1. ヘルト村避難作戦
ルークは癇癪を起こした子どものように、わあわあと喚きながら地団駄を踏む。
突然理解できない事が目の前で起きると逆に冷静になるようで、バァンとラティエの中にあった不安や絶望感はすっかり吹き飛んでしまっていた。
今は二人ともルークの様子を困惑した表情でただ見ている事しかできなかった。
そしてひとしきり声を発した後、気が済んだのか今度はおもむろに側に立てかけてあった自身の剣を取ると、黙々と出発の準備を始めた。
「……ルーク、そんなに慌てなくてもいいんじゃないのか?もう少し休んでから出発した方がいいのでは?」
校長が慎重に、できる限り穏やかに声をかける。すると、何を思ったかルークは無言で鞘から剣をスラリと抜いた。
「!?」
場に一気に緊張が走る。校長と主任先生の脳裏に最悪の光景が瞬時によぎった。
二人は混乱しつつもルークに向かって魔法を放つ態勢を取る。
「ルーク、どうした!?」
校長や主任先生が必死に呼びかけるが、ルークは特に何かを喋るでもなく、刀身をゆっくりと自身の腕に当てる。
するとそのまま剣を引き、その眩しい柔肌を深く切り裂いた。ルビーのような真っ赤な鮮血が一気に溢れ、そのまま床を濡らす。
校長が慌てて回復魔法を唱えるが、異変を感じた主任先生がそれを止めた。既にルークの出血はすっかり止まっていたからだ。
戸惑う教師陣の反応をよそに、ルークはいそいそとその場にあったタオルで血を拭い、傷口を見せる。
ルークの腕は、どこを切ったかも分からないくらいにすっかり元通りになってしまっていた。
「こ、これは……?」
「先生、俺マルディシオンを飲んでからもう人間じゃなくなってるみたいなんです。でも、この力があれば、きっと何とかできます。だから、心配しないで」
ニッと笑って答えるルーク。だがそれは口元だけの事で、武器を抱える手がふるふると震えている。不安を押し殺し、無理をしているのは明白だった。
だが校長はどう声をかけようか、言葉が見つからない。ルーク達の様子や周囲から感じられる魔力から察するに、自身だけで挑んでもレイヤカースには遠く及ばないだろう。守護龍の加護を授かったルーク達に任せるしかないと確信せざるを得なかった。
「君だけ手当てが全く必要無いから変だとは思っていたが……」
「えへへ……。それに、マルディシオンの呪いがその内世界を覆うなら、その前に急いで何とかしないと……ばあちゃんが……」
「それなら安心してほしい。先生達は今から生徒達とその家族をここに避難させる予定だ。当然、ルークのお祖母様も連れて来るつもりだよ」
それを聞いて、ルークの目元が少しだけ緩んだかに見えたが、依然として表情は強張ったままだった。
「ルーク?……他に何か心配な事があるんだね」
「あ、いや……えーと……」
「校長先生、ルークには一緒に住んでるばあちゃん以外にも、世話になってるおじさんとおばさんがいるんだ。その人達も一緒に避難させてほしいんだよ」
バァンが横から入ってきてルークの気持ちを代弁する。
「ふむ、そうだったんだね、分かった。ルークの故郷は確か、ヘルト村だったね?」
「は、はい!校長先生、ありがとうございます……」
ルークの表情に少しだけだが明るさが戻った。すっかりいつものルークと変わらない様に見えたので、バァンとラティエもほっと胸を撫で下ろす。
「校長殿、ヘルト村なら全員をこちらに避難させた方が良いだろう」
メガルダンドが何やらただ事ではない様子で言う。それを察してか、校長も真剣な面持ちでメガルダンドに向き直る。
「と言いますと?」
「恐らく奴は我の気配をすぐに嗅ぎ付けてこの一帯を優先的に狙ってくるはず。呪いの影響もいち早く出てくるだろう。万が一の事を考えてヘルト村の人間達はこちらに避難させてもらえないだろうか」
「守護龍様に頼まれて断る人間がどこにいましょうか。喜んでその様に致しましょう。
ルーク、ヘルト村の人たちは全員で何人くらいだね?」
「えっと……多めに見て200人くらい……だと思います」
「じゃあ校長先生、ヘルト村に向かうのは私でいいですかねー」
底抜けに明るい声で主任先生が申し出る。お陰で張り詰めた空気が少し柔らかくなるのを皆が感じていた。
「ああ、頼めるか?」
校長はそう言って袖の中から柄の短い錫杖のような魔導具を取り出し、主任先生に渡した。
「先生、それは?」
興味を持ったルークが、主任先生に道具について尋ねる。
「空間転移を補助してくれるんだよー。たくさんの人と移動する時に使うんだー。
校長先生なら1000人近いウチの生徒達全員を一気に移動できるんだけど、私はせいぜいその半分くらいが限界かなー。
そう言う事だから、今回は私で充分だよね!」
「先生そんな……、本当に心強く思ってます。ありがとうございます」
「うふふ、ありがとね。じゃあルーク君、村での案内をお願いしたいんだけど大丈夫?」
「もちろんです!」
「当然俺も行くぜ!久しぶりにおじさん達に会いたいしな!」
すっかり頼もしい表情になっているルークとバァンを見て、主任先生はにっこり微笑んだ。
「あの……バァンさん、ルーク様……」
ベッドの上で申し訳なさそうにしているラティエ。顔色を見るに、完全回復にはあともう少しといった印象だ。
「ラティエはリレーミアと一緒に休んでろよ」
「バァンと村の人達を避難させてくるだけだから、今のうちに回復しておいてくれ」
「すまない、出来る限り魔力は戻しておく。ラティエの鎧も手直ししておきたいしな」
リレーミアの鉄仮面のような表情は崩れなかったが、ルークたちに向ける視線には、確かな信頼と親愛が滲んでいた。
そして、4人はそれぞれの顔を見合わせると、うんと頷きお互いを称える。そして、それぞれが次の行動に移ろうとしたその時、大きな窓の向こうで、メガルダンドがゆっくりと瞬きをし、ルークへ改まった声音で言葉を紡いだ。
「ルークよ、ヘルト村に着いたら探してほしい物がある」
「探してほしい物……ですか」
「そう、エテルナのお守りだ。お主もエテルナの記憶の中で見たことがある筈だ」




