第1話:窓の向こうの静けさ
本作「夜のとびら Light Nobels版 ~ 静けさの外へ ~」は、短編小説(エピソード0〜9)の内容を再構成し、ライトノベル化したリメイク版にあたる物語です。
◆シリーズ案内
https://note.com/generativeworks/n/n7405ce948462
――夜を、通ってきたあなたへ
この物語は、「夜に迷い込む物語」ではありません。
夜を、通っていく物語です。
人はときどき、暗くなったから立ち止まるのではなく、静かになったから、足を止めます。
音が減り、言葉が追いつかなくなり、説明する気力もなくなったとき。
そのときに立ち上がるものを、私たちは便宜的に「夜」と呼んできました。
夜は、こわい場所でも、悪い場所でもありません。
むしろ、守ってくれる場所です。
考えすぎなくていい場所です。
「わからないままでも、ここにいていい」と許してくれる場所です。
けれど、夜はずっと居続けるための場所ではありません。
この『夜のとびら』ライトノベル版は、原作小説(EP0〜EP9)で描かれてきた
夜の起源、夜のともだち、ふくろうのいえ――それらを土台にしながら、「夜の中で何が起きたか」よりも「夜を経て、どう歩き出せるか」という感覚に焦点を当てて再構成されています。
主人公のこねずみは、特別な使命を与えられた存在ではありません。
強くも、賢くも、選ばれてもいません。
ただ、静けさに気づき、小さな光を拾い、自分の歩幅を、自分で調整する存在です。
この物語には、派手な展開も、明確な答えも、はっきりした教訓も、ほとんどありません。
• 行間
• 沈黙
• 言い切らない文
• 空白の時間
それらは、説明不足ではなく、あなたが立ち止まれる場所として意図的に残されています。
もし、読み進める途中で、
「よく分からないけれど、落ち着く」
「言葉にできないのに、胸に残る」
「急がなくていい気がする」
そんな感覚が生まれたなら、それで十分です。
この物語は、理解されることを目的にしていません。
評価されるためでも、納得されるためでもありません。
ただ、夜を通ってきた誰かが、次の一歩を踏み出す前に、少し呼吸を整えるための場所であればいいと、考えています。
夜のとびらは、開け閉めするものではありません。
必要なとき、そこにあるだけのものです。
どうか、この本を「最後まで読まなければならない物語」だと思わずに、手に取ってください。
途中で閉じても、数話だけ読んでも、しばらく放っておいても、構いません。
夜は、追いかけてきません。
そして、この物語も、あなたを前へ押しません。
それでも、読み終えたあと、ほんの少しだけ歩けそうな気がしたなら。
それが、この本の、いちばんの役目です。
夜を、通ってきたあなたへ。
ここは、一度、立ち止まってもいい場所です。
前作から応援してくださった読者の皆さま、そして、今作から読んでくださる新しい読者の皆さまに、心より感謝申し上げます。
前作の執筆中からずっと練っていた構想を、ようやく形にできました。
これまで以上に広がる世界と人物たちの選択を、どうぞ見届けてください。
その夜、暗くなったのではなく、静かになった。
窓の外は、いつもと同じ森だった。
同じ木の影。
同じ黒さ。
それなのに、音だけが先に引いていった。
遠くの車の気配も、家の中の時計の音も、誰かが少しずつ、毛布をかけていくみたいに、
ひとつずつ消えていく。
息をすると、息の音だけが、やけに大きい。
──しずかだ。
その言葉を思い浮かべた瞬間、胸の奥が、きゅっと縮んだ。
怖い、とは違う。
寒い、でもない。
ただ、気づいてしまった、という感じだった。
窓ガラスに手を置く。
冷たいはずなのに、今夜は、そうでもなかった。
森が、こちらを見ている気がした。
見ている、というより、待っている、に近い。
「……」
声を出そうとして、やめる。
声を出すと、この静けさが壊れてしまいそうだった。
そのとき。
ほう。
遠くで、低い音がした。
風の音ではない。
鳥の声とも、少し違う。
ほう。
ほう。
胸の奥が、小さく、あたたかくなった。
理由は、分からない。
でも、その音が「だいじょうぶだよ」と言っているように感じた。
まぶたが、重くなる。
眠くなった、というより、呼吸の速さを、変えられたみたいだった。
布団に潜り込む。
天井のしみが、いつもより遠い。
ほう。
音は、もう聞こえない。
でも、胸の奥に、なにかが残っている。
それは光だった。
はっきり光ってはいない。
粒みたいで、触れたら消えてしまいそうな、小さなあたたかさ。
名前は、ない。
ただ、そこにあった。
まぶたの裏で、森が揺れる。
木々の間に、まあるい影がひとつ、浮かんだ気がした。
扉かどうかは、分からない。
まだ、見えていない。
でも。
その夜、夢は、こちらへ来た。
そして、静けさは、眠るまで、離れなかった。




