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4.美香の秘密

美香 (ミカエル):異世界パンゲアに転生してきた元男で現美少女。

エリック:美香と転生を共にした男性。元々パンゲアの住人。

ケビン:白の国の執事長。ノリが軽い。

アイリーン:白の国のメイド長。厳格な統率役。

リカード:美香たちを襲った盗賊団の生き残り。


ケビンから逃げ切ったが、その後レガスピで怪しい人物に声をかけられたリカード。その少し前、盗賊狩りからケビンが帰ってくると……。

ケビンはものの数十分で戻ってきた。

その表情は浮かなく、苛立っているようにも見える。

「そっちは大丈夫だったか?」

「ええ、お陰様で。また生臭くなったわね」

「仕方ないだろ、あいつらは殺らなきゃ辞めないんだからさ」

「まあ、ね」

アイリーンは不機嫌そうにそう答える。

ついさっきまで心配そうにそわそわしていたのが嘘のようである。その様子を見て美香は吹き出しそうになった。

こんな分かりやすいツンデレ本当にいるんだな、と。

しかも美人のツンデレ。見ているだけでにんまりしてしまいそうになる。そのことに気付いているのかいないのか、ケビンはどさっ、と無造作に席に着いた。

「一人逃したんだけどな」

ケビンが心底、恨めしそうに息を吐き出す。

「へー!珍しい」

アイリーンは火車(コーチェ)のエンジンを操作しながら反応する。するとすぐにがこん、と火車(コーチェ)が動き出した。

「リーダーじゃなかったが、そいつだけ武術が使えたんだよ」

「あなたから逃げ切れるほどの?」

「……いや、武術自体は大したことなかった」

ケビンはつい数分前、自分の目の前で起こった爆発を思い浮かべる。あれはおそらく、粉塵爆発だろう。何を点火物に使ったのかは謎だが……完全にしてやられた。あんな爆風と爆音じゃどこに逃げられても分かりやしない。

一盗賊ながらあっぱれだ。見事としか言いようがない。

「盗賊だからってみくびってたのかもな。筋のいい奴もいるもんだ」

「私たちだって王に拾われてなければ似たようなものだったじゃない。盗みはしなかったけど」

「……だな」

ケビンは逡巡した後、そう声を絞り出した。アイリーンはその返答に満足気に頷いている。

「一応盗賊名簿に入れといてくれないか?」

「何か割れてるの?」

「リカードって呼ばれてたけど……本名かどうかは分からん。チビで、緑の武術を使ってた。十分だろ?」

「どうかしら。……それと、さらっと私に仕事押し付けるのやめてくれる?あなたも六臣下ならこれくらいやってくれない?」

「いつも下町調査行ってるからその代わりってことで」

「……どうせ女の子と遊んでるだけでしょ」

「や、そんなことないって。まじまじ」

必死に弁明を始めたケビンにアイリーンは深く溜息を吐く。

どうしてこんな奴を、と己の感性を呪う。

ケビンの言い訳はしばらく続いたが、唯一のメイド友だちから目撃例を聞いているアイリーンには全く意味も為さない。やがてケビンは劣勢と見たのか「それにしても!」と強引に話題を変えてかかった。

「惜しい人材だったな。ちゃんと訓練してやればいい戦士になったかもしれねぇ」

「そうね、あなたが認めるんだもの」

「ま、何か事情があるんだろうけどな」

アイリーンもいい加減言い訳も聞き飽きていたので、適当に流して話に落ちをつけた。

美香はその話をぼんやりと聞いていたが、翻訳されていても分からない単語や理解できない話がぽんぽん出てくるので、途中で飽きて外を眺めていた。まるでゲームの話を聞いているみたいで現実感がまるでないのだ。しかしケビンから漂う鉄臭さと、お尻の痛さが、これは現実なのだと主張してくる。ついでに肩もしっかり痛い。

またエリックも二人の話に耳を傾けながら、本を読むフリを続けていた。





一行は日の高いうちにレガスピに到着した。

仕方ないな、とケビンは結論づける。

予定であれば一日で王都まで辿り着けるはずだったのだが、行きと帰りで一度ずつ山賊に襲われては敵わない。このまま突っ走って行けばちょうどタルラックのあたりで日が暮れてしまうだろう。アイリーンに火車とランタンをどちらも任せるのは心苦しかったし、何よりこの血生臭い服をさっさと捨てて、出来れば風呂に入り、新しい服に着替えたかったのだ。

普段なら戦闘は甲冑と長衣であるシュールコーを身につけているのだが、今回は緊急の案件だったため珍しく執事服のままだ。真っ白だったそれは、盗賊たちの血によって赤黒く染まってしまっている。いくつもの戦を経験してきたケビンだったが、さすがに全身敵の血でべっとりというのは気持ち悪かった。


ということで、レガスピで一晩休息を取ることにしたのだ。

しかしひとつ問題がある。

宿だ。

ここレガスピはいわゆる宿場町。宿自体は腐るほどある。しかし、それ以上に利用者もいるのだ。昼のうちの予約を前提とした宿も少なくなかった。白の六臣下の紋章を見せれば宿が見つかるどころか泊まってくれと懇願されるだろうが、その分予約していた者が溢れることになる。ケビンも元は何処かも分からないような田舎の農家の出だ。国の上人が無理を通せば、下人の道理が引っ込むのだ。そんなことはしたくなかった。


だがあまりアイリーンとミカエルを放置しておくわけにもいかない。エリックとかいう糞眼鏡白衣野郎はどうでもいいが、女の子たちに無理はさせたくない。

その一心で二人を火車(コーチェ)で休ませ、男二人で空いている宿を探しているのだった。ミカエルが手伝おうかと言い出てくれたが、女の子は休んでて、と言うと微妙な顔をされた。俺のナンパテクニックが通用しないとは、世間知らずに見えて意外とお堅い。

実際のところは、ミカエルはイケメンに女の子扱いされてぞわぞわっとしていただけであり、またそれを聞いていたエリックは心中であまりの滑稽さに失笑していたのだが、そんなことをケビンは知る由もなかった。


訪問数が二桁になり、そろそろケビンも疲れを感じ始めたころだった。

風呂付きの宿屋に二人部屋の空き部屋が二つがあったのだ。なんでも盗品があまりに多く、曰く付きになってしまったらしい。元々行って帰ってくるだけのつもりだったケビンたちはまともな金品なんて持ち合わせちゃいない。それにエリックも合わせれば六臣下が三人も揃っているのだ、盗人など気にかける必要もない。ケビンはその場で宿泊する意を示したが、所詮口約束。ケビンは急いで火車(コーチェ)に向かった。





火車(コーチェ)でミカエルとアイリーンは、男二人の帰りを待ちわびていた。

ケビンとエリックがすぐに宿を見繕ってくると言って出て行ってから、既に半時間ほどが経過していた。残されたミカエルとアイリーンの間には最初こそ会話があったものの、途中から疲労のあまりミカエルがダウンした。

訳のわからないまま異世界に転移されて、その後も初体験ばかりで疲れるのも無理はない。アイリーンは持ってきていた毛布をミカエルにかけてやる。

王からはこの子について未だに何も聞かされていない。突然大魔術の準備を始めたかと思ったら、タクロバンの近くに女を転移させたから連れてこいと命じたのだ。しかもアイリーンとケビンの二人掛かりで。今や大陸一となった白の国を引っ張ってきた王とは思えぬ暴挙である。ロナルド王らしくもない。

アイリーンはきっとその女の子に何か重大な秘密があるのだろうと踏み、緊張あるいは恐怖しながらタクロバンに向かった。とんでもない怪物が出てくるに違いないと思っていたのだ。しかし実際会ってみれば拍子抜けだった。

それは本当にただの可愛い女の子だったのだから。


しかし彼女に確かに重大な秘密はあったのだ。アイリーンは彼女を初めて見たとき、驚きのあまり無礼にもまじまじと見てしまったほどだ。

その容姿は今は亡きのロナルド王の妻、リア王妃と瓜二つだったのだ。

深雪のように透き通った白い肌、何処までも深いホリゾンブルーの瞳、仄かに甘いソプラノ、そして何よりもーー穢れひとつない純白の銀髪。

どこをとってもリア王妃とそっくりなのだ。

それがロナルド王が平生を失った理由なのだとしたら、ミカエルの容貌に驚いたからなのだろうか?いやしかしエリックがともに帰ってきたところを見ると、おそらくエリックはずっと彼女の監視役としてあちらの世界に赴任されていたのだろう。

ならば、なぜ王は……?


考えれば考えるほどミカエルの謎は深まるばかりだ。当の本人はアイリーンの隣ですうすうと無防備に寝息をたてているのだから、その可愛らしい寝顔を見ていると考え込むのも馬鹿らしくなってくる。

アイリーンはミカエルのあどけない姿を観察しながら、ケビンたちの帰りを待ち続けた。


それからさらに半時間。やっとケビンが帰ってきた。

心中ではケビンに何かあったのかと心配していたアイリーンは、彼を見るなり安心して、すぐに表情を厳しくした。

「遅い」

「ごめんごめん、なかなか見つかんなくてさ」

「ミカエルなんてもう寝ちゃったわよ?」

「……かわいい寝顔だな」

ケビンが鼻を下を伸ばしながら腑抜けたことを言うので、アイリーンはイラっとしてケビンの眼前に火花を散らした。

「うわっ!っぶねぇな!」

「早く行きましょう。場所教えて」

「へいへい、王女様」

「本気で燃やすわよ?」

「……ごめんなさい」


無事入館手続きを済ませると約束通り個室を二つ確保できた。これにはアイリーンも驚き、ケビンを褒め称えるしかなかった。レガスピではとにかく宿泊者数を増やすために、集団部屋しか用意していない宿も多い。そんなところに疲れ切ってきるミカエルを放り込むのは恐縮だったのだ。

部屋割りは自然と男女二人のずつで分かれる流れだったのだが、これにミカエルは大反対した。

確かに今は女の身体ではあるが、心は立派な男だ。決してアイリーンにそういうことはしないーーというか今はできないーーが、心理的にアイリーンのような麗しい女性と二人きりというのはキツイものがあった。美香はエリックと同室がいいと頑なに主張したものの、そうなるとケビンと一緒になると気づいたアイリーンの反対にあい、結局男女で分かれることになったのだった。

エリックはそのやり取りを眺め、自分の幸運を喜んだ。


「ミカエル、お風呂行かない?小さいのならあるらしいわ」

アイリーンは部屋に着くなり、美香に誘い掛けた。

「おっ、お風呂!?」

当然美香は狼狽した。

一緒に温泉、すなわち裸のお付き合いを申し込まれているということだ。もちろん高校生男子的には嬉しい。最高だ。アイリーンのようなイケメン美女と一緒にお風呂に入れるなんて、そうそうあることじゃない。というか普通なら絶対にない。そんな妄想を何度もしたことがあるくらいだ。

……しかし実際に、しかも女の子として一緒に入ろうと言われて入れる度胸があるかどうかはまた別問題だ。

「ぼ、僕は後で……」

「どうして?」

「いや、その……」

美香は言葉に詰まった。

今ここで本当は男なんです、と告白してしまうべきなのか。でもアイリーンは僕と女の子同士だと思って相部屋になったわけだし男なんて言ったら……。

などと考え巡らせていると、次第にアイリーンの視線が鋭くなる。

「ミカエル、私のこと、避けてるでしょう?」

「うっ……」

そりゃそうだ。突然童貞が美女に詰め寄られて堂々としていられるわけがない。車の中でもアイリーンと喋る度ドキドキばくばくだったのだ。だから、自然と避けるようなかたちになってしまう。

「……私のこと、嫌いか?」

「そっ!そんなことないですっ!」

少しだけ不安そうに目を逸らして告げるアイリーンが可愛いあまり、美香が反射的にそう答えると、それを聞いたアイリーンはしたり顔で美香の手を強引に掴んだ。先ほどまでの泣きそうな表情は微塵も伺えない。

……嵌められた。

「じゃあ、いいわよね!行きましょう!」

「ええっ、ちょっと……!」

本来勇猛な女戦士であるアイリーンの手を、か弱い少女になった美香に振り解けるわけもなく。

美香はアイリーンと風呂に入ることになってしまったのだった。

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