2.ヘルト村避難作戦②
メガルダンドの言葉で、ルークがあの時見た記憶が一気に溢れ出てきた。
エテルナが命に代えてまで守るほどのかけがえの無い存在であった息子にでさえも、死に際まで渡す事をしなかった、あのカースライトで作られたお守り。
葬儀の最後に確かロアンの手でエテルナの墓に埋められたのだった。
「という事は、俺が最後に見たあの場所は……」
「そう、あれはヘルト村だ。お主達エテルナの子孫は、エテルナが眠る場所で脈々と血を繋いできていたのだ」
それを聞いて、ルークは壮大な物に包まれた様な気持ちになる。
だがメガルダンドが言うそれはお守りとは言うものの、聖職者が特別な呪符を込めた物ではなく、行商人であったロウの手作りで、いわばおもちゃの様な物。それが一体何の役に立つと言うのだろうか。
その上、エテルナが埋葬されて1000年程の時が流れているのもあって、埋められた場所を特定するのは骨が折れそうだ。
いくら鎧にマルディシオンに対する耐性があるといっても、同時に漂う魔界の邪悪な魔力は完全には防げない為、長時間の探索は命の危険が伴う。とても今探す必要がある物とは思えなかった。
そんな気持ちが顔に出ていたのであろう。メガルダンドは穏やかに口を開く。
「あれはレイヤカースの魔力を間近で受けた上に、我の加護を持つエテルナが10年以上常に身に纏っていた物だ。その影響でいつからかそれは立派な聖具となっている。必ず今回の戦いで大きな助けとなるだろう。
それに、エテルナを受け入れた今のお主なら、何処にあるのかも感じ取れるはずだ」
「分かりました、やってみます。レイヤカースの魔力とエテルナの加護……か。そのお守りも、何だか今の俺みたいですね」
決意を固める様に力強く拳を握り締めるルークを見て、メガルダンドの大きな瞳が優しげに細くなった。
「じゃあ改めて、行ってきます」
主任先生はルークとバァンに目配せをすると、例の魔道具に念を込める。ルーク、バァン、主任先生を取り囲む形で足元に転移の術式が描かれた魔法陣が現れ、部屋全体が包まれるほど眩く輝きだす。
光が収まったかと思うとそこはもう医務室ではなく、ルークの故郷であるヘルト村への入り口であった。
「へぇー、なんかリレーミアの転移とはちょっと感覚が違うぜ」
バァンが感動した様子で地面を足でトントンと踏みしめる。
「ふふふ、距離が近めだとあんまり転移酔いは起きないからねー。
さ、早く村の人達をここに集めよう」
「おっと、そうだな。ルークどうしたらいい?まずはお前のばあさんからか?」
「そうしたいけど、今回はばあちゃんだけじゃなくてここの人達全員だからさ。まずはテオおじさんとイルマおばさんに説明して二人にも協力してもらおうと思うんだ」
「信じてもらえると思うか?」
バァンが不安そうに尋ねる。今の状況は、子どもに聞かせるお伽噺とまるで同じである上にこれといった影響がまだ出ていない為、普通に話して信じてもらえるとは思えなかった。
「大丈夫。キチンと話せばわかってくれるよ」
「じゃあそれでいこうかー。協力してもらえる人は多いほどいいしねー。さあ、行こうか」
主任先生がつかつかと村へ足を踏み入れる。外からの来訪者が珍しいのか、たまにすれ違う村人は皆不思議そうに三人を見る。
そしてエテルナの石像がある村の広場にたどり着くと、主任先生は再び魔道具に念を込め始めた。先程はすぐに魔法陣が現れていたが、今回は先生の足元に魔法陣の一部分だけが少し浮かび上がった程度だ。その上を舞を舞う様に主任先生が動く。足が魔法陣に触れるごとに少しずつ続きが描きあがっていくではないか。
ルークとバァンがつい見入っていると、先生が早くいけとばかりに手を払う。
「大規模転移の準備には少し時間がいるからさー。申し訳ないけど後は二人でお願いねー」
主任先生に促され、ルークとバァンはお互いに顔を見合わせて頷く。懐かしい故郷の景色には目もくれず村の道を突き進み、真っ直ぐにテオとイルマの家へと足を進めていった。すると、ちょうど家の庭で畑の世話をしていたテオと目が合う。
「テオおじさん!!」
「ルーク!?それにバァンくんも!元気そうでよかった」
テオが再会を喜ぼうと2人に近づこうとするや否や、家の中からイルマの驚き声が聞こえた。
「え!?ルークだって!?」
そう言うと同時に家の中から巨獣が暴れているかのような音がしてきたかと思うと、バン!と壊れんばかりの勢いでドアが開く。
そこには色褪せた白い三角巾を大きく斜めにずらし、結び目から髪を数房こぼしたままのイルマが、縫いかけの布切れを握り締めた状態で立っていた。
ルークが視界に入った瞬間、イルマの目が聖母のような慈愛に満ちた眼差しになる。そして勢いのまま呆気に取られているルークとバァンを同時に強く抱き締めた。
「ああ二人とも!よかったよ無事で」
懐かしい香りについ目に熱いものがこみ上げるルーク。すぐに抱擁を返し、イルマからの愛情に応えたかったが、今は時間が惜しい。二人は名残惜しそうにイルマから離れると、テオたちの目を険しい表情で見つめるので、この夫婦もすぐに何かあると気付く。
「ルーク、バァンくんも何かあったんだね?」
「そうなんだ。おじさん、おばさん。お願いがあるんだ」
ルークとバァンはこれまでの経緯を話した。魔界の扉が開かれてしまった事、そして間もなくレイヤカースが復活しマルディシオンの呪いがこの村を襲う事を。
「今、村の広場で俺たちの先生が避難用に転移の準備をしてる。村の皆をそこに集めたいんだ」
「馬鹿らしい話だと思うけど本当なんだよ。頼む、協力してくれ」
二人は必死で頭を下げる。
説明するのに必死で、テオとイルマの反応を気にかける余裕が無かった。
テオたちがどう思っているのかも分からず、ただ心から神に祈るような気持ちで沈黙に耐える。
やがて、頭を下げる二人の耳に、イルマの呆れたような溜息が聞こえてきた。
「はあ……、久しぶりだと言うのに急に何を言い出すかと思ったら……」




