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世界樹の精霊〜al tafria leshnato shel shoresh ha'elah〜  作者: ?がらくた


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第4話 絡まった糸

「……団長、伝えなきゃならないことが!」

「はい、ヘクセンさん。コートさんたちが襲われてしまって……」


息を切らし、額から血を流したツァイツォが声を張り上げる。

それに賛同したゾンネの甲高い響きに、鈍痛が走る頭を抱えた。

魔物を退治して負傷したコートを抱えた2人はヘクセンらと合流するや否や、すぐさま自分たちの身に起きた出来事を伝える。

傭兵団も戦闘に重きを置く職業柄、冒険者と似たような役割をこなす。

それゆえ冒険者に必要とされる知識も、ヴルム傭兵団の団員の面々は一通り叩き込まれる。

無論、そのなかには図鑑に記載された魔物の絵や行動、生態、弱点なども含まれるのだ。

いきなり見たこともない黒の大蛇が目の前に現れて、襲われた。

真実を告げたはいいが、荒唐無稽な与太話だと思われはしないか。

冗談や誤魔化しの類は一切通用しない、ヘクセン相手に彼がおそるおそる言葉を選ぶと、意外にも


「……そうかい。まずは手のかかるあの娘を探すとしよう」


目線を流して瞳を閉じた後に頷き、あっさりとその存在を認めた。

大陸に君臨する強者らしからぬ彼女の仕草が解せず、しかし今は友人の捜索が先かと、ツァイツォは口に出かかった疑問を噛み殺す。


「ヴェファを見つけにいくよ。まったく、手間のかかる子だ」


ヘクセンの命令を聞き、世界が完全に闇に呑まれるより早く、傭兵団は行方知れずとなったヴェファを探し出す。

布団を竿に干したように木の枝にぶらさがって気絶しており、発見した傭兵は失笑を禁じ得なかった。

傭兵団の仲間たちの騒がしい言葉が森に木霊して、やがて彼女は目を覚ます。

まったく戦力にもならない醜態と、コートらが傷を負った姿を目の当たりにし、弱った獲物に喰らいつく獣のごとくトイフェルは茶々を入れた。


「おいおい、お前ら。ずいぶん派手にやられたな。無傷なのは名家の令嬢だけ。こいつらの代わりに、あんたが傭兵になった方がいいんじゃねぇか?」


その皮肉に周囲の傭兵仲間を見渡すと、数名が口を押さえる。

ツァイツォとヴェファは明らかに憤慨したが、どこかで気持ちが上の空だ。

黒の大蛇が何故襲撃してきたか、ヘクセンが何を隠しているか。

問題は1つも解き明かされていない。

怒りを燃え上がらせ、眼を曇らせるより、この違和感の正体を知りたかったのだ。




御者に怪物に襲われた顛末を話すと、彼は休んでいた馬たちに


「もうちょっと踏ん張ってくれ」


と語りかけ、立たせた。

馬にも疲れが溜まっているのを察してか、御者も釣竿のようや鞭で打って急かしたりはせず、ゆっくりと歩み続ける。

平坦ではない道をひたすらに駆ける、激しい衝撃と隣り合わせが常の旅も、今はただ心地よい。

仲間の治療を受けたコートは疲弊した体を椅子に預け、馬車の揺り籠の中で眠りにつく。

次第に夜が更けると、とある村に一行は到着した。

熱帯雨林を通り抜ける前の補給を、ここで行うという。

しかし、まずは寝床の確保が先決だ。

宿屋を借りてから長旅の疲労を癒やし、仮眠を取ると、窓から月明かりが差し込んでいる。

団長、副団長はというと、事務仕事に精を出しているようだ。

他の団員は次の旅の準備に駆り出されたようで、既に夢の世界に誘われていた。

彼らが寝静まった、この機を逃す手はない。


「ヘクセン団長、少しお話が……」


コートは意を決して団長ヘクセンの元を訪ね、扉を軽く叩く。

応対にでた彼女は不機嫌そうに


「なんだ」


と告げ、唾を飲み込み


「例の黒の大蛇についてですが……」


そう言葉を紡いだが


「何故に私がその大蛇について、知っている前提なんだ? 悪いが無駄話に割く時間はない」


すぐさま扉を閉め、対話を一方的に終わらせた。

いつもは団員が魔物の生態への理解を深める行為を、無碍にはしない。

……きっと何かを隠している。

だが、教えてはくれないだろう。

扉一枚越しの感情もわからぬまま、コートは次に向かう。

副団長ガウナー。

二対四眼の黄色い目玉模様のある黒の覆面、紅の五対十眼が刻まれた黒地の外套。

それぞれの眼が縦に規則的に並んでおり、異様な雰囲気を纏う男とも女ともしれぬ異形。

ヴルム傭兵団最古参にして、ヘクセンに次ぐ実力を持つ、人の形を成したモノにおそるおそる


「ガウナー副団長、例の大蛇のことで……」


というと、闇夜に沈むような声で一言だけ呟く。


「知るべき真実と、知るべきでない真実があるんだよ。わかるかい、コート」


拒絶とも警告ともとれる一言に、背筋に冷たい悪寒が走る。

訊きたいことはやまほどあったが、途端にそれ以上を聞くことが恐ろしくなった。

結局、両者の口から具体的なことを引き出すことは叶わず、コートは肩を落とす。




最後に頼ったのは太陽神に仕える少女ゾンネだった。

舞に反応し、焼けるように疼いた背中と不可解な痛み。

そして爆ぜるように燃えた、フレイルの鉄球。

そのすべてが自分と彼女を、ひいては謎めいた力と結びついている気がしてならなかった。


「ゾンネ様、お時間よろしいでしょうか」

「ええ」


部屋に案内された彼は大蛇と相対した際に起きた出来事を、ぽつりぽつりと話し出した。

いまだかつてない体験の言語化には時間がかかり、上手く意味のある言葉を、話せた気がしない。

しかしゾンネは馬鹿にしたりせず、真摯に応えてくれた。


「日中の舞には太陽神スパエラウロラスの権能の一端が宿っているといわれるわ。そして砂漠という荒涼とした過酷な地で生きる民を思い流した太陽神の涙が、私たちの一族が守り、次代に繋ぐ神聖なる蜂蜜。その蜂蜜に宿る力は我が家の舞で発揮され、傷を塞ぎ、腐敗を防ぎ、時に魔術的な効力を及ぼすというわ」


彼女の声は穏やかで、その甘さにコートの乾いた心が潤うようだった。

傷を癒す慈悲の力、抗菌、魔術への転用が可能だというハチミツの異能。

だが自分は〝ニヒト〟、無能力の持たざる者。

太陽神の恩寵など、自分には無縁のはずだ。


「……」


心の奥で疑問が燻る。

それでも先日の異能としか形容しようのない力の発現は、紛れもなく自身の内から生じたものだった。

もしかしたら自分の出生の中に、その理由があるのではないか。

生まれてから傭兵として生き、疑問など持たずにいた。

流血と暴力の世界が、常に隣にあった。

けれども初めてコートは―――過去を知りたい―――と。

そう願っていた。


「もし、またあの痛みが背中に起きれば……何か分かるかもしれません」


静かな決意と共に、コートはゾンネに


「ゾンネ様。舞を……お願いできますでしょうか?」


彼女は少し戸惑った様子を見せたが、やがて頷いた。


「……本当は無闇に人前で踊ってはいけない、〝火輪の舞〟と呼ばれる舞だけれど。でも、あなたが望むなら。あと堅苦しいし、ゾンネでいいわ。人前で公人としての礼儀を払ってくれればいいから」

「ゾンネ様、あっ……ごめん、ゾンネ。慣れなくて……本当にありがとう」


はにかんだ彼女が立ち上がると宿屋の階段を降り、踊り始めた。

月明かりに照らされた、誰もいない村の中。

ゾンネはそっと闇を切り裂く天体に手を伸ばし、陽の光のごとく柔らかく、ゆったりとした動きを繰り返す。

月光を帯びた白肌は神々しいまでに輝き、月が光を放っているのか、それとも彼女自身が光なのかと常識が揺らぐようだ。


「……ゾンネ、すごく綺麗だよ」

「褒めても何もでないよ。でも、ありがとう」


月並みな言葉に悪戯っぽく微笑みを見せたあと、彼女は間を置かず、踊りに集中していく。

情感を込めた切なげな瞳で、時折こちらを流し見る様は、10代の少女とは思えぬ妖艶さだ。

その姿を前にして彼女の色気が原因か、はたまたそろそろ背中に変化が現れると判断してか。

自然と体は緊張し、鼓動が高まるのを感じた。

コートも無意識に背筋を伸ばし、それに備えた。

だが真夜中だからか、背中に異変はない。

痛みもなく、炎も発生せず、少年は溜息を吐く。

むしろ期待するほどに、何も得られない焦燥だけが心を締めつけた。

答えを急げば急ぐほどに糸はもつれ、苦しみだけが募る。

それでも一介の傭兵のためだけに踊る少女を眺め、彼はふと考えた。

目の前にいるのは太陽神の代弁者でも、異能の巫女でもない。

ただ1人の、笑い、悩み、迷う少女なのだと。

そして彼も傭兵でも、〝ニヒト〟でもない、1人の人間として彼女を守りたいと、心の底から思った。

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