13. 深淵の闇
すると突然、頭の中に響いてくるほどの不気味な咆哮が轟いた。
「オオォォォォォ……!!」
ルークの全身に鳥肌が立った。
背筋を這い上がる悪寒に、身体が勝手に強張っていく。それは頭で理解するよりも先に、本能が感じ取る恐怖だった。
バァンとラティエもそれは一緒のようだった。いつも強気な姿勢のリレーミアでさえ、冷や汗が全身を伝っているではないか。
「ルークよ、上だ……」
緊張した様子のメガルダンドに促され、そちらを見る。
すると、その先の空間に亀裂が入っていき、空そのものが何かを吐き出しているようにズルンと巨大な身体が這い出てくる。
身体が完全に抜け出ると、そのままズシンと落下した。
不定形の巨大な身体をウネウネとさせて頭をもたげ、顔の中央部にある真っ赤な眼球をこちらに向けた。
「ひっ……!」
ラティエが思わず息を飲む。あんなものがこちらを認識していることが怖くて仕方がない。
「メガルダンド様、あれを……!」
「!?」
リレーミアが、レイヤカースの胴体部分に何かある事に気付く。なんと魔物、更には人間の身体の一部が、形の定まらないその身体から、凸凹と形をのぞかせているではないか。
まるで人間と魔物をぐちゃぐちゃにひとまとめにして、袋に押し込んだようだ。
「千年前の封印の際に巻き添えとなった者を、全て自分の肉体として取り込んだか……!なんとひどい事を……」
するとレイヤカースの身体が、グネグネと胎動のように波打つ。
ルーク達に緊張が走ったその瞬間、レイヤカースの身体からおびただしい数のドス黒い触手が飛び出し、ルーク達に向かって伸びてくる。
触手は竜の鉤爪、あるいは人の手、あるいは虫の脚など、ありとあらゆる生物の四肢を模していた。
「な……!色んな生き物が入ってるからか!?」
「バァン、下がってろ!」
ルークがバァンを押しのけるように前に出て、宝剣を力いっぱい振り回す。すると、刀身に触れた触手が一瞬で溶け消えた。
「あ、当たる!」
「おお……!どうやらレイヤカースの幻影が断ち切られているようだ……」
「で、でも……急にどうして?」
メガルダンドの言葉に、武器を握り締めて戸惑っているラティエが呟く。
「……ヴォーマか」
「あ、兄貴だって?もしかして、最期のあの……」
ヴォーマが崩れ落ちる寸前に放った、あの見当違いな方向への一太刀。それは最期の無駄な悪あがきではなく、死を弄ばれた者のささやかながら大いなる抵抗だった。
「今が好機と見て間違いないだろう、皆ゆくぞ」
そう言うとメガルダンドは、触手ごとレイヤカースを撃ち抜こうと、眩い光を放つ光線のブレスを吐き出す。
だがそのブレスは分厚い触手の盾に阻まれた。
触手を犠牲に威力を殺され、レイヤカースにたどり着く前には消えてしまった。
ブレスによって消し飛んだ触手は、打ち上げられた魚のようにうごめいたかと思うと、ズルンとあっという間に再生する。
「ぬう……レイヤカースの領域内のせいか……。思うように力が出せぬ……」
「俺が切った触手も、もう元通りですね……」
「メガルダンド様、私が隙を作ります!」
リレーミアはそう言うと、白く輝く羽根をめいっぱい広げる。
「うむ……決して無茶はせぬように」
「はっ」
メガルダンドに最敬礼をすると、そのまま空高く舞い上がった後、レイヤカースの背後に回るため大きく旋回した。
が、それを撃ち落とさんと大量の魔弾が追い掛けるように飛んでくる。数が大量すぎるあまり、レイヤカースから光が立ち昇っているかのように見える程だ。
リレーミアも応戦し、魔弾と魔弾が激しくぶつかり合う。
「い、今どうなってんだ!?」
腹の底を揺さぶる轟音と、視界を焼くような閃光が同時に襲いかかるので、ルーク達からは状況がよく分からない。
だがやがて圧倒的な物量に圧されはじめ、ついにレイヤカースの魔弾がリレーミアの羽根を撃ち抜いた。
「うわぁぁぁぁぁ!」
それを皮切りに大量の魔弾を浴びるリレーミア。
どうにか急所は防いだものの、全身はすっかり傷だらけになり、美しかった羽根は見るも無惨な姿へと変わっていた。
猛攻が止むと、弱った羽虫が落ちるようにゆっくりと落下していった。
その下にはレイヤカースの大量の触手が蠢いている。
「リレーミア!!」
メガルダンドが助けようと飛び立つ。
「メガ……ンド様……!来ては……なりません!」
メガルダンドがリレーミアを受け止めようと近づいたその時だった。
「!!」
魔弾と光線の嵐がメガルダンドとリレーミアを襲う。
メガルダンドはリレーミアを優しく頭に乗せると、魔法障壁を球状に展開し、その嵐が過ぎるのをただ待った。
この時を狙っていたかのようにレイヤカースが動き出す。
レイヤカースの身体から何十何百といった触手が、メガルダンドの魔法障壁に絡みつく。
こんな状態では、迂闊に魔法障壁を消す事が出来ない。
その状態はまるで地獄の底から大勢の亡者が、神にすがろうと手を伸ばしているようだった。
「ぬう……!な、なんだ!?」
すると触手は、ズルズルとレイヤカースの身体へ戻っていく。メガルダンドも抵抗はするものの、信じられない力で魔法障壁ごとメガルダンドの巨体を引き寄せる。
そしてその変幻自在の身体は、まるで巨大な沼のように大きく口を開いた。その奥には、先ほど見えた人間や魔物の身体が、ごちゃまぜの状態で蠢いている。
「メガルダンド様!」
ルーク達が助けるため、メガルダンドに近づこうとする。
「お主達まで来てはならぬ!」
メガルダンドが叫んだ。
「奴の首を狙え! 我らに構うな!」
「で、でもでも……!このままじゃ……!」
ラティエが今にも泣き出しそうな顔で叫ぶ。
「大丈夫、障壁によりすぐに取り込まれる事はないだろう。頼んだぞ!」
その声を最後に、光の球は黒い肉体の中へ沈んだ。
「メガルダンド様!!リレーミアぁ!!」
ルークの呼び声も、一切の光を通さぬ黒いヘドロに飲み込まれていった。




