8. エテルナのお守り
村長の首が巨大樹から離れた瞬間、木の鳥や枝の動きが完全に止まり、辺りに静寂が訪れた。
まるで時が止まったかのようだ。
「やっ……た……?」
バァンが余韻を噛み締めていると、村長の切り口が蠢きだし、あっという間に再生。首を180°回転させてバァンの方を向きニヤリと笑う。
「な!?」
「魔法障壁!!」
突然、主任先生の詠唱が響き渡りバァンの周りを魔法の壁が取り囲む。
同時にあらゆる方向からバァンを貫こうと、鋭い木の枝が伸びてきて、魔法の壁によってバチバチと阻まれた。
「先生!?」
「バァン君早く離――」
バァンが主任先生の方を見上げたその時、主任先生の全身を小枝が貫いた。見ると、周囲の木の鳥達が全身から小枝を伸ばしている。
「せ、先生ー!!」
小枝はツタのように絡み合い、主任先生を磔刑のような状態にして吊り上げてしまった。まるでじわじわと殺してやると言わんばかりである。
「あ……はは……。
先生……なんか、囚われのお姫様……だね……」
口元と傷口から血が滴る。
そんな状況でもなおバァンの魔法障壁は維持されている。
常人では考えられない集中力である。
「先生俺はいい!自分の事に集中してくれー!!」
そうは言うものの、このまま魔法障壁が解かれてしまうとバァンも串刺しだ。
バァンは巨大樹に深く食い込んでいる斧を引き抜こうと力を込めるが、中々引き抜く事が出来ない。
見ると斧に木の繊維が絡まっているではないか。
信じられないが、巨大樹が斧を取り込みつつ再生しているようだ。
「やべぇ……!どうにかしねえと……!!」
一方その頃――
「……うぅ……」
村外れで倒れ伏していたルークが、ゆっくりと身を起こす。いつの間にか気を失っていたようだ。
全身を襲っていた激痛はいつの間にか消え、身体も元通りとなり、再生後独特の不快な余韻だけが残っていた。
だが、そんなことを確認している暇はない。バァンは無事だろうか?
ルークは巨大樹の方を見る。
遠くてよく分からないが、村長の身体がある辺りで何やら起きている事だけは分かる。見た事の無い魔物もいるではないか。
「……あれは鳥?いや、枝か?ともかく今は……!」
とにかくバァンが危ない気がする。急いで巨大樹の元へ向かおうとルークは飛び立とうとする。
――が、何故かいくら飛行魔法を唱えても地面が足から離れない。
「え!?なん……で……」
戸惑うルークだったが、足元に目線を落としたその途端不思議な感覚に包まれる。
なんとなくだが、そこを掘らないといけない気がした。
ルークは膝をついてしゃがむと、がむしゃらに地面を掻き分けた。
「エテルナ……」
自然とその言葉が口から漏れる。
気付くと、ルークの手の中にはカースライトで作られたペンダントトップが握られていた。例のお守りであった。
エテルナの葬儀の際に埋められてから、実に千年近く。
紐部分は完全に朽ち果ててしまっているが、カースライトの部分はつい最近まで手入れをしていたかのような美しい青い輝きを放っていた。
「おっと……?」
思わず見惚れていると、不思議な事に唱え続けていた飛行魔法がやっと発動した。
ひとまずメガルダンドから与えられたミッションは達成した。あとはあの巨大樹を何とかしなければ。
「このやろー……、俺の故郷をめちゃくちゃにしやがって……!待ってろよ!!」
ルークは全速力で巨大樹の方へ向かっていった。
その先で目にしたのは、主任先生とバァンの惨状だった。
「バァン!!先生まで!!」
主任先生は血塗れで木の鳥達に吊るされている上に、村長の後ろで幹にくっついているバァンは魔法障壁に守られてはいるものの、その強度は限界に近付いており、周囲の枝はその身体を貫こうと、枝先を突き立てている。
ルークを見付けたバァンが叫ぶ。
「ルーク、俺はいい!!早く先生を!!」
どちらを先に助けようか、一瞬の迷いだった。
その隙をついて、ルークの身体にもその枝先が容赦無く貫こうと伸びてくる。
「うっ!!」
ルークは咄嗟に手でガードする。するとルークに触れた瞬間、枝は朽ちて塵となってしまった。
その手にはしっかりとお守りが握られていた。
「これが……お守りの力なのか……?」
ルークが驚いていると、バリン!と何かが砕ける大きな音が響いた。
バァンにかけられていた魔法障壁がついに破られてしまった。
同時にバァンを狙っていた枝達が、メガルダンドの鎧を突き抜けバァンの身体に次々と刺さっていく。
「ぐああぁぁ……!!」
「バァン!!受け取れ!!」
「!?」
ルークがエテルナのお守りをバァンに投げ渡す。
バァンがそれを受け取った瞬間、突き刺さっていた枝が黒い霧となって蒸発した。その穴からは栓を外したかのように血が流れる。
「うぐぅ……!!」
バァンは痛みと失血で朦朧としながらも、自身のやるべき事を察した。
お守りを力いっぱい握り締めると、そこに魔力を纏わせ、その拳を村長の脳天に向かって振り下ろした。
「オラぁぁぁぁぁ!!!」
巨大樹が震える程の衝撃が奔る。
そして村長の頭は朽ち木のようにバラバラとなり、黒い塵となって消えていった。それは肩へ、さらに身体全体へと広がり、やがて巨大樹もゆっくりと崩壊していく。
それと時を同じくして、主任先生を吊るしていた木の鳥達も塵と消えた。
主任先生の身体が力無く落下する。
「先生!!」
ルークは気を失っている先生を急いで抱き止めると、そのまま回復魔法を施す。
「よかった、まだ生きてる……!」
バァンの方も、斧に絡みついていたツタが朽ち始め、支える物が無くなり今にも落ちそうになっているので、慌ててバァンにも回復魔法を唱えた。
「バァン、自分で飛べるか?」
「ああ……。助かったぜ、ルーク」
「こっちこそ。とにかく今はここから離れよう」
ルークはそう言って手を差し出す。
その手をバァンが力強く握り返し、ルークに引かれて空に浮く。
「ルーク、先生。このまま急いで学校に――」
その時、主任先生の指先が僅かに動く。
「先生!?」
「ふ、二人とも……無事……?」
どうにか意識を取り戻した。二人は心から安堵する。
ルークとバァンの声の感じから、全て終わった事を察したのだろう。
「よかった……、じゃあ皆で帰ろうか……」
主任先生がそう言った瞬間、ルーク達が転移の光に包まれる。
「先生!?」
「バ……!無茶するんじゃ――」
強烈な光に包まれたかと思った次の瞬間、目の前には守護龍メガルダンドの顔があった。




