11. 異形の王
メガルダンドがそう言った瞬間だった。
辺りを照らしていた月明かりが、何かに呑み込まれたかのように消えた。
「なんだ!?」
ルークが空を見上げると、いつの間にか月は黒い雲に覆われていた。
その雲は異様なほど厚く、月明かりを完全に遮っている。だが、雲の隙間から僅かに覗く空は血を溶かしたように赤かった。
ルークはその光景に見覚えがあった。エテルナの記憶で見た景色――。
魔界の扉が開かれ、レイヤカースがこちらの世界に侵攻してきた時と全く同じ景色だった。
「ルーク、急げ。鎧を着て武器を持て」
空の異変に釘付けになり、動けずにいるルークをメガルダンドが鋭く促す。
「は、はい!」
その声にルークは我に返り、慌ててバァン達が眠る医務室へと急いだ。
「バァン!ラティエ!起きてくれ!!」
「うーん……、どうしたよルー……おわ!?」
ルークに無理矢理叩き起こされたバァンだったが、窓の外から見える景色が目に入ると、眠気が一気に吹き飛んだ。
三人は急いで装備を整える。串刺しで穴だらけだったバァンの鎧は、リレーミアによって綺麗に修復されていた。
鎧を着て、武器を携え外に出ると、既にリレーミアが待機していた。
「来たか。奴は魔界の扉より這い出て、真っ直ぐこちらに向かっておる。そう遠くない。」
メガルダンドはそう言うと、乗れと言いたげにルーク達の近くに身体を寄せる。
リレーミアが颯爽と飛び乗るのを見て、ルーク達も後に続いた。
全員乗った事を確認すると、メガルダンドはレイヤカースを目指して結界を飛び出した。
結界の外は、更に深い闇に覆われていた。白銀に輝くメガルダンドと真っ赤な空のお陰で上下は分かるが、どの方角に向かっているのかさっぱり分からない。
底の見えない海溝に落とされたような、不安と恐怖がルークの肌を突き刺した。
「それにしてもスゲェな、メガルダンド様は」
バァンが不意に話しかける。気を紛らわそうとしているのか、今の状況にそぐわない程楽観的な口調だ。
「ほう、それはまたどうして?」
メガルダンドが少し嬉しそうに反応する。
「だってよ、もう俺達の学校が見えないんだぜ。そんだけのスピードだって事だもんな」
「……なんだと?」
メガルダンドはその場で急停止した。衝撃はその長い身体で受け止めたので、ルーク達はふっ飛ばされずに済んだ。
「メガルダンド様、もしや……!」
リレーミアが立ち上がり警戒態勢を取るので、ルーク達も同じように武器に手を添える。
すると、いつの間にか周囲のあちこちに赤い光が見えている。空の色と同じ、血のような色。良い物ではないと直感的に分かる。
その光に釘付けになっていると、今度はカシャン、カシャンと金属が擦れる音が。皆、鎧を着て歩いている音だとすぐに理解した。
「だ、誰かこちらに来ますわ……!」
ラティエが構えたワンドメイスを、さらに強く握り直す。
やがて闇の中から赤い光に照らされて、一体の人影が姿を現した。
「あれは……っ!」
それは人間ではなかった。白い骨だけでできた身体に、凝った装飾が施された鎧を纏うスケルトンだった。
ルーク達はその鎧を見て目を見開く。
「あ……兄貴の鎧……だと?」
バァンが震える声で絞り出す。
間違いない。ヴォーマがレイヤカースに捕らわれた時に身に着けていたものと同じだった。
「どういう事ですの……?まさか……!」
「違う!!」
ラティエの言葉をバァンが怒鳴るように叫んで否定する。
「あいつが……兄貴の鎧を奪ってるに決まってる!取り返して兄貴に返すんだ!」
バァンがスケルトンに斬りかかろうとしたその時、スケルトンとは明らかに異なる、巨大な気配を感じた。
「……!」
「ルーク様!?」
まただ――。ルークは再び、苦しい程の胸の鼓動に襲われていた。息を荒くしながらも、剣を握る手に一層力が入る。
「……レイヤカース!」
ルークの目線の先、一つの赤い光がゆっくりと輝きを増していく。闇の中から、それは姿を現した。
それは――竜と呼べるものなのだろうか?
かつてエテルナの記憶の中で見た姿とは、大きく変容していた。
巨大な身体はなお竜の面影を残している。だが、その姿はあまりにも異形だった。
円形に並んでいた八つの眼は中央へと凝縮し、昆虫の複眼を思わせる一つの巨大な眼のようになっている。
大きく裂けていた口も、もはや竜のものとは思えないほど歪み、首の付け根にまで垂れ下がっていた。
眼から放たれる赤黒い光が、周囲の闇を不気味に照らしている。
目の前にいるのは、かつてエテルナが戦った魔物。そして今、千年の時を経て再びこの世界へ現れた存在。
――邪竜レイヤカース。忌まわしき呪いの根源。
「レイヤカースよ……久しいな」
メガルダンドが静かに声をかける。
「千年の眠りで、身体がすっかり変わってしまったようだな」
「……」
レイヤカースは答えない。ただ中央部の巨大な眼だけが、ゆっくりとメガルダンド達を捉える。
知性があるのか、それともただ目の前にいるものを獲物として認識しているだけなのか、その沈黙こそが何よりも不気味だった。
圧倒的な存在感の前に、ルーク達は迂闊に動く事ができない。風の音一つしない、無音の時が流れる。
状況を動かしたのは、ヴォーマの鎧を着たスケルトンだった。
スラリと取り出した武器は、巨大な菜切り包丁のような大剣。この武器もヴォーマが使っていた物だった。
「あれは、マルディシオーネが創った……?あれはあの時、マルディシオーネが破壊したはず!」
武器を見た瞬間にルークが叫ぶ。
「なるほど、眷属が創り出した物の生成は自由自在という事か……」
メガルダンドが冷静に呟いた。
スケルトンは武器を大きく振り被り、ルーク達に向かって叩きつけるように振り下ろしてきた。
ルークとラティエはそれぞれ左右に分かれてかわすが、バァンはそのまま受け止めた。
「ぐ……!!この……!兄貴の鎧を勝手に使やがって!!」




