16. 暴走の果てに
マルディシオーネの姿が、ルークの感情を逆撫でる。
あの全てを馬鹿にしたような薄ら笑い。
マルディシオンを作り出し、世に蔓延させ、エテルナを、ルークを幾度となく苦しめた女。そして、バァンの仇……。
憎い。ただ、それだけだった。
「ああ……!ああああぁぁぁぁぁ!!!!」
ルークは気付けば目の前のマルディシオーネに向かって、宝剣を振り被っていた。
二、三体のマルディシオーネの首が一気に落とされ、ズルリと全身が溶け消える。
だがその後に、また新たなマルディシオーネの姿をした触手が現れる。
斬っても、斬っても、斬っても、マルディシオーネの数は減ることはない。
「がああああああ!!!」
ルークはそれでも、目に映る全てのマルディシオーネを一体残らず殺すため、ひたすらに剣を振るい続けた。
すると突然、宝剣が燃えるように熱くなった。
「熱っ!!」
ルークはたまらずその場に剣を落としてしまう。
ふと自分の腕を見ると、ルークの腕がジリジリと再生している最中だった。
再び宝剣を拾い上げようとする。
「痛っ!?」
ルークの指先が消えた。
宝剣に触れた部分から、肉が溶けるように崩れていくではないか。
ルークは一瞬立ち止まった。だが――
「殺してヤル……」
宝剣のことなど、もうどうでもよくなっていた。
「うがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その時、フワリと後ろから誰かに抱きしめられたような気がした。
「!?」
「……ルーク……」
頭の中で優しく名前を呼んでくる。とても懐かしい声だった。我を忘れているはずだが、この声だけはハッキリとルークの耳に届いてくる。
「ルーク……落ち着いて」
振り返ると、宝剣の近くにぼんやりと今の自分とそっくりな姿が見える。
「……エテ……ルナ?」
「この場所で憎しみや怒りに呑まれてはダメよ……」
「どういう事だ!?」
「今あなたの中でマルディシオンの力が強まっている。宝剣が持てなくなったでしょう……」
エテルナの幻影は悲しそうな顔をしながら続ける。
「このままではあなたの中の封印と、私の加護もいずれは……。でも今ならまだ大丈夫。マルディシオーネに意識を囚われないで――」
「……うるさい」
ルークはボソリと俯いた。
「うるさい……!」
そして顔を上げ、エテルナを睨み付ける。
「うるさい!!うるさい!!」
伸びた爪が、エテルナの幻影を切り裂いた。
「ルーク……このままでは……」
青白い光が散り、エテルナの姿が消えていく。
それを見ても、ルークは何も感じなかった。
「……マルディシオーネ……殺ス」
再びマルディシオーネの群れに目を向ける。
群れの奥にはレイヤカースが、赤い眼球をこちらに向けていた。
ルークはひたすらに爪を振るい、あるいは魔法でマルディシオーネ達を消し飛ばしていく。
「殺ス!!マルディシオーネも……レイヤカースも……ミンナ!」
すると、マルディシオーネ達がズルズルと移動し、レイヤカースまでの道を開けた。まるで敢えて誘っているかのようだ。
普通ならば罠かもしれないと疑っていただろう。だが今のルークには、そんな判断はできなかった。
「あああああああ!!!」
ルークが腕を大きく振り抜いて魔弾を放つ。
凄まじい速さで放たれたそれは、あっという間にレイヤカースに到達するが、レイヤカースの身体に当たった瞬間に綿毛が散るように消えた。
それならば今度は直接食らわせようと、マルディシオーネが立ち並ぶ花道を駆け出す。
するとレイヤカースから触手が伸び、ルークの腕に再び絡みつく。
「ゔああぁ!!」
だが一本程度ならいとも簡単に引きちぎる。今度は数本の触手を伸ばし、両手を縛ってくる。ルークはそれを爪と牙で引き裂いた。
すると、周囲のマルディシオーネが次々と触手の姿に戻っていく。そして大波のようにうねりながら、ルークに覆いかぶさり、手足、胴体にぐるぐると絡みつき、完全に固定してしまう。
「ゔぅ……!!」
ルークがどうにか抜け出そうと藻掻いていると、レイヤカースが歪に裂けた口をさらに大きく開く。
中は今まで見てきたどの闇より暗く、まるでこれこそが魔界の入り口のようである。
そしてズルズルとルークがレイヤカースに向かって動く。
一気に飲み込む事もできるはずなのに、実にゆっくり、ゆっくりと口の中へと引き寄せていく。
抵抗もままならず、このままレイヤカースに取り込まれてしまう。
そう思ったその時、ルークにまとわりついていた触手がどろりと溶けて消えた。
「がああああああ!!!」
と同時に身体中をとんでもない熱さと痛みが襲う。
「ルーク様!!しっかりして!!」
そこには、宝剣を手にしたラティエがルークにしがみついていた。触手が全てルークに集中し、隙ができていたのだ。
メガルダンドの鎧で守られているおかげか、溶ける速度は落ちているものの、ルークの身体はまだ宝剣を拒絶していた。
「ちか……ヨルナ……!!」
「嫌ですわ!」
「うう……ああぁぁ……!!」
ルークは暴れるように悶えるので、ラティエも尚更キツくルークを抱きしめる。
「ルーク様……!!バァンさんは無事ですわ!生きてますのよ!!」
「……バァ……ン?」
「そう!!バァンさん!」
「バァン……の……カタ……キ!!」
「ちっがーうっ!!生きてるんですってばっ!!」
ラティエはそう言って宝剣を無理矢理ルークに見せる。
「ルーク様の回復魔法で一命は取り留めてますわ!」
「……バァン……は……生き……て」
「そう!!」
ルークの動きが止まった。ラティエはさらに畳み掛ける。
「ルーク様、思い出して……!ラティエ達が何のために戦ってるのかを……!」
「何のため……って……」
「ラティエ達の学校で皆が待ってましてよ!」
「……ばあちゃん……校長……先生……。俺……」
ラティエがルークに宝剣を持つように促す。
ルークは少し宝剣を見つめた後、恐る恐る指先を伸ばした。
指先が触れる。
「……」
何も起こらない。
そのまま、指も、手も、何事もなく柄を握ることができた。
「あ……」
「バァンさんとラティエがわざわざ拾ってきてあげたんですからね!今度は落とさないでくださいまし!」
ラティエはそう言ってにっこりと笑った。




