5.風呂談義
美香 (ミカエル):異世界パンゲアに転生してきた元男で現美少女。
エリック:美香と転生を共にした男性。元々パンゲアの住人。
ケビン:白の国の執事長。ノリが軽い。
アイリーン:白の国のメイド長。厳格な統率役。
レガスピにて無事に宿に入った四人。そこで美香はアイリーンに風呂に誘われ、断ろうとするものの無理矢理連れていかれてしまう……。
「……さっきはごめんね」
「えっ?」
美香は水面に映る自分の顔を覗き込みながら返事した。
アイリーンに強引に風呂に連れていかれ、あれよあれよという間に脱がされ、入ることになってしまった。当然女湯だ。不幸中の幸いか他に入浴者はいなかったが、美香はアイリーンの方を見ないようにじっと水面を見つめていた。
我ながら可愛いとは思うが、これが自分だと思うと途端に萎える。お人形さんみたいだ。
「浮かれて強引に連れ込んじゃって。ずるかったわよね」
ぽちゃん、と水音がする。
「いや、べ、別にそんなことは……」
アイリーンもそうだが、美香の身体もかなりのものだった。胸は大きいしくびれは締まってるし、肌が新雪のように真っ白だ。水面に映る容貌もプロポーションに反してあどけなさの残る可愛らしい顔で、電車でこんな子がいたら思わずチラ見してしまうレベルだ。男ならまず間違いなく反応してしまうだろう。
「普段は、周りに一緒にお風呂入れるような女の子っていなくてさ。立場とか性格とか色々あるんだろうけど、近寄りがたいんだと思う。仲良い子は一人いるんだけど、すごく恥ずかしがり屋で……。だからテンション上がっちゃって。ごめんね」
「……僕でもよかったんですか?」
「今は、女の子でしょ?」
「……そうですけど」
服を脱がされる寸前、最後の切り札・実は男だったんですを発動したのだが、アイリーンには全く効果がなかったのだ。身体が女の子なら問題ない、と主張され切り札を失った美香には、もはや抵抗など敵わなかった。
そもそもアイリーンとしては、言動も慎ましやかで奥ゆかしい美香のその発言をただの苦し紛れの嘘だと思っていたし、例えそうだとしても女の子と一緒にお風呂という悲願を果たす誘惑には、到底及びようもなかったのだ。
「同世代の女の子と一緒にお風呂入るのって、夢だったの」
「入ったことないんですか?」
「うん。色々事情があって。というか、メイド長って立場もなかなか大変で。普通のメイドの子たちとは一緒に働いてないから、けっこう繋がりも薄くて。一応、私も六臣下の一人だし」
「六臣下?」
「あ、そっか、ミカエルは知らないのか。……白の国はわかる?」
森の中でエリックを教わった大陸地図を思い出す。白の国は東の方にあった国だったはずだ。
「はい、ちょっとだけ」
「ならいいわ。その白の国の六人の王直属の臣下のことを、何処の誰が言い出したか知らないけど、白の六臣下って呼んでるの。私はあんまり好きじゃないんだけどね」
アイリーンは自分の赤髪を手で掬い、見つめながらそう言葉を落とす。この赤髪を負った者として、その称号に少しだけ後ろめたさを感じてしまう。
一方美香はというと、白の六臣下という大変厨二心くすぐられるネーミングに俄然テンションが上がっていた。
「ケビンさんもなんですよね?」
「ええ、そうね。エリックもずっといなかったけど、そうよ」
「へぇ……」
ケビンとアイリーンは身体つきや雰囲気を見ていても戦闘向きって感じだが、エリックはちょっと感じが違う。白衣着てたし、研究者みたいな?エリックは魔力はないって言ってたし。臣下ってだけで、戦士とは言ってないもんな。
「それって、どうやって選んでるんですか?」
「んー……能力と、王の信頼かな?」
「じゃあ、アイリーンさんは、その、魔術、っていうやつですか?」
「いや、私は本当は武術派なんだけど……って魔術とか分かるの?」
「なんとなくですけど」
「エリックには教えてもらってないんだ?」
「はい。大陸の地図だけです」
それとーー白の国への不信感だけ。
エリックの言っていたことは確かにその通りだ。白の国は自分を攫って、この世界に無理矢理連れてきた。アイリーンも、ケビンもその一人なのだ。
ぼんやりと、美香はそう再認識する。
今後ろで楽しそうにお喋りに興じているアイリーンが敵だなんて思いたくはない。でも本当は味方じゃないのかもしれない。
その不安定さが気持ち悪かった。
「そう。じゃあ少しだけ魔力について話しておこうかしら。いずれ必要になると思うし」
アイリーンは声の調子を少しだけ変えて説明を始めた。
「魔力には魔量と魔色っていう概念があるの。どちらも先天的もので、例外的に悪魔と契約した場合に限って後天的に得られることもあるわ」
「サタン?」
「ええ。まあそれはいいとして。魔量によって階級があるんだけど……それも今はいいわ。大事なのは魔色ね。魔色は三大色である赤青緑、それと無色に分かれるの。私なんかは赤、ケビンは無色ね」
「……」
「魔力の扱い方は大きく二つに分かれて、一つは魔術、もう一つは武術ね。魔術は私が使ったような身体の外に魔力を放出して魔現象として還元する方術で、武術は逆に内に魔力を放出して武現象として還元する方術のことよ。ここまではいい?」
「……分かりません」
美香は感想を素直に吐き出した。
固有名詞だらけで、何が何やら訳がわからない。頭はそこまで悪くない美香だったが、いきなり説明されてすんなりと理解できるほどに要領良くはなかった。
実を言えば、アイリーンの話す内容は、日本で言えば大学教授などのレベルでなければ知り得ない学知識であったため、美香が理解できないのも無理はないのだった。
アイリーンもそのことは理解しており、美香の感想に仕方ないという風に頷く。
「難しいわよね。エリックに聞けばもっと分かりやすく説明してくれるかもしれない」
「そうなんですか?」
「うん、エリックは白の国一の学士だから。きっと詳しいと思うわ」
「へぇ……また聞いてみます」
「それがいいわ」
美香は厨二的好奇心だけは旺盛なのであった。
「ね、ミカエル」
「なんですか?」
「その敬語ね、できればやめてほしいんだけど……いいかしら?」
「……わ、わかった」
「ええ、ありがとう」
「……それじゃ、僕も一つお願いしていいですか?……いい?」
「ふふっ、いいわよ」
「僕のこと、ミカって呼んでほしいんだ。ずっとそう呼ばれてたから」
「ミカ、でいいの?」
「うん」
「わかったわ、ミカ」
「ありがと」
「……と、ところでね」
アイリーンの声のトーンが変わった。それは先ほどまでのお姉さん然としたものではなく、どこか緊張しているようにも聞こえる。
「なに?」
「笑わないでほしいんだけど……」
アイリーンにしては歯切れが悪い。
「ミカから見て、私って、どう?」
「ど、どうって?」
突拍子の無い質問に、美香は反応に窮してしまう。どうと言われましても……という感じだ。
アイリーンはその反応を見て、一瞬躊躇したが思い切ってストレートに言った。
「女としての、魅力、とか」
「へ?」
美香は素っ頓狂な声を上げた。てっきりーー女の子のこういう質問といえばーー自分はうざいかどうか、みたいなどう反応しても地雷で無理ゲーの類かと思ったのだが。
どうやらそうでもないらしい。
助かったと思うと同時にたじろいでいまう。
「ほら、ミカって元々男だったんでしょ?だったら……」
「す、すごくみ、魅力的だと、思うけど、僕は」
伝えたい内容は即答できるのに、口に出すのが小っ恥ずかしくて思わずどもってしまう。もしこんな臭いセリフをさらっと言える度量があれば、彼女なしなんて経歴を持ち合わせちゃいないだろう。たぶん。
「でも、ずっとむこう向いてるじゃない?」
「そ、それは……」
事実、美香は風呂に入ってから、アイリーンの姿を一度も見ていない。それはアイリーンの裸を直視でもしたらきっと鼻血噴くか気絶するか何かしらしてしまう気がするからであって、決してアイリーンの魅力がないわけではないのだ。
むしろそれくらいにアイリーンのプロポーションは完璧だし、加えて、人としてもできている。理想の女性といっても差し支えないくらいだ。
もちろん口には出せないのだけど。
「……私って、魅力ないよね」
「そっ、そんなことないって!美人だし、かっこいいし!」
咄嗟に美香はフォローしたが、その言葉にアイリーンは素直に喜べなかった。
かっこいい、とはよく言われる。実際アイリーンが戦場で細剣を振るい、長い赤髪が舞う姿は華がある。女の子に告白された経験には枚挙に暇がない。
でも……。
「どうすれば、振り向いてくれるのかな……」
アイリーンのその言葉には切実さが滲み出ていた。
きっとケビンのことなのだろう、と美香は考える。
昼間の様子を見ていても、アイリーンがケビンのことを想っているであろうことは想像に難くない。こんな一途な美人に詰め寄られたら、男なら誰でも一発で落ちそうなものだがーー美香なら間違いなく落ちるーーケビンは違うのだろう。
結局、イケメンの考えることは分からん、という結論に至った。
美香は連想ゲーム的に、イケメンなんていなくなってしまえ、消えてしまえ、顔面偏差値分けろ、とケビンに呪詛の念の送っていたのだが、突如背中に何か柔らかいものが当たった。
「ひゃっ!」
ちょ、ちょっと待ってこれ……!?
「あ、アイリーンさん……!?」
ここここれはまさか……お、おっぱい!?
ずっと後ろを向いていたから、アイリーンの接近に近づかなかった。動揺のあまり敬語に戻ってしまうが、女性免疫の一切ない美香としてはそれも仕方のないこと。
湯から出ようとしても、アイリーンが強く抱き締めてくるので身動きが取れない。
「ぼぼぼ僕男ですよ!?」
「今はこんなに可愛い女の子じゃない。髪も綺麗だし、背中もこんなに白くて……」
「あっ……んっ!」
アイリーンに背中を指ですーっと撫でられ、ぞくぞくっとした気持ち良さに包まれる。
……なんか、ヤバいのに目覚めそう。
「や、やめてくださいほんとだめですって……」
「本当、かわいい反応……」
「はぁんっ……!」
美香は涙目で許しを懇願するも、一度変なテンションになったアイリーンはそう簡単には止まらない。これもアイリーンが一緒に風呂に入るのを断られる理由の一つなのだが、アイリーン自身はそのことに気づいてはいなかった。
美香は、新しい扉を開かないようにするのに必死で精魂尽き果て、背中責めが終わり部屋に帰ると、疲労のあまりすぐに眠りに落ちた。




