第14話:迷いの形
迷うという形は、決して一つではない。
夜は、まっすぐではない道を、何本も、同時に、用意している。
どれを選んでも、間違いではない。
でも、どれを選んだかで、戻り方が、変わる。
こねずみは、家の外縁に、近づいていた。
外、といっても、外に出られるわけではない。
ただ、境目が、薄くなる場所。
空気が、少し、ざらつく。
夜のともだちは、ここには、来ない。
来ないのではなく、来られない。
境目は、彼らにとって、形を、持ちすぎている。
床に、細い線が、走っている。
傷のようで、道のようで、どちらでもない。
こねずみは、その線に、沿って、歩く。
歩くたび、線が、わずかに、揺れる。
揺れるけれど、消えない。
──迷いは、消えない。
なぜか、そう思った。
消えないからこそ、形を、探す。
曲がり角が、現れる。
右へ行くと、音が、少なくなる。
左へ行くと、匂いが、濃くなる。
どちらも、夜だ。
どちらも、正しい。
こねずみは、立ち止まる。
胸の奥で、小さな、重さが、左右に、揺れる。
重さは、教えてくれない。
ただ、揺れるだけ。
こねずみは、左へ行く。
理由は、ない。
理由がない、という選択が、今は、必要だった。
匂いは、土と、木と、少しの、湿り気。
懐かしい、とも、言えない。
でも、遠ざかっていた、何かに、近づく感じがする。
道は、すぐに、細くなる。
足を、踏み外しそうになる。
怖さが、胸に、生まれる。
怖さは、形を、はっきりさせる。
輪郭が、戻る。
こねずみは、自分の、足先を見る。
ちゃんと、床に、触れている。
触れている、という感覚が、はっきりする。
それだけで、少し、安心する。
道の先に、小さな、ひび割れがある。
向こう側に、別の夜が、見える。
今いる夜より、少し、明るい。
でも、そこへは、渡れない。
ひび割れは、幅が、足りない。
渡れないことが、わかると、胸の奥が、きゅっと、縮む。
──まだ、だめ。
誰かに、言われたわけではない。
夜が、そう言っている。
こねずみは、その場に、座る。
迷いは、進むことでも、戻ることでもない。
留まる、という形も、ある。
息を、する。
夜が、応える。
息と息が、重なると、時間が、少し、動く。
ほんの、わずかに。
その動きが、胸に、伝わる。
こねずみは、立ち上がる。
来た道を、戻る。
戻ることは、負けではない。
迷いは、回収されないまま、残る。
残った迷いが、次の道を、つくる。
それでいい。
夜のともだちが、遠くに、見える。
安心した、ような、していない、ような。
こねずみは、その中間の気持ちを、そのまま、抱える。
迷いは、解決しない。
でも、形を、持った。
それだけで、今夜は、十分だった。
夜は、迷いの形を、壊さない。
壊さないから、迷いは、次の夜へ、つながっていく。
こねずみは、そのことを、言葉にしないまま、静かな呼吸の中へ、戻っていった。




