10. 嵐の前の静けさ
普段ルーク達が過ごしている校舎の外れに、生徒の侵入が固く禁じられているエリアがあった。
校長はそこへルーク達を案内し、不自然な形にせり出している壁に手を当てると、ぶつぶつと詠唱をする。
それが唱え終わると、壁が異空間に吸い込まれるようにして消えた。
「さあ、こっちだ」
校長に促され、先の敷地に足を踏み入れる。あまり手入れをしていないのか、雑草が好き勝手に伸び放題だ。
少し進むと、錆びた金属製の扉が見えてきた。
ここも魔法で施錠されているようで、先ほどと同じように校長が詠唱によって解除した。
ゴゴゴ……と何とも重そうな音をさせながら扉が開かれる。そこには下へと続く階段が。
地下室だった。
中を進んでいくと、石造りの壁と天井に囲まれており、かなりジメジメとしていた。涼しいはずなのにじっとりと汗が肌に滲む。
構造はシンプルに一本道。最深部には複雑な術式で作られた魔法の扉が、怪しい光を放っていた。
「ウチの教員証を持つ者のみが入れる仕組みでね。今解除しよう」
そう言うと、いとも簡単に扉を消し去ってしまう。
中に入ると、壁や床の至る所に魔法陣が描かれており、その中心にはたくさんの異様な姿の魔物達が縛り付けられていた。
マルディシオン関連の魔物であるとすぐに分かった。
「先生、ここは……もしかして……」
「……ルーク、それにバァン。覚えているかな」
校長はそう言って一匹の魔物の所へ案内する。忘れもしないその姿。
筋肉質の身体と、赤黒く変色した皮膚と爬虫類のような鱗、肩へめり込んだ元の顔……。
「ジ、ジニアス……」
「え!?」
ラティエが驚きで思わず声をあげる。
「ヴギァー!」
「!!」
ラティエの声に反応し、グロテスクな牙を剥き出して威嚇するジニアス。クラスは違えど、同じ学び舎の生徒が魔物化した事実は衝撃だったのだろう、ラティエは両手で口を押さえたまま震える。
ルークはあの時の先生とのやり取りを思い出していた。
「じ、じゃあ……ここにいる魔物達は……」
「そう、ジニアスと同じ。我が校の生徒達だ」
校長はルーク達が旅立った後、教師陣総出で失踪した生徒達の行方を捜した。尽力の甲斐あって全員を保護できたが、やはりマルディシオンを飲んで魔物化してしまっていた。
「こんなにたくさん……ひでぇや」
バァンも見ているのが辛くなったのか、ずっと目線を落としたままだ。
「あの……先生、この人達のご両親は?こちらに避難されてるんでしょ?子どもが見当たらないとなったら……」
不安げな表情でラティエが言う。
「うん……。受け止められそうな人にだけは真実を伝えているよ。君達が解決の鍵になりそうな事もね」
「あ……」
「だからね……」
校長が三人に向き直る。
「どうかこの生徒達を、この世界を……お願いします。どうか平和へ導いて……」
そう言って深々と頭を下げた。校長先生としての立場ではなく、この世界に住む一人の人間としての純粋な願いだった。
ルーク達が戻ると、既に宴の準備が整っていた。四人に気付いたイルマが、意気揚々と駆け寄ってくる。
「おやまあ、ちょうど良い所へ!もう始められるよ!さあ座った座った!」
強引に一番目立つ卓に連れて行かれる。ルークは、人間が多くて嫌そうにしているリレーミアの横に座った。
「流石にこういう時は参加するよな」
「エテルナの記憶を見てるだろう?あの時同様、一応空気は読むさ」
頬杖をついて不機嫌そうに言う。そんな態度なら参加してもしなくても同じでは?とルークは思った。
「そんなしけた面すんなよ、今は楽しもうぜ!」
「そうそう、バァンさんの言う通りですわ」
バァンとラティエはそう言うと、運ばれてきた料理に手を付ける。
本格的に宴が始まると、ルーク達を激励しようと様々な人が代わる代わる卓を訪れる。
そしてその中には、魔物にされてしまった生徒の親もいた。
どの親も、雰囲気をできる限り壊さぬよう気丈に振る舞ってはいるが、その悲しみと不安はどれだけのものだろう。
声をかけられる度に、その思いが背中に乗っかってくる感覚がした。
色々な人から託された責任と重圧。それに真正面から向き合ってしまうと、身体が強張り動かなくなってしまう。
ルーク達は今だけそれを紛らわせるように、食べて、笑って、たくさん楽しい話をした。
リレーミアはいつの間にかメガルダンドの側に退避していた。メガルダンドと一緒に高い場所から宴の様子を見守っている。
「やれやれ……彼等のような子どもに運命を託さねばならぬとは……。守護龍が聞いて呆れるな……」
「メガルダンド様……」
「我々もできる限りの事はやろう。エテルナの思いを無駄にせぬよう」
「……はい」
やがて夜の闇が深まってくると、宴は終わりに近付いてきた。人々はいつの間にかその場で眠ってしまっていた。
ルーク達も医務室のベッドに戻ると、心地良い疲労感からすぐに眠ってしまった。
少し前まで、人々の賑やかな声が聞こえていたが、今はかがり火がパチパチと燃える音しか聞こえない。不気味な程の静寂が辺りを包んでいた。
「は!?」
ルークは突然飛び起きた。身体が勝手に反応したのだ。全身に汗をかき、心臓がかつてない程脈動している。
「はぁ……はぁ……!
……どうしよう、今は休んでおきたいのに……」
胸の辺りがざわざわしてすぐに眠れそうにない。今どれくらい寝たのだろうか?月の位置を確認しようと窓の外を見ると、月を眺めているメガルダンドが見えた。
メガルダンドと話せば、気が紛れて眠れるかもしれない。ルークはメガルダンドへ近付く。
「メガルダンド様……その……。胸がざわめいて寝れなくって……」
「……ルークよ」
メガルダンドは厳しげな口調だ。神に近い存在である守護龍様に、しょうもない事で話しかけて失礼だったと、ルークは後悔した。
「……はい」
叱られた子どものように遠慮がちに返事をする。
「……すぐ準備をするのだ」
「え?」
「来たぞ。レイヤカースだ」




