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世界樹の精霊〜al tafria leshnato shel shoresh ha'elah〜  作者: ?がらくた


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第3話 生命呼ぶ笛の音

突如として芋虫が、シャチホコのように体を反り返す。

すると冒険者の視線は一点に注がれた。

腹部の先には警戒を促す紅蓮の双眸、そして獣を思わせる鋭い牙を剥き出したのだ。

昆虫の種の中には蛇の眼の模様を体表に描いたもの。

そして一部には本来狩られる側の食物連鎖の底辺に位置する芋虫だのに、狩りと捕食まで行う種もいるという。

しかし、この目玉と牙は虚仮威しではない。

正真正銘、獲物を捉え、肉を食い千切るためのものだ。

逆立ちした巨大な体躯で自らを大きく見せた芋虫は、警告を告げるように胴を揺らした。

―――脅しだ。

ゲオルグらは一瞬息を呑んだ。

だが


「悪いけど、僕たちにも譲れないものがあるんだ!」


青年は怯まず、両手でピッチフォークを強く握りしめ、地を蹴って踏み込んだ。

ゲオルグの勇姿を模倣するように、メイヤは黒炎の剣を突き出し、紅の円盾を掲げながら慎重に間合いを詰める。

互いの動きに一切の連携も、仲間意識もなかった。

しかしそれでも目の前の脅威に対する本能と、世界の復興にかける真摯な願いが、彼らをかろうじて共同体に繋ぎ止めていた。


「レヴェラ、君も戦闘を……!」


ゲオルグが振り返って、後方で飛び回る妖精へ声をかけた。

しかしレヴェラは小さく首を横に動かし、


「……世界樹が、わたしに戦うなって」


(共に世界樹から生まれたなら当然か……)


その言葉に一瞬気を取られ、ゲオルグは思考した。

次の瞬間


「危ないよっ! ゲオルグ!」


レヴェラの叫びに、緊張で体が強張った。

前方を見遣ると芋虫は、まるでバネ仕掛けのびっくり箱から動物が飛び出すように体を伸ばす。

そして醜悪な貌を大きく開くと、ゲオルグの右肩に噛みついた。


「グアァァ……ッ!」


焼けるような激痛とともに、赤黒い血が地面に滴る。

だが歯を食いしばりながら痛みに抗い、ゲオルグは左手に持ち替えたピッチフォークを振り下ろした。


「ク……ソ……ッ……!」


しかし錆びついたそれは弾力ある肉体に弾かれ、手応えのないまま押し返される。

利き手ではないせいか、力任せに突き刺すのも不可能だ。

肩からとめどなく流れる大量の血は、茶色の服に滲むと服を黒に染める。

筋肉に力を込めるも電流が走ったかのような痺れが、彼の抵抗する力を奪った。

全身から汗が噴き出して呼吸を荒げる彼の視界を、痛苦が曇らせる。

戦闘の任をエリオットから与えられた肝心のメイヤはというと、古代のコロッセウムの奴隷と獣の争いを眺める貴族のように、その様子を冷ややかに静観していた。

農民の身でありながら戦場に立つ者に転身し、自らの手も足もまともに扱えぬ男に、同情の欠片すら抱かなかった。


「……無様だな」


吐き捨てるような冷徹な言葉が、石造りの迷宮に響く。


「魔物にやられようと、私は貴様など救わんぞ。自分で自分を守れぬ者は、摂理に従って骸と化す……それが自然の掟。今の我々が生きていくための法だ!」


そう言い放つと、彼女の手にある黒炎の剣が紅の輝きを増す。

唸りを上げた炎が一閃して芋虫の体を貫くと、あっけないほど容易く、ふとましい胴体を真っ二つに切り裂いた。

するとブッシャーッ、緑色の体液が噴き出して散った飛沫がメイヤの顔を濡らした。


「……穢らわしい。傍迷惑な雑魚だ」


表情を歪め、吐き気を堪えながら痰と一緒に、口に入った芋虫の体液を吐き出す。

戦場で生きてきた彼女は生物の命には興味なさげに、亡骸を見下ろした。

無機質に片を付けたあと、黒炎の剣をかざして蒸発させると、振り返ってゲオルグを一瞥し、瞳を細めた。

そして紅い唇の端を皮肉っぽく歪め


「軽蔑していた貴族に……しかも力に劣るはずの女に助けられた気分はどうだ?」


彼女の言葉は、傷口に塩を擦り込むような悪意に満ちていた。

黙っていたゲオルグに対して負傷した傷をより広げ、痛めつける拷問にも似た台詞を羅列し


「農奴といえど、男として、命を紡ぐ者としての矜持くらいあるのだろう? 役立たずで不甲斐ない自分を直視して……死にたくならないのか? 戦場での死は名誉の死だ。足手まといになる前に、早々に逝け」


ついには自死を促すような一言を漏らす。

それでもゲオルグは一言も返さなかった。

しかしながら内に秘めた憎悪を剥き出すかのごとく、充血した眼で彼女を睨んだ。

黙々と袋から取り出した布で患部を縛り、酒で傷の手当てを始める。

だが震える手では、上手く包帯を巻くことすら叶わない。


「動かないで、わたしがやるから」


レヴェラがそっと、彼の肩に手を添える。


「ありがとう、レヴェラ。人の感情は理解できないのかもしれない。けれど人の痛みに共感できるなら……それで充分だよ」


感謝の意を伝えたゲオルグに、レヴェラは恥ずかしそうにはにかんだ。

柔らかな妖精の手が彼の荒れた肌に触れたそのとき、メイヤがふと声を上げる。

芋虫の体に這う蔦の葉に、何かが蠢いたのだ。

近づくと蔦の葉には、無数の卵が産みつけられていた。

垂直に立つアーモンドのような形をしたそれの中には、小さな生命が目覚めて、孵化の瞬間を待ち望むように動き出す。

さらにはなんと、殻を破って這い出した個体までいるではないか。

この幼虫は死に満ち溢れた世界で生まれた、新たな生命だった。

物言わぬ木々や植物のみならず、昆虫や鳥、魚、巨大な獣まで消滅した世界において、それは奇跡と呼んで差し支えない。

その神秘的な光景にメイヤが見惚れているさなか、どこからともなく風に乗って笛の音が耳を震わせた。

誰が吹いているのかも定かでないが、しかし確かに肌を掻い撫でて、生命を直接刺激するような旋律。

すると笛の音に呼応したように、石の床がかすかに揺れた。

天井の割れ目、壁の蔦、床の亀裂……本来であれば生き物など存在し得ない場所から、次々に先に見た怪物と同じ芋虫が身をよじらせた。

先ほどと同等、あるいはそれ以上に巨大なクリーチャーが数十、数百を越える数で一行を取り囲む。

不可思議な出来事の連続にゲオルグは声を失って驚愕し、呼吸が浅くなる。

メイヤは剣の柄を握り締めて戦闘に備えた。

レヴェラは口を押さえたまま、目をぱちくりさせている。

この状況を切り抜ける術はあるのか。

彼らは静かに息を呑み、自然の猛威に対する、次なる一手を探っていた。

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