10. ひと時の安寧
歪に開かれている魔界の口を、ルーク達は成すすべもなく遠目からただただ見つめていた。
純然なる闇をたたえる魔界の深淵からは、この世界の理を侵食する死の魔力がごうごうと噴き出している。
「……私のせいだ」
リレーミアがその場に崩れ落ち、頭をかかえる。力が入るあまり、指が頭皮に食い込んでしまいその白い指先が赤く染まる。
「リレーミア違う!俺のせいだ!」
目に涙を浮かべ、叫ぶルーク。
「バァンもごめん!
俺が……マルディシオーネを倒せなかったから……だから……!」
「ルーク……」
先程まで大声で喚き散らしたい衝動に駆られていたバァンだったが、とことんまで自分を責めているルークが余りにも哀れだった為何も言えなかった。
「皆、自分を責めないでほしい」
皆が皆、それぞれ自責の念に駆られていると、頭の上からメガルダンドの声が聞こえてきた。
「皆出来る事はやっていた。
だがレイヤカースの執念がそれを上回っていたようだ。我もここまでの事は予想できなかった」
「ど、どういう事ですの?」
意味が分からずラティエが尋ねる。
「レイヤカースの奴め……マルディシオーネの恐るべき執念と共鳴し、そやつの身体を依り代として強引に顕現したのだ」
予想外の内容に皆何も言えず固まる。
「……って事は、さっきの奴はマルディシオーネじゃない……?それじゃあ、マルディシオーネは……?」
自分自身に問い聞かせるように発したルークの声は、自身でも驚くほど震えていた。
「うむ、ルーク達によって、あの時既に二度目の死は迎えていた」
その事実はルークにとって救いの言葉でもあり、同時に絶望の言葉でもあった。
マルディシオーネが完全に死したなら、どうして自分はまだこの姿なのだろうか。
つまりはそう言う事なのだろう。
「俺……一生このままなんだな……」
魔界の扉を守るという役目を全うできなかった事への罰である。ルークはそう言い聞かせるように言う。
バァンとラティエは今のルークにかける言葉が見つからず、何を言っても傷付けてしまいそうで声をかける事ができないでいた。
「ルーク、可能性はまだある」
「え?それは一体どういう――」
「う……!」
ルークがメガルダンドに何か言いかけたその時、ラティエが胸を押さえて苦しそうに膝を着く。
「ラティエ!?」
「む……これ以上そこに留まるのは危険だな。
場所を変えよう。ルークよ、詳しくはそこで話そう」
「は、はい……」
メガルダンドがそう言うと、ルーク達を温かく優しい光が包み込む。
一瞬それが強烈に光ったかと思うと、目の前に広がる光景はもう荒野ではなかった。
「あれ……?ここは……」
そこはルークやバァン、ラティエには馴染みのある場所であった。
「俺達の学校じゃねぇか……」
「も……戻って……きましたの?」
ルークとジニアスとの騒動をきっかけに休校になっているからか、周囲に生徒の姿は無く、突然現れた満身創痍の一行に対して反応するものは何も無い。
「ここならば、魔界の魔力の影響は少ないだろう」
「あ、そうか、結界か」
古城のような校舎の屋根の上から顔を覗かせているメガルダンドの言葉で、ルークは思い出した。自身が慕う校長が、学校全体をすっぽりと覆うように魔物除けの結界を張り巡らせている事を。
「結界のたわみを感じて来てみたが、君達だったか!」
声のする方を見てみると、ルークにとって安心できる存在がそこに居た。
「校長先生……」
堤防が決壊したように目から涙が溢れるルーク。
バァンやラティエも校長の顔を見た途端に、表情が守られるべき生徒の顔に戻る。
「皆こんなにボロボロになって……とにかく無事でよかった。
すぐに手当てを。畏れ多くも守護龍様、よろしいでしょうか?」
胸に手を当て真っ直ぐにメガルダンドを見つめて校長が言う。メガルダンドが頷くと、3人とリレーミアはすぐに医務室へと転移され、そこで主任先生と校長が手当てしてくれた。
「うわぁすごい!あなた何なの!?魔物!?でも何か違う!!」
声を弾ませて興味深そうにしながらリレーミアに回復魔法を施す主任先生。それに対してリレーミアは眉間にシワを寄せながらも大人しく治療を受けている。
「メガルダンド様、その……ここに来る前に言っていた事なんですが」
校長の診察を終えたルークが遠慮がちに口を開く。
「うむ、そうだな」
医務室の大きな窓いっぱいにメガルダンドの瞳が映る。
身体が長大過ぎてよく把握できないが、校長が張り巡らせた結界に沿うように、学校を敷地ごとぐるりと囲っているようだ。
「マルディシオンの呪いの根源、その大元はマルディシオーネの魔力だとばかり思っていたが、どうやら主となるものはレイヤカースの物だったらしい」
「と言う事は……」
ベッドで休んで、ようやくマシになってきていたラティエの顔色が再び青くなる。
「エテルナ然り、そなた達には重大な負担をかけて本当にすまない。もはや我とリレーミアの力のみでは、抗えぬところまで来てしまった。……酷な願いであることは承知している。だが、我らが命運を託せるのは、もはやそなた達を置いて他にないのだ。どうか最後まで協力してもらえないだろうか?」
「ルーク……」
手当てを終えてソファに座っていたバァンも、不安と心配が入り混じった表情でルークの方を見る。一方でルークは、慌てるでも騒ぐでもなく静かに自身の手を見つめた。
「そうか……この力はレイヤカースの……」
「畏れ多くも守護龍様、よろしいでしょうか」
校長が冷静な声色で口を開く。
「彼らは我が校で預かっている大事な生徒たちです。校長として、その様な危険な事は見過ごす訳にはいきません。私たち教師陣……いえ、私では無理なのでしょうか?」
そして決意のみなぎる眼差しでルーク達を守るような位置をとった。すぐ後ろからリレーミアの手当てを終えた主任先生も合流して手を挙げる。
「はいはーい!私だってやりますよー!何でも言ってくださーい!」
二人は目が合うとお互いに頷き合い、メガルダンドに向き直る。だが、窓いっぱいに映る大きな目は、その想いを拒否するかのようにゆっくりと閉じられる。
「……申し出はありがたいのだが、今やこの結界の外はいずれ扉から流れ出るマルディシオンの呪いに侵されてしまうだろう。そうなったらこの場所は唯一の聖域となる。もし、そなたがこの場所を離れればこの力は無くなってしまうのではないか?」
「それは……」
メガルダンドの考えが完全に当てはまっていた為、校長は何も言えなかった。それに対して主任先生が何か言おうとしたが、遮ってメガルダンドが続ける。
「それに、今ルーク達が身に付けている鎧はマルディシオンの呪いに耐性を持ち、かつそれぞれの特徴に合わせてしつらえた特別な物。今からそなた達用のものを用意するとなると、もう時間が無い。生徒を大事に思うそなた達の気持ちは分かるが、我らが頼めるのはもうルーク達しかいないのだ」
「そんな……」
リレーミアとルークを除く皆の表情が絶望に染まる。教師陣は、肝心な時に生徒を守れない無力感。そしてバァンとラティエは、この世界の守護龍からの非情なる嘆願に世界から色が消えたような気持ちだった。
肝心のルークは今の話が聞こえているのかいないのか、医務室の床をただじっと見つめている。そして、医務室全体がどんよりとした重苦しい沈黙が流れた。
すると突然ルークが大きく息を吸ったと思うと、鼓膜が破れてしまいそうな程の大声がその静寂を打ち砕いた。
「よっしゃぁぁぁぁぁ!!やるぜぇぇぇ!!」
あまりにいきなりの事でリレーミアと教師陣は呆然と立ち尽くし、ラティエはベッドの上でひっくり返り、バァンは耳を押さえて苦しんでいる。
「レイヤカースを倒せば、この世界の状況、ヴォーマ、俺の身体の事全部解決するんだ!絶対にぶっ倒してやる!!」




