5. 村長の成れの果て
「え!?」
「な!?」
ルークとバァンは目を丸くする。
いくら気絶させるための手加減だったとはいえ、数々の修羅場をくぐり抜けてきたパーティの中で一番の力自慢であるバァンの手刀だ。
それを村長は、振り向きもせず片手で受け止めていた。
「くっ……!!」
バァンは距離を取ろうと力を込める。しかし、手首は万力のような力で掴まれ、びくともしない。
ミシッ。
骨が軋む音と共に激痛が走る。
「がああああ!!」
手を更に強く掴まれ、バァンの顔が苦痛に歪む。
「村長さん!!やめてください!!」
ルークの言葉に反応したのか、村長はゆっくりと立ち上がる。 次の瞬間、掴んだバァンを乱暴に振り回し、そのままルークへ投げつけた。
避けるわけにもいかず、ルークはバァンを咄嗟に抱き止める。しかし勢いは殺し切れず、二人は床を滑るように吹き飛ばされ、そのまま壁へ背中を打ち付けた。
衝撃で息が詰まり、胃の中のものがせり上がってくる。
「うぐ……!」
「ルーク、大丈夫か!?」
「あ、ああ……」
二人はすぐに立ち上がり、距離を取る。村長はゆっくりとこちらへ向き直った。
禍々しいほどのドス黒い魔力を纏いながら。
左右が別々に動く焦点の合わないその真っ暗な瞳は、既に人間のものではなくなっていた。
「村長……さん……」
村長は唸り声をあげながら、ゆっくりとルーク達の方へ足を進める。最早、会話が出来るとは到底思えない。
「ルーク……どうするよ。このまま戦うのか……?」
「バァン、覚えてるか?ジニアスの事……」
「あ?」
ルークは、魔物化したジニアスと戦った時の事を思い出していた。あの時は校長先生が昏睡魔法でジニアスを無力化し、今は学校の地下で魔法陣の中に閉じ込められている。
「つまり気絶か眠らせて先生とこまで引き摺っていけばいいってか?結局はさっきとやる事は一緒ってわけだな」
「まあ……そうだな」
「そもそもルーク、そういう系の魔法出来るのか?使ってんの見た事無いんだが」
「……でも、やるしかない!」
ルークはゆっくりと目を閉じ、あの時の校長先生がやっていた魔力の動きや術式を、記憶を頼りに思い出せる限り真似をして自身の魔力を練り上げていった。
すると何かを察したのか、村長が突然ルーク目掛けて飛び掛かってくる。
「そうはさせねぇよ!」
ルークの前へ飛び出したバァンは、斧を構えて村長の一撃を受け止める。
ギィィィィン!!
村長の手の平と斧の刃が激しくぶつかり合い、金属同士がぶつかったような甲高い音が家中に響き渡る。
「ぐっ……!」
バァンは歯を食いしばり、斧を押し込む。しかし村長もまた、手の平だけで刃を押し返してくる。
刃は村長の手の平に食い込むことなく止まり、互いの力は拮抗した。
「くっそ……! 斧がじいさんに当たった音じゃねぇぞ!」
「バァン!できたぞ!」
「!!」
ルークの声を聞いた次の瞬間、バァンは斧をひねるようにして村長の力を横へ受け流す。
押し込むことしか考えていなかった村長の身体が大きく前へ流れたので、バァンはその勢いを利用して横へ跳び退く。
「眠れ!!」
ルークが手を上に掲げ、パチンと指を鳴らす。
すると、村長の全身をひび割れのような筋を描いてルークの魔力が駆け巡り、そこから細かな血飛沫が吹き上がった。
「ヴアア……!!」
村長は苦しみに悶えながら床に倒れ込んだ。
手足にもかなりのダメージが入っており、倒れた衝撃で完全に折れてしまったようだ。
村長は打ち上げられた魚のようになっており、うつ伏せのまま起き上がる事ができないでいる。
見た目は人間のままなので、痛ましさが増す。
「ルーク……、なんか思ってたのと違うぞ?」
「いやぁ……まあ、これはこれで動けないわけだし……」
状況に引いているバァン。ルークは気まずそうに目を逸らした。
だがこのまま迎えが来るまで、ただ見守っているわけにはいかない。
マルディシオンの修復能力で、ルーク程の速さじゃないにしろ村長の傷は、こうしている間にも徐々に塞がり始めている。
「どうしよう……。先生がいつ来てくれるか分からないし……」
「て、適度に痛め付けとけってか……?んな事言ったってなぁ……」
二人は戸惑いつつ村長を見下ろす。
村長は気を失ったようで、今は暴れる様子もなく大人しい。
その時だった。
ドクンッ――!!
村長の全身が大きく脈打ち、絶え間なく流れ出ている真っ黒な魔力は更にその量を増やし、全身のひび割れから冷気のように漏れ出した。
二人は咄嗟に武器を構えて警戒態勢を取る。
ミシ……ミシミシ……。
不気味な音を立てて、無数の木の枝のようなものが床や壁を突き破りながら村長に向かって這い出してきた。
やがて柱も砕け、周囲を巻き込みながらどんどんと、まるで家そのものが村長を取り込んでいくように一体化していく。
そのまま村長の身体は、メキメキと周囲の壁や梁を押し広げるように破壊しながら天井を突き破る。
「ルーク危険だ!外へ!!」
「ああ!」
上から振ってくる天井の破片を防ぎながら、二人は急いで外へ出る。
家は既に原形を留めていなかった。
一本の巨大な樹木が、そこに立っていた。
幹の中心には村長の上半身だけが埋まるように露出している。その圧倒的な存在を前に、二人は思わず息を呑む。
無言でじっとルーク達を見下ろす村長のその瞳は、先程よりもなお深い闇に染まっていた。




