3. ヘルト村避難作戦③
「イルマおばさん……」
ルークは焦った。信じて貰えなかったとしても、この村に危機が迫っているのは紛れも無い事実である。何としても皆には安全な所に避難してもらわなければ。
それはバァンも同じ考えだった。
「ルーク、どうする?最悪おばさん達を気絶させてでも……」
こそこそと耳打ちするバァンの顔を見るに、既に覚悟は決めている様子だ。
手荒な真似はしたくないが、あまり迷っている時間は無い。これも二人を守る為だ。
そう自分に言い聞かせて、ルークはテオ達に悟られないように静かに魔力を練りだした。すると、テオとイルマの口元が優しげにフッと上がる。
「二人とも改まって、どんな無理難題をお願いされるかと思ったら……!ねぇ、アンタ」
「ああ、そんな事でよかったら、もちろんおじさん達も協力するさ」
ルークとバァンは、言われた意味を理解した途端、強張っていた肩の力がスッと抜けたのを感じた。
「し、信じてくれるの!?」
「正直驚いたけど、二人は久しぶりに顔を見せた相手にそんな冗談を言うような人間じゃないだろう?」
そう言ってテオは優しげな眼差しを二人へ向ける。
「じゃ、こうしちゃいられないね。お前さんは村長さん所お願いね。アタシは他の主婦連中に声かけてくるから」
「ああ、分かった。ルークとバァン君はメディナさんとこに行ってやんな」
「うん。おじさん、おばさん、ありがとう!」
皆一斉に立ち上がると、勢いよくそれぞれの目的の場所へと駆け出していった。ルークとバァンの二人は、飛行魔法で屋根の上を飛び越え、一息でメディナの家へ辿り着いた。
ルークは半ば飛び込むように扉を開け、中を覗く。前にバァンと帰ってきた時とは違い、奥の部屋から人の気配を感じるので、ルークは思わず胸を撫で下ろした。
「ばあちゃん!」
「いきなり帰って来たと思ったらやかましいね。
そんな大声出さんでも聞こえてるよ、ルーク」
部屋を仕切っている薄手の布をかき分け、メディナが出迎える。以前と変わらず元気な様子だ。ルーク達がヘルト村を旅立ってからまだ1年も経っていないのだが、あまりにも多くの出来事があったせいか、何年ぶりかに再会したような気がした。
「ばあちゃん、実は……」
「ああ、今ちょうどできたところさ。運んでくれるかい?」
「え?」
メディナは大きな道具袋を重たそうにルークに渡そうとするが、その手元がおぼつかないのを見たバァンが慌てて間に入って荷物を受け取る。
中を見ると、たくさんの瓶詰めの保存食と着替えと思われる衣類が入っている。
まるで避難を見越していたかのような荷物だった。
「な、なんで……?」
バァンが驚きのあまり気の抜けた声で尋ねる。
「ばあちゃんもしかして、分かってたの?」
「何年こんな身体でやってきてると思ってるんだい」
メディナは加齢のせいで視力が低下しており、探知系の魔法で周囲の様子を把握して日常を送っている。
そのお陰で魔界の魔力が漏れ出ている事も、いち早く敏感に感じ取ったようだ。
「お節介だろうけどね、ちょうど今から村の若い人達にそれを渡して、村から離れるように言おうと思ってたんだ」
「ばあさん、まさか残るつもりだったのか!?」
バァンの言葉を聞いて、ルークの顔が青ざめる。
「アタシももう老い先短い。それにこの家には余りにも思い出が詰まりすぎている。でも……」
メディナはふうと息を吐いた。
「ルーク、あんたらが帰ってきたって事は助けにきてくれたんだろう?」
そう言ってルーク達へ顔を向ける。その笑みは、張り詰めていたものがようやくほどけたような、穏やかなものだった。
「そうだよばあちゃん、学校がこの村の人全員避難させてくれる事になったんだ。広場で先生が待ってるから行こう」
「ずいぶんと立派になっちまってね……。そうだね、行こうか」
バァンは避難用荷物を、ルークはメディナの手を取り気遣いつつ広場へ向かった。
イルマの情報伝達力は凄まじく、主任先生と合流する頃には村人の大半が広場に集結していた。転移の魔法陣も準備万端のようだ。
「イルマおばさん!これで全員?」
「ルーク達も来たね!後はウチの人が向かった村長さんとこだけだよ」
そう言われて少し待ってみるが、普通なら既に合流しているだろう時間になってもテオはやって来ない。あまりもたもたしていられない為、ルーク達の表情にも焦りが出てきた。その時だった。
「おーい皆ー!」
声の方を振り返ると、素朴だが上品な雰囲気の老婦人と共にテオがこちらに向かって歩いてきた。イルマは駆け寄って老婦人に会釈する。
「奥さん、どうも!お前さん、村長さんは!?」
「ああ……それが……」
テオがばつの悪そうな顔をする。
「あの人、『お前だけ行ってこい』って聞かなくて……」
「時間が無いんだろ?だから一旦村長さんとこの奥さんだけ連れてきたんだが……」
二人の表情から、説得の様子が察せられた。
だがあまり時間をかけてはいられない。そのうち命を脅かす程の危険な魔力と呪いがこの村を覆ってしまう。
ルークとバァンは顔を見合わせる。 これまで数々の強敵と戦い抜いてきた二人だったが、頑なになった大人をどう説得すればいいのかは分からなかった。 困り果てたその表情は、珍しく年相応の子どもらしいものだった。
すると、テオが背中を向け、来た道を戻ろうとする。
「おっちゃん、何処に行くんだよ!?」
バァンが慌てて引き止める。
「もう一度戻って説得してみる」
「そりゃまだ時間があるならそうするのがいいけどねえ……」
イルマが心配そうに言う。メディナ以外には今がどれだけ深刻な自体なのかは分からない様子だった。
よく分からない内に広場に集められ、無駄に待たされた村人達は段々と苛立ちを見せ始めていた。
「皆! 落ち着い――」
ザンッ!!
「――え?」
イルマの言葉が止まる。頬に温かなものが伝った。
恐る恐る指先で触れると、それは真っ赤な血だった。
騒がしかった広場から一瞬で音が消えた。




