第4話 木と同化した青年
突如として包囲を完成させた無数の芋虫。
唐突な大量発生に咄嗟に反応できぬ彼らに、怪物は訓練された軍隊のように一斉に襲いかかった。
「グアッ……!」
革鎧のみを身につけたゲオルグは、頭部や首筋といった急所のみならず、腕や脚といった動きを封じる部位まで執拗に狙われた。
一方で金属鎧に身を包むメイヤは、露出した頭部を中心に、黒炎の剣を握る右腕と手指を重点的に攻撃される。
2人は呻きを上げて、力の前に膝をつく。
「鬱陶しい雑魚共め……まとめて失せろ!」
激昂した彼女は、怒りに任せて剣を振り回す。
しかし彼女の攻めに対し、芋虫は素早く噛む力を弱め、頭を引っ込めた。
統率の取れた動きに翻弄され、メイヤの貌は赤らびる。
それとは対照的に芋虫の軍隊は理性的に、次の出方をうかがい、綻びが生じるのを待っていた。
先の肩への攻撃からさほど間を置かず、魔物に攻撃されたゲオルグの包帯を巻いた肩は、、じわりと朱に染まっていく。
しかし苦悶の表情を浮かべ、全身から玉の汗が噴き出す彼に、メイヤが手を貸すことはしない。
ただただ身を守り、自らの生存にのみ重きを置いていた。
―――憎しみ合う2人とは正反対に、芋虫は集団としての戦術を見せつける。
ただ精霊のレヴェラには、軍団は敵意を示さなかった。
それどころか彼女が近づくと芋虫は手を緩め、まるで母の胸に抱かれて安堵した赤子のように、その場に伏せていく。
不可思議な光景を目にしたものたちは、身動ぎ1つせず黙り込む。
薄暗闇の空間に奇妙な静寂が訪れて、束の間、一行に思考の時間を与えた。
本来は自由のはずの芋虫が意のままに操られる異常な現象に、彼らは悟る。
芋虫たちは誰か―――笛を吹く主に制御されているのだ。
何処かに身を潜めた存在こそ、これらの昆虫とも動物とも形容できない、死の軍勢の指揮官。
ならば頭さえ討てば、統率は乱れるに違いない。
それが唯一の希望であり、勝算だった。
だが肝心のリーダーの姿は見えない。
さらには敵の数が100を超える劣勢で、どうやって勝てというのか。
勝ち目のない戦いに身を投じるのは愚策。
撤退の判断をするのは、至極当然だった。
ゲオルグとメイヤ、そしてレヴェラは生き延びるのを最優先に、誰が言うでもなく出口を目指して動き出す。
「邪魔だ、失せろッ! 怪物共めが!」
メイヤは全身を回転させるように剣を振り回し、黒い炎をまとった刃で芋虫たちを牽制した。
止まる瞬間に軸がぶれるコマのように、徐々にではあるが、彼女は扉へと近づいていく。
炎と気迫に怖気つき、メイヤから遠ざかる魔物を見て
「駄目だよ、戦っちゃ! この子たちが怖がってるもん」
レヴェラが叫ぶも
「……なんだと。むざむざコイツらの餌になれとでもいうのか! 妖精、オマエはどちらの味方だ! 返答次第ではその首、刎ねるぞッ!」
メイヤの一喝が、彼女の口を封じる。
ゲオルグはというと、四方から押し寄せる芋虫の猛攻に叫びを上げ、迷宮の冷たい石床を這いながら逃げようとしていた。
無論、弱肉強食の理に生きる芋虫が、弱りきった彼に容赦などするはずもなし。
蟻が自らの居場所を正確に仲間に知らせるかのような、おびただしい血の跡を辿り、魔物は無防備な腕に、脚に魔物は牙を立てる。
痺れるような痛みに、陸に打ち上げられた魚のごとく、ゲオルグは全身を震わせて絶叫した。
だが父の形見であり、農民時代から使い続けた、錆びたピッチフォークだけは決して手放そうとはしなかった。
農民として、冒険者として、過酷な世界で生き抜く力を与えてくれたそれは、彼にとって命にも等しかった。
(……チク……ショ……ウ、指1本……まともに……動かせや……しない……)
だがゲオルグの限界は、刻一刻と迫る。
全身のあらゆる部位から血が流れ出し、視界が霞んでいく。
命の灯火が揺らぎ、怪物のきまぐれ1つで炎は消え入ると、彼自身も直感していた。
もはや立ち上がることもできず、ゲオルグは倒れ伏す。
「よし、やった……助かったんだ!」
そんな彼を一瞥すらせず、メイヤはついに出入り口付近へ着いた。
希望を見出した彼女の目に人影が映って、険しい表情は緩む。
仲間の救援かと安堵したのか足を早めて、人らしきシルエットに向かっていく。
だがよくよく考えてみれば、レヴェラがいなければ扉は開かなかった。
だとすれば誰が扉を解き放ったのであろうか?
本当にあの影は仲間なのか?
もしや外から入ったのではなく、元から中にいた〝何か〟なのではなかろうか?
歩を進める度にメイヤの中の疑念が大きくなったのか、眉を顰めた。
そして謎の影の正体を目にした彼女は、思わず後退した。
出入り口にいたのは落雷の紋様が入った、紅の外套を羽織る赤髪の青年。
手には木製の笛を持っており、一見すれば吟遊詩人の様相だ。
だがしかし青年の姿は、人ならざるものだった。
顔の半分は樹皮に覆われ、腕や脚には生きているかのように蠢く、木の根と蔦が絡みつく。
それはレヴェラや芋虫にも見られた〝世界樹との同化〟の徴であった。
驚愕した一行に、青年は静かに口を開く。
「al tafria leshnato shel shoresh ha'elah」
意味こそ理解できぬものの言葉が空気を震わせたと同時に、芋虫の大群は立ち上がって、天に何かを告げるかのように吠え猛る。
彼の登場は世界樹に広がる人跡未踏の迷宮の中に、新たな波紋を広げていくのだった。




