4. 受け継がれた使命
「イルマ!?大丈夫か!!」
頬の傷口を押さえて顔を歪ませるイルマにテオが駆け寄る。
「だ、大丈夫……!」
イルマはそう答えるものの、指の間からは血が滴る。
「お、おい……あれ……」
誰かが震える声を漏らした。
村人たちの視線の先――エテルナの石像の上に、一羽の異形が止まっていた。
本来は村でよく見かける小鳥なのだろう。しかし、その姿はもはや別の生き物だった。
左右で大きさの違う飛び出した眼球。内側から腫れ上がるように歪んだ身体。人の手を思わせる脚の先には、腸裂き包丁のように長く湾曲した鉤爪が伸び、その爪にはまだ新しい血がべっとりと付着している。
ギャァァァァッ!!
耳障りな咆哮が広場に響いた。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「逃げろー!!」
村人たちは悲鳴を上げ、一斉に背を向ける。
異形の小鳥は獲物を見つけたように翼を広げ、村人たちへ急降下した。
――次の瞬間。
ザシュッ!!
一筋の風が空を裂く。
異形の首が宙を舞う。その身体は石畳へと落ちる直前に塵となって消えた。ルークが魔法を放ったのだ。
「消えた……!?」
「ただの魔物じゃないのか?」
メディナ以外の村人たちが困惑する中、ルークとバァンは険しい表情を崩さなかった。
「なあルーク、死んだら消えたって事は……」
「うん、マルディシオンの影響が出始めてる……」
その時だった。
ギャァァァッ!!
遠くの森から、先ほどと同じ不気味な鳴き声が響く。
一つ。
二つ。
三つ――。
村人達は安堵したのも束の間、再び恐怖のどん底へと突き落とされた。
「先生!皆を先に避難させてください!」
「村長は俺達で何とかする!」
ルークとバァンが村人達を守るように位置取り、ありったけの声で叫ぶ。
「分かった!すぐ迎えに行くからね!!」
「はい!イルマおばさんの手当てもお願いします!」
すると村長夫人が意を決したようにルーク達へ歩み寄り、二人へ向けて深々と頭を下げた。
「あの人をお願いします。……でも、その為にあなた達が犠牲になる事はないですからね……!」
ルークとバァンは力強く頷いた。
主任先生が魔導具を空高く掲げると、村人達を取り囲む足元の魔法陣が強い光を放ち始めた。
「ルーク!!」
名前を呼ばれて咄嗟に振り返ると、メディナが真っ直ぐこちらを見据えていた。
「無理すんじゃないよ……!」
メディナの言葉が終わると同時に、魔法陣が眩い光を放つ。
光が晴れた時、広場にはルークとバァンだけが残されていた。
二人は飛行魔法を使い、急いで村長の家に向かう。
バァンの実家ほどではないが、村長の家はヘルト村で最も大きい。村の出身ではないバァンでも、一目でそれと分かった。
入り口の扉も大きくてしっかりした造りで、メディナとルークの家とは大違いだ。
ノブに手をかけ開こうとするが、鍵をかけられたのか開く事ができない。
「村長さーん!!」
ルークが扉を叩いて叫ぶが、反応は無い。
「ルークどけ!!」
「わ!!」
バァンが言い終わると同時に魔力で破壊力を強化した斧を、扉に向けて思い切り振り下ろす。
派手な音を立てて扉が砕け散った。
破片が刺さったら危ないだろとルークは少し腹が立ったが、今はバァンに一言文句を言う時間も惜しい。
先を争うように中へ突入する。家の中は、不気味なほど静まり返っていた。
奥の居間へ足を踏み入れた二人は、その場で足を止める。
部屋の中央に置かれた椅子へ、一人の男が深く腰掛けていた。二人へ背を向けたまま、項垂れるように身を沈め、一切動かない。
「村長さん!一緒に逃げよう!」
「その辺の動物達がもう魔物化してきてるんだ!マジでヤバいんだって!」
「ああ……いいんだ。私は行けない……」
怒号のように訴える二人に対し、村長はルーク達の方へ振り向きもせずに力無く答える。
「何を言ってるんだよ!」
「先祖からの使命がある……」
苛立ちが声に現れるルークに、村長は膝の上の古びた手記を差し出した。手に取った瞬間、微かな魔力が指先を走る。
あまり魔法に詳しくないルークでも分かる。施されている保存魔法の術式は、今ではほとんど見かけない古い形式だった。
それを二人並んで目を通す。
そこには、初代村長となった祖先が、自らの身勝手な過ちで集落を危険に晒し、その結果、一人の英雄を死なせてしまったことが記されていた。
『本来、初代村長はジルマ殿が務められるべきであった。しかしジルマ殿は、復興に尽くした我らヘルト家へその役目を託してくださった』
そして最後の頁には、一際丁寧な文字でこう綴られている。
『この集落をヘルト村と名付ける。罪も恩も、決して忘れぬために』
バァンは意味が分からず首を傾げる。
だがルークだけは、その『英雄』が誰なのか悟っていた。
「……村長の祖先って、ヘルト一家だったのか。」
「私達ヘルトの人間は……この村と墓を守り続ける。それが代々受け継がれてきた役目だ」
「そんなの、一回避難して落ち着いたら戻ればいいだけじゃねぇか!」
バァンは苛立ったように言う。
「簡単に言うな……。君が羨ましい」
村長は諦めの混じった溜息を吐く。
「私だって逃げたい。妻と、生きたい。
だが……私が逃げたら、先祖の罪も、ジルマ殿から受けた恩も、私が投げ捨てることになる。
……そんなことは、とてもできない」
震える声だった。
それは村長としての決意ではない。
逃げたくても逃げられない、一人の男の悲鳴だった。
「……仕方ねぇな」
バァンが静かに拳を握る。
「すまねぇ!!一旦寝てもらうぜ!!」
バァンの手刀が容赦無く村長の頸椎目掛けて振り下ろされる。
一撃が当たろうというその瞬間だった。
「!?」
村長はこちらを振り返る事も無く片手でバァンの手刀を受け止めた。




