15. 悪夢の軍勢
バァンが見据える視線のその先には、弾き飛ばされ横たわる宝剣があった。
だがそう簡単に拾いに行かせてはもらえない。
ルークが作った道はすでに、再生した触手で埋め尽くされていた。
「バァンさん!」
ラティエがバァンの斧にかかっている魔法へ、さらに自らの魔力を重ねる。すると、斧の刃が強く輝き、その切れ味が増した。
「ナイスだぜラティエぇぇ!!」
バァンは触手に突っ込んでいくと、がむしゃらに斧を振るい、宝剣へと無理矢理に突き進む。
斧が振るわれるたび、触手が次々と切り裂かれ、その隙に身体をねじ込んでいく。
触手が再生し再び迫ってくれば、それもまた切り裂いていく。
捌ききれない触手が頬を掠め、肩を打とうともバァンは止まらなかった。
「邪魔すんじゃねぇぇぇ!!」
傷を負うことすら構わず、ただ宝剣だけを目指して突き進む。
そしてついに、伸ばしたバァンの手が宝剣を掴んだ。
「取った……!ルーク!!」
「やりましたわ!!」
後はルークに渡すだけだ。
だがやはり触手が分厚い壁となって立ちはだかる。
周囲の触手が一斉に蠢き、バァンとルークの間を塞ぐように、触手が次々と集まってきていた。
その影響で、バァンとラティエの間からは触手が引いている。
「くぁ〜!!もう次から次へと!!ラティエぇ!!」
「へぁいぃ!?」
バァンに怒鳴られるように呼ばれた為、ラティエは面食らい、思わず妙な返事をしてしまった。
何かやらかしてしまったかと慌ててバァンの元に向かう。
「お前、爆発する系の魔法は使えたよな!?」
「え!?あ、はい。回復魔法以外なら一通りできますわ……?」
ラティエはまた怒鳴られやしないかと慎重に答える。
「よし、なら――」
「で、でも触手に効くかどうか――」
「それを俺に向けて撃て!」
「……は?」
バァンの言葉を聞いた途端、ラティエだけ時が止まったようになる。
「だーかーら!俺に向けて――」
「聞こえてますわ!何で今バァンさんを攻撃する必要がありますの!?」
「手っ取り早くルークの所に行くにはもうこれしかねぇ!ふっ飛ばされた勢いでルークの所まで飛んでいく!この剣は触手も避けていくんだ。身体の前に構えりゃ、きっと道ができる!」
「飛行魔法を使えばいいじゃないですの!」
「ルークと同じ展開になるだけだ!もっと速さが要るんだっての!」
「でも!でも……もし上手くいかなかったら……!他に何か……」
ラティエは一瞬で思考を巡らせるが、あまり考えている時間は無い。こうしている間にもルークは、レイヤカースの肉体へ引き寄せられている。
抵抗はしているようだが、首を絞められたままの為、ルークの意識も限界が近付いていた。
「ラティエ!早く!!
大丈夫、メガルダンド様の鎧だ。多少の魔法じゃびくともしねぇよ!!」
バァンがラティエに背中を向ける。
「……ああもう!しょうがありませんわね!!」
ラティエがバァンに向けて手をかざし、詠唱を始める。
ワンドメイスに施されている術式を補助する魔法も作用し、爆発魔法の威力がどんどんと上がっていく。
「……お、おい?大丈夫かよ?」
「ありったけをぶち込みますわよ!!いってらっしゃいまし!!」
ラティエがそう言うと、手の平から魔力が放たれ、バァンの背後で一気に弾ける。
ズドォォォォォォォンッ!!!!
耳をつんざく爆轟が鼓膜や腹の中と、身体の全てが混ぜこぜになってしまいそうなほど震わせる。
凄まじい熱と衝撃波が、バァンと周辺の触手へ一気に襲いかかる。
「うおおおおおおおおっ!?」
バァンはまるで砲弾のように弾き飛ばされ、その筋肉質な重量感のある体が触手の壁へと一直線に突っ込んでいく。
「くらえぇ!!」
バァンが宝剣を構え、壁に刀身を突き込む。
その瞬間、壁は溶け消え、捕らわれのルークまで勢いそのまま突き進み、ルークに絡みつく触手を纏めて斬り伏せた。
「オラァ!!」
爆風の勢いも合わさってか、その剣圧で周囲の触手をあらかた吹き飛ばしてしまった。
「かっ!はっ……!!ゲホッゲホッ!!」
ルークが喉を押さえてその場にへたり込むと、バァンが駆け付け慌てて助け起こす。
「ルーク!取ってきてやったぜ!」
そして押し付けるように、息の整わないルークに宝剣を渡す。
「ちょ……ま……。はぁはぁ……。
……ほんと……無茶するよな……」
ルークは自身とバァンに回復魔法を施しつつ、しっかりと宝剣を受け取った。
「へへ!当然だ――」
バァンが話している途中の事だった。バァンの胸から突然、血を撒き散らしながら触手が飛び出す。
「え?」
その返り血を浴びたルークは、何が起こったのか分からず立ち尽くす。
触手を見ると、いつの間にか人間の腕のようになっている。
ゾッとするくらいの青白い肌。その先には女性の手。そして腕には見覚えのある刺青が見える。
「ま、まさか……」
するとバァンの背後にある触手がズルリと盛り上がり、人の姿に変わっていく。
「マ、マルディ……シ……オーネ……?」
ルークの心が戸惑いと怒りで入り混じる。
ルークの視線の先には、バァンに愛おしそうに絡みつくマルディシオーネの姿があった。
まるで兄のヴォーマとお揃いにしてやると言わんばかりに、不気味な笑みを浮かべてバァンに身体を寄せる。
「だ、騙されるな……!ルーク、こいつはニセ……あがっ!!」
傷口を押し広げられ、バァンは吐血し呻き出す。
「バァンから、離れろぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ルークがマルディシオーネの眉間に宝剣を突き立てる。
その瞬間、マルディシオーネの姿がどろりと溶け消えた。
バァンがゆっくりとその場に倒れ込む。ルークが慌てて回復魔法を唱える。出血は止められたものの、バァンは相変わらず苦しそうにしている。
「くっ……肺と心臓の回復が……!くそ……!リレーミアやメガルダンド様だったら……こんな……!」
「ルーク……すまねぇ……」
バァンが消え入りそうな声で言う。
「今喋るな!気が散る!!」
「魔法もできねぇ……落ちこぼれのお前を……」
「え……?」
「今まで……すまな……かった……」
「バァン?お前……俺のこと、気付いて……?」
バァンはそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。
「……バァン?おい……!どうなんだよ!?」
ルークが呼びかけても、バァンからの返事はない。力なく閉じられた瞼は開く様子が無い。
「お、おい……」
その時だった。
ズルズルと周囲の触手が蠢き始める。
ルークが顔を上げると、先ほど消えたはずのマルディシオーネが、再び触手の中から姿を現していた。
一体、二体、三体と――。
「な……!」
一体が形を成した直後、別の触手が盛り上がる。 そこからも青白い腕が伸び、女性の身体が形作られていく。
また一体。 さらに一体。
気付けばルークとバァンを取り囲むように、何十というマルディシオーネが立っていた。
「……っ!」
前にも、後ろにも、左右にも。どこを見ても見渡す限りのマルディシオーネ。
どの個体も何も語らず、じっとルーク達を見つめてただただ不敵な笑みを浮かべているだけだった。




