第15話:日々の外側
割れ目の向こうは、いつも思っているより近い。
夜の奥で、ひびは、静かに、広がっていた。
広がっている、というより、待っている。
こねずみは、その前に、立っている。
前に、という表現が、正しいのかは、わからない。
距離は、測れない。
でも、確かに、ここではない場所が、ある。
ひびの向こうから、風が、来る。
夜の風ではない。
少し、乾いていて、少し、冷たい。
胸の奥が、それに、反応する。
懐かしい、というほど、はっきりしていない。
でも、忘れていた、という感じが、強い。
こねずみは、手を、伸ばす。
触れられない。
ひびは、光ではなく、境界だ。
越えようとすると、形が、きつくなる。
胸が、詰まる。
呼吸が、少し、乱れる。
夜は、それを、止めない。
止めないことで、選ばせている。
──外に、行きたい?
問いは、声にならない。
こねずみは、答えを、探す。
行きたい。
でも、行ってしまえば、この夜は、変わる。
夜のともだちは、このひびを、越えられない。
ふくろうは、境界の内側に、留まる。
そのことが、胸に、重く、落ちる。
守られる、ということは、一緒には、行けない、ということだ。
こねずみは、ひびに、背を向ける。
一度。
それだけで、胸が、少し、軽くなる。
でも、背中が、熱い。
見られている、という感覚。
夜そのものが、見ている。
責めてはいない。
ただ、覚えておけ、と言っている。
こねずみは、歩き出す。
ひびから、離れる。
離れるほど、風は、弱くなる。
弱くなるのに、消えない。
それが、不思議だった。
風は、距離では、消えない。
記憶と、同じだ。
夜のともだちが、近づいてくる。
やさしさが、戻る。
でも、さっきより、少し、重い。
それでいい。
軽すぎるやさしさは、留めてしまう。
重さのあるやさしさは、送り出す。
こねずみは、その違いを、体で、覚え始めていた。
振り返る。
ひびは、まだ、そこにある。
閉じていない。
広がってもいない。
待っている。
こねずみは、ひびに、小さく、うなずく。
今は、行かない。
でも、忘れない。
忘れない、という約束は、夜に、ひとつ、影を落とす。
その影は、道になる。
まだ、見えない道。
こねずみは、その道の気配を、胸に残したまま、夜の中心へ、戻っていった。
夜は、何も言わない。
ただ、ひびの外側で、風を、止めずに、吹かせていた。




