第2話:光の粒
胸の奥に、まだ名前のないあたたかさが残っていた。
朝になっても、それは消えなかった。
目を開けた瞬間、昨日と同じ天井があって、同じ朝の光が差しているのに、胸の奥だけが、夜のままだった。
起き上がる。
服を着る。
顔を洗う。
いつものことを、いつもの順番でやっているはずなのに、どれも少しずつ、遠い。
歯ブラシの音が、水の音が、外を走る車の音が、全部、膜を一枚はさんで聞こえる。
──へんだ。
そう思ったとき、胸の奥が、また、きゅっとする。
あの夜の、ほう、という音。
思い出そうとしただけで、あたたかさが、少しだけ強くなった。
学校の机に座っても、ノートを開いても、その感触は、ずっとそこにいる。
字を書こうとすると、ペン先が止まる。
白いページに、なにも考えずに、丸をひとつ、描いてしまった。
丸は、少し歪んでいた。
消そうとして、やめる。
なぜか、消してはいけない気がした。
昼の音は、たくさんあった。
話し声。
笑い声。
チャイム。
それでも、どれも胸には届かない。
代わりに、夜の静けさだけが、ずっと、内側で息をしている。
──はやく、よるにならないかな。
その考えに、自分で少し驚いた。
夜は、眠る時間だったはずだ。
なのに今は、夜を、待っている。
夕方。
空が、ゆっくり色を変える。
昼と夜のあいだ。
どちらでもない時間。
そのとき、胸の奥のあたたかさが、小さく、動いた。
ころん、と。
粒みたいに。
手で触れたわけでもないのに、確かに、そこに「形」があった。
ひかり、と呼ぶには、弱すぎる。
でも、暗さでもない。
名前がないから、ただ、つぶ、と呼ぶことにした。
窓の外を見る。
森は、まだ、ただの森だ。
木は立っていて、影は影のままで、なにも起きていない。
それなのに。
森の奥が、少しだけ、深く見えた。
まるで、昨日よりも、距離が近づいたみたいに。
夜が、落ちてくる。
その瞬間、胸のつぶが、また、あたたかくなる。
ほう。
今度は、音はしなかった。
でも、聞こえた気がした。
声ではない。
言葉でもない。
それでも、確かに、呼ばれている。
窓の向こうで、夜が、息を吸う。
扉は、まだ、見えない。
けれど。
このまま眠ったら、夢のほうが、こちらへ来る。
そんな気がして、布団の中で、目を閉じた。
胸のつぶは、静かに、光のまねごとをしていた。




