第4話:夜の詩の始まり
声ではなかったのに、呼ばれたとわかった。
森に立っていた。
立っている、というより、そこに置かれていた、に近い。
足の裏が、土を踏んでいる感覚だけは、はっきりしている。
冷たくもない。
あたたかくもない。
ただ、やわらかい。
見上げると、木々の間から、小さな光が落ちてくる。
星ではない。
月でもない。
夜そのものが、細かく砕けて、降ってきているみたいだった。
「……」
声を出そうとして、また、やめる。
ここでは、声は、先に溶けてしまいそうだった。
かわりに、胸の奥のつぶが、静かに震える。
それに合わせて、森が、息を合わせる。
すう。
はく。
風が、歌いはじめた。
旋律はない。
言葉もない。
それでも、うた、としか呼べない。
耳で聞く前に、背中が、先にそれを受け取る。
肩が、少しだけ軽くなる。
──ここにいていい。
誰かが、そう言った気がした。
振り向く。
そこには、ふくろうがいた。
いつから、いたのかは、わからない。
大きくもない。
小さくもない。
ただ、夜にちょうどいい大きさ。
目が合った、とは思わない。
ふくろうの目は、こちらを見ていない。
森の奥と、空の底と、時間の裏側を、同時に見ている。
ほう。
音が、胸に落ちてくる。
落ちた瞬間、足元に、淡い光の輪ができた。
輪は、道にならない。
進め、とも、止まれ、とも言わない。
ただ、ここから始まる、とだけ告げている。
ふくろうは、翼を少し動かした。
その動きに合わせて、森の影が、ゆっくり、形を変える。
木と木のあいだに、水面のような揺らぎが生まれる。
近づくと、そこに映っているのは、自分の顔ではなかった。
目の奥に、ふくろうがいる。
見られている、という感じではない。
一緒に見ている、という感覚。
怖さは、なかった。
かわりに、胸の奥が、じんわりと痛む。
なつかしさに、よく似た痛み。
ふくろうは、何も言わない。
言わないまま、夜のうたが、少しだけ、深くなる。
森が、こちらに一歩、近づいた気がした。
足は、まだ、動かない。
でも。
夢は、もう、引き返さない。
ここが、入口だ。
そう、説明されることはない。
それでも、わかった。
よるの うたは、始まってしまった。
そして、それは、止められるものではなかった。




