷いに近い。
ふくろうは、羽の内側にある、古い記憶に触れそうになって、やめた。
思い出せば、役目が揺らぐ。
役目は、思い出すためのものではない。
守るためのものだ。
ふくろうは、小さく、鳴いた。
ほう。
それは呼び声ではない。
命令でもない。
森に向けた、合図だ。
今夜、入口を整える。
木々の影が、ほんのわずかに、円を描く。
道は、まだ、できない。
できてしまえば、進めてしまうから。
止まった時計の幻が、一瞬だけ、夜の底に浮かぶ。
七時。
針は動かない。
ふくろうは知っている。
時間が止まっているのではない。
進まなくていい場所が、今夜も、保たれているだけだ。
森の外で、人の子が、眠りに落ちる気配がする。
夢が、こちらへ向かってくる。
ふくろうは、翼を広げた。
迎える準備をする。
だが、扉は、まだ、見せない。
見せるには、早すぎる。
今夜は、静けさだけで、いい。
ほう。
夜は、その鳴き声を受け取って、もう一段、深く息をした。




