第11話:夜の友達
幸せは静かで、静かすぎると時間が眠る。
朝、という言葉が、ここでは意味を持たない。
目を開けても、閉じても、同じ夜がある。
それでも、起きている、という感覚だけは、体に残っていた。
こねずみは、家の中を歩く。
歩いている、というより、漂っている、に近い。
床の音は、しない。
壁に触れても、冷たくない。
すべてが、ちょうどよく、抵抗を消している。
夜のともだちは、そこにいる。
はっきりした形はない。
影のようで、影よりも、やわらかい。
目が合うと、胸の奥が、ふっと軽くなる。
言葉は、いらない。
ここでは、気持ちが、先に届く。
「だいじょうぶ」
そう言われた気がして、安心する。
安心してしまう。
それが、少し、怖い。
夜のともだちは、遊びを持ってくる。
積み木。
小さな石。
丸い木の実。
どれも、使い方を教えてくれない。
でも、手に取ると、自然に、遊べてしまう。
考えなくていい。
間違えても、誰も、困らない。
時間が、伸びる。
いや、溶ける。
どれくらい経ったのか、わからない。
でも、疲れない。
疲れないことが、少しだけ、不安だ。
こねずみは、積み木を、ひとつ、積み上げる。
次を、置こうとして、手が止まる。
なぜか、置いてはいけない
気がした。
夜のともだちは、見ている。
止めない。
急かさない。
ただ、完成しなくていい、という空気を、保っている。
完成しない。
終わらない。
それは、やさしい。
でも、終わらないということは、進まない、ということでもある。
胸の奥で、小さな、重さが、戻ってくる。
こねずみは、それを、嫌だとは思わなかった。
嫌ではない。
ただ、必要だ、と思った。
夜のともだちのひとりが、そばに来る。
触れられた、という感覚はない。
それでも、肩のあたりが、あたたかい。
目を閉じると、声がする。
声ではない声。
──ここにいれば、きずつかない。
その言葉に、胸が、少し、揺れる。
傷つかない。
それは、魅力的だ。
でも。
こねずみは、小石の感触を、思い出す。
冷たくて、硬くて、確かだった重さ。
今、その重さは、どこにもない。
代わりに、やさしさが、ある。
やさしさが、満ちている。
満ちすぎて、あふれない。
あふれないから、動かない。
時間が、眠っている。
こねずみは、夜のともだちを、見回す。
みんな、穏やかだ。
不満も、不安も、ない。
それが、完成形なのだとしたら。
胸の奥が、ちくりとする。
ふくろうの気配が、遠くにある。
近づいてこない。
呼びもしない。
それが、問いになっている。
こねずみは、積み木を、そっと、下ろす。
完成させない。
それだけで、胸の奥に、小さな、痛みが戻る。
痛みは、まだ、弱い。
でも、確かに、生きている。
夜のともだちは、何も言わない。
言わないまま、静けさを、保つ。
静けさは、やさしい。
でも、静けさが続くほど、こねずみは、時間が眠っていることを、はっきりと感じていた。
眠った時間は、夢を見ない。
夢を見ない夜は、いつか、朝を忘れる。
こねずみは、そのことを、まだ、言葉にできないまま、胸にしまった。
夜は、答えをくれない。
ただ、眠った時間の上で、静かに、呼吸を続けていた。




